ひとことで言うと
電子カルテ由来のリアルワールドデータを各病院から外に出さず、クラウド上で安全に多施設解析できる仕組みを日本の臨床研究中核病院で試験的に実証した研究です。
Keywords
医療情報DB、EHR、サイバーセキュリティ、臨床研究支援、医療従事者支援
なぜこの研究をしたのか
電子カルテなどから得られるリアルワールドデータは臨床研究で重要性が高まっていますが、病院間でデータを共有するには個人情報保護、セキュリティ、データ抽出作業の負担といった課題があります。日本の臨床研究中核病院では、共通SQLでデータ抽出できるRinchu-Net Databaseが整備されている一方、解析ごとに各病院へSQLを送り、実行結果を回収する運用には研究者・データ管理担当者双方の負担とデータ移送時のリスクがありました。そこで、元データを各施設内に保持したまま解析できるフルクラウド型の連合解析基盤を開発しました。
どう調べたか
Google Cloud上に、研究者が解析内容を作成する「Analysis Environment」、解析依頼を中継する「Handler Environment」、各病院側で解析を実行する「Data Provider Environment」からなるFull-Cloud Personal Health Train(FC-PHT)を構築しました。解析プログラムはDockerコンテナとして実装し、Apache Airflow、Google Pub/Sub、Google Kubernetes Engine、GKE Secrets、ODBCなどを用いて、解析依頼の配布、施設内での実行、認証情報の安全な管理、異なる病院データベースへの接続を行いました。
試験評価として、大阪大学医学部附属病院、京都大学医学部附属病院、国立がん研究センター東病院の3施設にFC-PHTを導入し、ARNI治療に関連する心不全バイオマーカーであるBNPとNT-proBNPの治療前後の変化を解析しました。最終解析では対象症例数の関係から大阪大学医学部附属病院と京都大学医学部附属病院のデータを用い、ARNI開始前後90日以内の測定値を対応のあるt検定で比較しました。
何がわかったか
FC-PHTにより、物理的なデータ移送を行わずに、各施設のリアルワールドデータを用いたクラウド上の連合解析を実行できました。ARNI治療前後のバイオマーカー解析では、BNPは両施設で有意な変化を示さなかった一方、NT-proBNPは大阪大学医学部附属病院、京都大学医学部附属病院のいずれでも有意に低下しました。
また、ARNI開始前にBNPを測定していた患者の多くは、ARNI開始後もBNP測定を継続していました。これは、ARNIがBNP代謝に影響するためNT-proBNPの方が治療効果判定に適している可能性がある、という既存の薬理学的知見と整合する結果でした。
なぜ大事なのか
この研究は、電子カルテ由来の機微な医療データを各施設から外に出さずに、多施設のリアルワールドデータ研究を進められる可能性を示しました。患者にとってはプライバシー保護を保ちながら医療研究が進む利点があり、医療現場にとってはデータ抽出・受け渡し作業の負担軽減やセキュリティリスク低減が期待されます。今後、日本の臨床研究中核病院における多施設研究基盤として、リアルワールドデータ活用を広げる土台になり得ます。
次に目指すこと
今回のFC-PHTは、各施設内で解析を実行し結果を得る実現可能性を示した段階であり、現時点では施設横断的な統合解析機能には課題が残っています。今後は、多施設の解析結果をより実用的に統合できる仕組みを強化し、日本の臨床研究環境に適した連合解析システムとして検証を進めることが重要です。