下部消化管・炎症性腸疾患

炎症性腸疾患

1. 炎症性腸疾患に対するわれわれの取り組み

大阪大学消化器外科では1980年代から炎症性腸疾患の外科治療に取り組んでおり、これまでにのべ400名以上の炎症性腸疾患の患者様に対し手術を行っています。外科治療を通して炎症性腸疾患の患者様の生活の質(QOL)の向上に取り組んでいます。

 

① 手術適応の最適化

1. 潰瘍性大腸炎

タクロリムス(プログラフ™)や抗TNF-α抗体(レミケード™,ヒュミラ™)の登場により、重症例であっても緊急手術を回避できる患者様が増加しています。しかし、様々な内科的治療にも関わらず寛解導入できず危険な状態での緊急手術を余儀なくされる患者様や、緊急手術を回避できても寛解維持が困難で満足のできるQOLが得られない患者様も少なくありません。内科的治療の限界を適切に見極めて、適切なタイミングで手術を行えば,外科治療は安全であり、術後のQOLも決して悪いものではありません。

 

2. クローン病

2000年以前は有効な内科治療も乏しく、アミノサリチル酸製剤やステロイドの投与、栄養療法や絶食、完全静脈栄養 (Total Parenteral Nutrition; TPN)などを中心とした治療が行われていました。短腸症候群になるのを避けるため、できる限り手術を回避するという考え方が一般的で、術後も様々な制限のもと、治療を続けて、再手術、再々手術が必要となる方もおられました。しかし,抗TNF-α抗体(レミケード™,ヒュミラ™)の登場により、炎症のコントロールが格段に向上しています。不可逆な腸管病変を残した状態で苦労して内科治療を行うより、一旦、不可逆な病変を手術で治療した上でしっかり内科治療を継続することがより良いQOLにつながると考えられます。

 

 

 

② 低侵襲手術

炎症性腸疾患の患者様は癌の患者様と比べて、年齢が若い、術前に免疫を抑制するような治療を受けていることが多い、複数回の手術を必要とすることが多いといった特徴があり、われわれはできるだけ侵襲の低い手術を行うことを基本方針としています。

 

1. 潰瘍性大腸炎

潰瘍性大腸炎に対する外科的治療は、大腸全摘+回腸嚢肛門(管)吻合(ileal pouch anal anastomosis (IPAA))が標準術式として確立しており、合併症対策なども普及しつつあります。われわれは基本的に全ての手術において腹腔鏡手術を行っております。

 

 

 

 

2.クローン病

クローン病に対しても腹腔鏡手術は良い適応です。しかし、クローン病は大腸癌と異なり、特に瘻孔症例や再手術症例などで非定形的な手術となることが少なくありません。一般的に非定形的な手術を腹腔鏡で安全に実施することは困難であると考えられています。われわれは十分な経験に基づき、一般的に腹腔鏡手術が困難と考えられているような症例に対しても安全に腹腔鏡手術を適応しています。またReduced Port Surgery、単孔式腹腔鏡手術などより低侵襲な手術を積極的に導入しています。

 

 

 

 

③ 炎症性腸疾患関連癌サーベイランス

炎症性腸疾患の長期経過症例の増加に伴い、炎症性腸疾患関連癌が問題となってきています。潰瘍性大腸炎に癌の合併が多いことは良く知られていましたが、クローン病も同様に癌の合併が多いこと、特に本邦においては直腸肛門管痔瘻癌が多いことが明らかとなりつつあります。

 

1. 潰瘍性大腸炎

ガイドラインに沿って、7年以上経過した左側大腸炎型、全大腸炎型の患者様に癌サーベイランスを行っています。症例に応じて色素内視鏡による狙撃生検を行っています。

2.クローン病

基本的には内視鏡による癌サーベイランスを行っています。クローン病の患者様には肛門病変の合併による疼痛のため内視鏡検査が困難な方も大勢おられます。その様な患者様には、麻酔下に内視鏡検査、直腸肛門周囲の生検、必要に応じて肛門病変に対する治療を行っています。

 

 

 

2. 炎症性腸疾患治療におけるチーム医療

 当院では、専門医師、看護師、薬剤師、栄養士、そして医療ソーシャルワーカーらが一体となり、相互に連携をとりながらチームを結成して、炎症性腸疾患の治療方針の決定、介護、そして、社会復帰までをサポートしています。

 炎症性腸疾患カンファレンスと回診、内科外科合同の内視鏡カンファレンス、また、消化器外科カンファレンスと回診を行っており、患者様ごとの治療方針の決定、問題点の早期発見と解決、今後の治療方針の決定を行っています。

① 栄養指導

 炎症性腸疾患、特にクローン病の患者様では、栄養吸収傷害や脱水に伴う電解質異常が生じることがあり、栄養指導は特に重要とされています。当院では、医師による経腸栄養の説明の後に、担当の看護師より、経腸栄養で必要となる物品の説明や手技の説明をさせていただいております。段階を踏みながら手技を取得していただき、一日でも早い社会復帰に向けた自己管理が可能となりますように万全のサポートをいたしております。また、医師、看護師、栄養士そして薬剤師から構成された栄養サポートチーム(Nutrition Support team; NST)が患者様一人ひとりに合わせた食事管理や栄養指導を行っており、日々の栄養管理に努めております。短腸症候群や栄養吸収障害があり経腸栄養では不十分な患者様には、在宅中心静脈栄養法(HPN:Home Parenteral Nutrition)の導入を行っております。適切な栄養成分と栄養量を在宅で投与可能とすることで、家庭や社会への復帰を可能にし、患者様ならびに御家族の生活の質の向上を図っております。在宅医療の導入も医療ソーシャルワーカーと一体となってサポートいたしております。

② 薬剤指導

 炎症性腸疾患の場合には、寛解導入、再燃の防止に向けた薬剤コントロールが重要となります。患者様の症状に合った薬が適量で処方されているかを確認し、薬の名前や効果、用量と服用の方法、副作用などをわかりやすく患者様に説明しています。医師と密接に診療提携し、薬剤の効果や副作用の発現をチェックし、常に新しい薬剤情報の提供を行っております。

 

③ 創の管理

 炎症性腸疾患の患者様では、ステロイド剤や免疫抑制剤の影響もあり、通常手術の場合と比べて、手術の傷が感染しやすいと言われています。当院では、医師ならびに看護師、栄養士らがチームを組んでSSI (Surgical site infection; 手術部位感染症)サーベイランスチームとして周術期の感染対策を行っております。また、炎症性腸疾患で特徴的である難治性瘻孔や痔瘻に関しても、専門医師とWOC認定看護師が一体となり治療を行っております。

 

④ 人工肛門(ストーマ)の管理・指導

 当院では、日本看護協会が認定するWOC(wound ostomy continence;創傷・オストミー・失禁)看護師が常任しており、それぞれの患者様に合わせたストーマ造設部位の決定、ストーマの状態に合わせた管理と装具の選定、患者様に合わせたストーマ学習をより高い専門性のもとで提供しています。また、皮膚トラブルや装具に関する悩み、傍ストマヘルニアやストーマ脱出など、WOCと医師が連携して専門の知識と技術により解決しています。ストーマ専門外来も併設しており、ストーマに関するトラブルやケアにも親身に対応しています。

 

⑤ 社会復帰へのサポート

 クローン病、潰瘍性大腸炎は共に厚生労働省の難病対策事業である「特定疾患治療研究事業」の対象疾患に指定されています。平成27年1月1日より、「難病の患者に対する医療等に関する法律」が制定されるにあたり、難病医療費助成制度による月額自己負担上限額が変更となっております。当院では、医療ソーシャルワーカーが、社会福祉制度の利用や手続きなどの疑問点や経済的・心理的・社会的お悩みに常時対応いたしております。

 

⑥ その他のお悩みに対して

 当院では、各種専門の医師、看護師、そして医療従事者が常時勤務いたしております。不明な点がありましたら、何なりと相談してください。

 

 

 

3. 炎症性腸疾患とは

 炎症性腸疾患とは、細菌感染やウイルス感染などにより小腸や大腸といった腸管に炎症が起こっている病気全体のことを示します。しかし、通常用いられる炎症性腸疾患(IBD; inflammatory bowel disease)という言葉は、クローン病や潰瘍性大腸炎のことを示します。

 

3-1. クローン病 (Crohn’s disease)

①  クローン病とは

 クローン病は、炎症性の腸疾患の中の1つの病気です。炎症性腸疾患は、細菌や薬剤などはっきりした原因で起こる特異的炎症性腸疾患と、原因不明の非特異的炎症性腸疾患に分けられます。しかし、一般に炎症性腸疾患といえばクローン病と潰瘍性大腸炎を指します。クローン病は、主に若年者にみられ、小腸や大腸などの腸管に炎症や潰瘍などができる慢性の炎症性疾患です。また、消化管だけでなく全身にさまざまな合併症が発生することもあります。寛解 (症状が落ち着いている状態)と、再発・再燃を繰り返し、長い経過のなかで徐々に病気が進行します。クローン病の原因は現在のところ証明されたものはありませんが、最近の研究では、なんらかの遺伝的素因を背景として、食事や腸内細菌に対して腸に潜んでいる免疫を担当する細胞が過剰に反応して病気の発症、増悪にいたると考えられています。

 

②  クローン病の全国統計

わが国のクローン病患者数は特定疾患医療受給者証交付件数でみると1976年には128人でしたが、2014年には40,885人となり年々増加しています。

①  クローン病の診断

クローン病の症状は患者様によって様々で、侵される病変部位 (小腸型、小腸・大腸型、大腸型)によっても異なります。その中でも特徴的な症状は腹痛と下痢で、半数以上の患者様でみられます。さらに発熱、下血、腹部腫瘤、体重減少、全身倦怠感、貧血などの症状もしばしば現れます。またクローン病は瘻孔、狭窄、膿瘍などの腸管合併症や関節炎、虹彩炎、結節性紅斑、肛門部病変などの腸管外の合併症も多く、これらの有無により様々な症状を呈します。このような症状や貧血などの血液検査異常からクローン病が疑われ、画像検査にて特徴的な所見が認められた場合に診断されます。画像検査としては主に大腸内視鏡検査や小腸造影などが行われます。内視鏡検査や手術の際に採取される検体の病理検査の所見や、肛門病変の所見などが診断に有用な場合もあります。

①  クローン病の治療法

クローン病の治療としては、内科的治療 (栄養療法や薬物療法など)と外科的治療があります。内科的治療が主体となることが多いのですが、腸閉塞や穿孔、膿瘍などの合併症には外科的治療が必要となります。

a)  内科的治療法

【栄養療法・食事療法】
 栄養状態の改善だけでなく、腸管の安静と食事からの刺激を取り除くことで腹痛や下痢などの症状の改善と消化管病変の改善が認められます。栄養療法には経腸栄養と完全中心静脈栄養があります。経腸栄養療法は、抗原性を示さないアミノ酸を主体として脂肪をほとんど含まない成分栄養剤と少量のタンパク質と脂肪含量がやや多い消化態栄養剤があります。完全中心静脈栄養は高度な狭窄がある場合、広範囲な小腸病変が存在する場合、経腸栄養療法を行えない場合などに用いられます。病気の活動性や症状が落ち着いていれば、通常の食事が可能ですが、食事による病態の悪化を避けることが最も重要です。一般的には低脂肪・低残渣の食事が奨められていますが、個々の患者様で病変部位や消化吸収機能が異なっているため、主治医や栄養士と相談しながら自分にあった食品を見つけていくことが大事です。
【薬物療法】
 症状のある活動期には、主に5-アミノサリチル酸製剤、副腎皮質ステロイドや免疫調節薬などの内服薬が用いられます。5-アミノサリチル酸製薬と免疫調節薬は、症状が改善しても、再燃予防のために継続して投与が行われます。また、これらの治療が無効であった場合には、抗TNFα抗体製剤が使用されます。薬物治療ではありませんが、血球成分除去療法が行われることもあります。

【内視鏡的治療】
 クローン病の合併症のうち、狭窄に対しては、内視鏡的に狭窄部を拡張する治療が行われることもあります。


b) 外科的治療法

【手術が必要な場合とは】

クローン病の治療は内科的治療が基本となりますが、狭窄に伴って腸が詰まってしまった場合 (腸閉塞)や腸に孔があいてしまった場合 (腸穿孔)、大量出血などが現れた場合は緊急手術が必要となります。また、癌の合併や、難治性の狭窄、膿瘍 (腹腔内に膿がたまる)、内瘻 (腸管と腸管が孔でつながった場合)、外瘻 (腸管と皮膚が孔でつながった場合)、内科的治療が効果を示さない場合も手術の対象になります。さらに、肛門周囲に膿がたまる (肛門周囲膿瘍)や痔瘻などの肛門部病変も手術の対象になることがあります。

【腸管の手術方法】

クローン病では病変部を手術により取り除いても、再度炎症が起き、新たな病変が生じること (再発)が多いため、できるだけ腸管を温存する手術法が用いられます。したがって、手術は基本的には症状の原因となっている腸管だけを切除する小範囲切除が行われ、狭窄部には腸管を温存するために狭窄形成術とよばれる術式が用いられます。

【肛門病変の手術方法】

クローン病は、下痢が多いことや直腸に潰瘍ができるため、痔瘻が起きやすくなります。クローン病の痔瘻は、一般的な痔瘻と比較して複雑化しやすく,再燃を繰り返しやすいのが特徴です。根治術により肛門括約筋に大きなダメージを与えてしまうと長期的に便失禁等の機能障害を来たすことがあるため、シートン法という括約筋温存術式が選択されることが多いです。

 

 

 

 

3-2. 潰瘍性大腸炎(Ulcerative colitis)

① 潰瘍性大腸炎とは

潰瘍性大腸炎とは大腸の粘膜にびらんや潰瘍(粘膜が欠損した状態)ができる炎症性疾患で、下血や下痢、腹痛といった症状を呈します。病変は直腸(大腸の最も肛門側の部分)から連続的に口側へ広がる特徴があります。病気の広がりによって、直腸のみに留まる直腸炎型、大腸の左半分までが侵される左側大腸炎型、全大腸に至る全大腸炎型に分類されます。また排便回数や血便、発熱といった症状により、激症から軽症まで重症度で分類されます。

 

② 潰瘍性大腸炎の全国統計

我が国の患者数は170,781人(平成26年度末の医療受給者証所持者数、難病情報センターの統計情報より)で米国の半分以下です。発症年齢のピークは男性で20~24歳、女性で25~29歳ですが若年者から高齢者まで発症し、患者数に性差はありません。

この病気の原因は明らかになっておらず、腸内常在菌の関与や免疫機構の異常などが考えられ盛んに研究されています。喫煙者には発病しにくいと言われています。家族内発症も認められており、何らかの遺伝的な素因が発症に関与していると考えられていますがまだよくわかっていません。

内科的治療により症状の改善や消失(寛解)が認められても再発することが多く、寛解を維持するために継続的な治療が必要になります。寛解が得られず手術が必要になることもあります。また発病して7、8年経過すると大腸癌を合併する患者様が出てくるため、寛解であっても定期的な内視鏡検査が必要になります。

 

③ 潰瘍性大腸炎の診断

症状の経過を注意深く問診し、下痢や血便といったよく似た症状を呈する感染症と鑑別します。内視鏡でびらんや潰瘍といった炎症所見の有無、範囲を観察します。生検(粘膜の一部をとり顕微鏡で観察する検査)で特徴的な所見を認めた場合に確定診断になりますが、病初期には特徴的な所見が認められないこともあり、他疾患の除外が重要になります。

③ 潰瘍性大腸炎の治療法

 潰瘍性大腸炎の治療としては、内科的治療 (薬物療法)と外科的治療があります。内科的治療で寛解が得られない場合、穿孔(腸管に穴が開くこと)や大量出血した場合、また大腸癌の合併がわかった場合には外科的治療が必要となります。

 

a) 内科的治療法

【薬物療法】
1. 5-アミノサリチル酸(5-ASA)薬
 炎症を抑える薬で、従来からあるサラゾスルファピリジン(サラゾピリン™)と副作用を軽減するため開発されたメサラジン(ペンタサ™やアサコール™)があります。経口あるいは経直腸的に投与されます。軽症から中等症に用いられ、再発予防にも効果があります。

2. 副腎皮質ステロイド薬
 炎症を抑える薬で、プレドニゾロン(プレドニン)をはじめ様々な薬があります。経口、経直腸あるいは経静脈的に投与されます。中等症から重症に用いられますが、再燃を予防する効果は認めません。長期投与に伴う副作用があり、症状に応じて漸減する必要があります。

3. 血球成分除去療法

炎症に働く異常な白血球を除去する治療で、白血球除去療法や顆粒球除去療法があります。副腎皮質ステロイド療法が奏功しない患者さんの活動期の治療に用いられます。

4. 免疫調節薬・免疫抑制薬

ステロイドを中止すると悪化してしまう場合に、ステロイドの減量や寛解維持をもたらすアザチオプリン(イムラン、アザニン)や6-メルカプトプリン(ロイケリン)といった免疫調整薬が使われます。ステロイドが無効の場合にはシクロスポリンやタクロリムス(プログラフ)といった免疫抑制薬が用いられ、寛解導入を図ります。

5. 抗TNF-α抗体

細胞から分泌され炎症に重要な作用をもつ生体内物質(サイトカイン)の一つであるTNF-αを阻害する薬で、インフリキシマブ(レミケードR)やアダリムマブ(ヒュミラR)があります。

 

b) 外科的治療法

内科的治療で寛解が得られない場合、穿孔(腸管に穴が開くこと)や大量出血した場合、また大腸癌の合併がわかった場合には外科的治療を選択することになります。また、それ以外の場合でも頻回に入退院が必要になるなど管理に難渋する場合に手術を行うことで生活の質が向上することがあります。小児で栄養障害が見られるなどの場合にも手術を行うことがあります。手術の方法は大腸を全部取り除くことが基本です。便を溜めるために小腸で袋を作り肛門と縫い合わせます。