研究概要Introduction

細胞が特定の機能を発揮するためには、ゲノム全体に分布する遺伝子の発現を適切に制御することが必須です。タンパク質、RNA、DNAなどを含む転写制御因子間が複雑に結合する多因子間での相互作用により転写は制御されます。そのため、限られた数の転写制御因子を組み合わせることにより、膨大な種類の転写制御複合体を形成することが可能です。このような多数種類の転写制御複合体によって、ゲノム全体の転写は時空間的に精緻に制御されると考えられます。しかし、このような細胞の核内で生じる多因子間相互作用の全体像はわかっていません。

これまでの転写制御の研究では、核内で一連の転写プロセス(①転写因子とDNAからなる高次構造複合体エンハンソソームの形成、②クロマチン領域の拡大、③クロマチンの脱凝縮、④転写開始前複合体の形成、⑤転写開始、⑥転写伸長、⑦転写終結、⑧RNAプロセシング)が連続的に進行し、RNAが合成されると考えられてきました(図1参照、青矢印)。そのため、転写のプロセス毎の解析やその連携・共役に焦点が当てられ、研究が進められてきました。ところが、私達の最近の研究によって、転写のプロセスは1つずつ進行するのではなく、複雑に一体化して進行することが明らかとなってきました。

研究概要
図1 転写ユニティーを構築する多因子間相互作用

私達のこれまでの研究により、エンハンサーなどの転写調節領域や遺伝子領域を含むゲノムDNAのみならず、転写産物である新生RNAやnon-coding RNAなどのRNAもタンパク質との相互作用により多因子間相互作用を形成し、転写ユニティー機構に関与すると考えられます(図1参照)。そこで、このような時空間的な多因子間相互作用による転写ユニティー機構を明らかにするためには、従来の転写研究で重要視されてきた生化学的なタンパク質複合体の解析を軸とする相互作用のみでなく、タンパク質、ゲノムDNA、新生RNAやnon-coding RNAを含む多因子間で形成される複雑且つ多様な相互作用を時空間的に解明する必要があります。そこで本研究では、多因子間相互作用を時空間的かつ網羅的に明らかにするために、「in situビオチン化法による多因子間相互作用の網羅的同定法」を開発します。さらに、時空間的かつ網羅的に同定された多因子間の結合を定量化するために、「抗体を利用した多因子間相互作用の空間的定量法の確立」を開発します。本研究では、このような革新的な技術開発を進めながら、「多因子間相互作用による転写ユニティー機構」を、構造から分子、細胞、組織、個体レベルまで解明し、その破綻による疾患メカニズムの解明を目指します。