4.1. 生存時間を評価項目とするバイオマーカー研究(予後因子研究)のメタアナリシスの方法論
バイオマーカーなどの背景因子と生存期間の関連を調べる予後因子研究は広く行われ、疾患の特徴付けや治療標的の探索に重要な役割を果たしています。Cox比例ハザードモデルは生存時間解析の標準的な方法として広く用いられていますが、バイオマーカーの評価には十分でなく、診断法の解析手法であるROC解析を生存時間解析と結びつけた時間依存性ROC解析が提案され(Heagerty et al. 2000, Biometrics)、臨床研究にも応用されてきています。我々は肺癌におけるFDG-PETと生存時間との関連を調べる研究(Zaizen et al. 2012, European Journal of Radiology)において、時間依存ROC解析の適用を試みましたが、症例数が十分でなく意味のある結果を得ることができませんでした。このことに動機付けられ、Hattori and Zhou(2016, Statistics in Medicine)では、論文中に報告されている予後因子研究結果のメタアナリシスに基づいて時間依存ROC解析を行う方法を開発しました。この方法により、メタアナリシスによって被験者数を著しく増やすことができ、その結果、効率的に時間依存性ROC曲線の推測が可能となりました。この方法は1年生存率など、特定の固定した1時点での解析を意図していますが、応用上は多時点の同時推測が重要になります。そのような指標として生存時間に対するC-indexの統計手法が注目されています。我々は、メタアナリシスに基づいて生存時間に対するC-indexを推定する方法の開発を行っています(Hattori and Zhou 2021, Statistics in Medicine)。関連する研究として、Sadashima, Hattori and Takahashi (2015, Research Synthesis Methods)では、ROC解析ではなくハザード比に基づく予後因子研究の要約の方法を議論しています。
Hattori S and Zhou XH (2016) Time-dependent summary receiver operating characteristics for meta-analyses of prognostic studies. Statistics in Medicine 35(26), 4746-4763.
Hattori S and Zhou XH (2021) Summary concordance index for meta-analysis of prognosis studies with survival outcome. Statistics in Medicine, 40 (24), 5218-5236.
Sadashima E, Hattori S. and Takahashi K (2016) Meta-analysis of prognostic studies of a biomarker with a study-specific cut-off value. Research Synthesis Methods 7(4), 402–419
4.2.診断法研究のメタアナリシスの方法論
前節で取り扱った生存時間データの場合に比べて、目的変数が二値となる診断法研究のメタアナリシスの方法は、要約ROC曲線の方法が確立され、広く応用されています。一方で、要約ROC曲線の解析にも問題が残されています。
ROC曲線は感度と特異度すなわち、疾患の状態を与えた下でのバイオマーカーの分布による解析であり、バイオマーカーの測定値を手にしている医師や患者の意思決定に直接結び付きにくい欠点を有しています。一方、陽性および陰性予測値はバイオマーカーの値を与えたもとでの疾患の確率として定義され、より解釈が容易で治療選択に有用な概念と考えられます。Hattori and Zhou (2016, Statistics in Medicine)では予測値に対するROC曲線に相当する予測値曲線を診断法研究の論文中の情報のメタアナリシスにより推定する方法を提案しました。予測値曲線をメタアナリシスにより推定する問題意識自体が過去になく、提案法が最初の方法を与えています。
Hattori S and Zhou XH (2016) Evaluation of predictive capacities of biomarkers based on research synthesis. Statistics in Medicine 35(25), 4559-4572.
医学研究では、良好な結果が得られた研究が論文として出版されやすく、メタアナリシスではそのような偏ったサンプルを対象として解析をせざるをないことになります。このような場合には解析結果に偏り(バイアス)がある可能性があり、このようなバイアスは公表バイアスと呼ばれています。通常の治療効果のメタアナリシスではfunnel plot, trim-and-fill法などの簡明な方法が広く用いられていますが、要約ROC曲線に対してはこれらの方法は適用ができません。Hattori and Zhou(2018, Statistics in Medicine)では、要約ROC曲線の推定にどの程度の公表バイアスの影響が生じえるかを見積もる感度解析法と呼ばれる方法を開発しました。これまで要約ROC曲線に対する公表バイアスの影響を評価する方法は皆無で、提案した方法が最初の提案を与えています。Hattori and Zhou(2018, Statistics in Medicine)の方法は、Heckman型選択関数に基づいています。実際の診断法研究では、試験毎にカットオフ値を設定して、感度や特異度を報告することがしばしば行われます。したがって、出版されるか否かもカットオフ値に依存すると考える方が自然になります。しかしながら、Heckman型の選択関数ではこのような状況はモデル化できない欠点があります。Zhou, Huang and Hattori (2023, Statistics in Medicine)では、感度や特異度に対する検定統計量に依存して出版されやすさが決まるような選択関数に基づく感度解析の方法を提案しました。この方法は、3.1で紹介した時間依存性要約ROC曲線の場合への拡張でき、時間依存性ROC曲線に対する公表バイアス評価を可能としています(Zhou, Huang and Hattori, in preparation)。
Hattori S and Zhou XH(2018) Sensitivity analysis for publication bias of diagnostic studies for a continuous biomarker. Statistics in Medicine 37(3), 327-342.
Zhou Y, Huang A, Hattori S (2023) A likelihood-based sensitivity analysis for publication bias on the summary ROC in meta-analysis of diagnostic test accuracy. Statistics in Medicine, 42, 781-798.
4.3.臨床試験登録システムを利用した公表バイアスの評価法
臨床試験登録システムを利用した公表バイアスの評価臨床試験のメタアナリシスにおける公表バイアスの問題などに対処するために、Clinicaltrials.gov、WHO International Clinical Trials Registry Platform (ICTRP)など、複数の臨床試験登録システムが利用可能となっています。2004年に主要医学雑誌の編集者からなる国際医学雑誌編集者委員会(International Committee of Medical Journal Editors; ICMJE)は、臨床試験登録システムへの事前登録を臨床試験結果のこれらの学術誌からの出版の条件とする共同声明を発出し、その結果登録が加速されました。臨床試験登録システムは、未公表研究の検索に有効であるが、現在のところ、検察ツールとしての利用がほとんどであり、膨大な登録情報を統計解析にいかに利用するかは議論されてきませんでした。Huang, Komukai, Friede and Hattori (2021,Research Synthesis Methods)は、公表バイアスに対する感度解析法であるCopas選択モデルの推測法に臨床試験登録システムに登録されている情報を利用した、より安定した推定法を提案しました。
公表バイアスの問題は、本来存在する研究結果が利用可能でないことから、ある種の欠測値の問題と見なすことができます。しかしながら、通常の欠測値の問題と異なり、完全データがどのような構造かが分からず、通常の欠測値の問題と大きく異なる面があります。実際、用いられている方法は、通常の欠測値に対応する方法とは大きく異なっています。臨床試験登録の利用は、完全データがどのようなものかを決定していることに相当し、公表バイアスの問題が通常の欠測データ解析の方法で取り扱えることを示唆します。この理解に基づいて、Huang, Morikawa, Friede and Hattori (2023, Biometrics)では、欠測データの解析で広く用いられている逆確率重み付け法(IPW法)により公表バイアスの修正を行う方法を提案しました。この方法をネットワークメタアナリシスへ拡張する研究を進めています (Huang, Zhou and Hattori, in preparation)。
Huang A, Komukai S, Friede T, Hattori S (2021) Using clinical trial registries to inform Copas selection model for publication bias in meta-analysis. Research Synthesis Methods, 12(5), 658–673.
Huang A, Morikawa K, Friede T, Hattori S (2023) Adjusting for publication bias in meta-analysis via inverse probability weighting using clinical trial registries. Accepted Biometrics.