学校検診が過剰診断の悲劇を生む

 

 1.学校検診は強い強制力を持つ
 
福島県における甲状腺超音波検査は学校検診として行われています。学校検診での受診率は非常に高い数字を維持しており、その結果過剰診断の被害の拡大を抑制できない状態が続いています。学校検診での受診率が高いことには理由があります。まず、教師が主導して受診させるということ自体、この検査が学校教育の一環であり受診しなければいけないもの、という誤解を与えています。また教師自身が知らず知らずのうちに受診を勧奨することもしばしばあるでしょう。対象者には受診の意思を確認する文書が送付されますが、未回答であるとさらに問い合わせの通知が来ます。県が受診を誘導する形を取っているのです。検査は授業の合間に行われます。受診を拒否した子供は友達が受診している間、教室にぽつんと残されることになります。このような状況で特に検査の被害について関心のない親が「受診を拒否します」という決断を下すのは難しいでしょう。すなわち、現在福島県で行われている学校検診は強い強制力を伴っているのです無症状の対象者に対して甲状腺超音波検査を施行した場合、一生涯悪さをしないがんを見つけてしまい、恐怖心を植え付けたり、本来不要であったはずの手術を受けざるを得なくなる過剰診断の弊害が生じることは国際的には常識となっています。特に将来のある子供にそのような被害を与えることは虐待・人権侵害の側面があります。対象者に被害を与えるような検査を実施してデータを収集することはたとえ本人の同意があったとしても医学倫理では禁止されています。特に強制性を持ってそのような調査を行うことは禁忌です。しかし、福島県では学校を舞台にして実際にそのような状態で調査が進められているのです。

2.学校検診をめぐる福島県における議論
 このような学校検診の問題点は2018年の甲状腺評価部会で指摘され、理想的には学校検診は止めること、可及的には業間での検査は避けること、が提案されました。しかし県は、「福島県立医科大学の倫理委員会がこれで問題ないと判断しているから」との理由でこの提案を却下しました。この説明が事実であるならば福島県立医科大学の倫理委員会は200人以上の過剰診断と思われる被害者を出してしまったことに重大な責任を持つことになります。また同部会では、学校検診に関する説明文書で甲状腺超音波検査を受けることの弊害についての説明が十分でないことが問題視されました。しかし、県から提出された改訂案には、対象者の受診を勧奨するような科学的根拠に乏しい記述が並べられており、部会での議論は紛糾しました。最終的には部会長案としてほぼ県の案のとおりの文書が提出されました。すなわち、少なくとも当面は説明文書が不備である状況が続くということです。学校検診を続けるべきであるという理由としては受診率の低下を避けるべきとする意見があります。実際、福島県の有識者会議、特に甲状腺評価部会では検査を今の体制で継続するためには対象者の健康被害は容認すべき、との意見がしばしば出されています。このような状況を考慮すると、行政は過剰診断の被害を抑制することよりも検査の体制維持を優先しているとみるべきでしょう。
ただ、この調査に関しても、低線量の被曝で健康影響を観察できるほどの精度を有さないという欠陥が指摘されています。2019年の検討委員会で疫学の専門家から「疫学調査としては既に破綻している」との見解が出され、調査継続の正当性さえ疑問視されている状態なのです。県及び環境省は現在でも公式には「甲状腺検査を開始したのは正しく、今後も継続すべき」という姿勢を変えておらず、過剰診断の被害については認めていません。

3.学校検診での甲状腺超音波検査は悲劇につながる
 学校教育は生徒の教職員に対する信頼から成り立っています。そのような場で子供に重大な人権侵害が起こりうる検査が半強制的に行われている、ということは悲劇につながります。しかも、その悲劇を主導する中心人物の1人として先生方が登場するのです。実際、学校検診で甲状腺がんと診断された一人は、「学校でやっているので何も考えずに受けてしまった、受けたことを後悔している。」と語っています。教職員の方々は当事者としてこの問題に関心を持っていただく必要があります。特に高校生は甲状腺の潜在癌の頻度が高いので、いつ自分のクラスの生徒が悲劇に見舞われてもおかしくない状況なのです。少なくとも自らが子供に対して加害者にならないように、検診受診を勧奨するような行為は慎むべきです。

4.学校でやっているから、との理由で検診を受けさせてはいけない
 
少なくとも現時点では、行政は甲状腺検査に伴う健康被害の抑制に対して積極的に向き合う姿勢を示していません。すなわち、子供たちは危険にさらされていることを意味します。福島県の学校に子供を通わせている親御さんはこの状況について自ら情報を入れてください。「学校でやっているから大丈夫」という言葉は行政が迷走している状況では通用しません。甲状腺超音波検査による集団検診はなんら症状のない子供に対しては極めて危険なものであり、決して受けさせてはなりません。福島の子供たちは自分の身を犠牲にしてまで県の調査に付き合う義務は負っていないはずです。

5.会津地区の学校検診は何のためにやっているのか?
 
会津地区の住民の被曝量は隣接他県のそれとほとんど変わりないとされています。では、なぜ現在でも会津地区では学校検診が続けられているのでしょうか。検査担当者に聞くとそれなりの回答が返ってくるかもしれません。それに対してこう聞いてみてください。「じゃあ、なんで隣の県ではやってないんですか?」これに対して答えることは誰にもできないでしょう。福島県の有識者会議での議論を参照すればわかるように、会津地区の子供のデータは「被曝量が少ない地域」のデータとして扱われています。すなわち、避難指示地区等との差が無いかどうか見るための比較対象として使われているのです。既にゾンビ化していると言われている調査ではありますが、会津地区のデータが無いと全く意味をなさなくなります。すなわち、会津地区で学校検診が行われている最大の理由はデータの収集であり、少なくとも子供の健康改善を図ろうとして実施されているわけではないのです。会津地区で子供を学校に通わせている親御さんはこのことを十分に理解する必要があります。会津地区の学校検診で取られたデータが他の地区の住民にとって役立つ情報を提供する可能性はゼロではありません。しかし、そのために子供たちに健康被害を伴う検査を受けさせる必要はあるのでしょうか。

6. 学校検診が中止になれば過剰診断の被害は終息する
 
福島県では、学校検診で高い受診率が維持された結果、県民は「もし検診を受けなかったらどうなるのか」ということを知ることができませんでした。その結果、「もし受けなくて万が一のことがあったら」という意識が発生し、それが被害のここまでの拡大につながってしまったのです。では検査を受けなかったらどうなっていたでしょうか。実際に検査を受けなかった子供は一定数います。検査を受けた子供と受けなかった子供の差は歴然としています。検査を受けた子供のうち200人以上が甲状腺がんと診断されています。これに対して超音波検査を受けなかった集団から多数の甲状腺がんが見つかっている、という報告は今のところありません。何も起こっていないのです。もっと典型的なのは宮城県丸森町、茨城県北茨城市です。この2つの自治体は自主的に子供に対して超音波検診を実施し、その結果本来それらの自治体の人数ではほとんど見つからないはずの甲状腺がんが若年者で数名見つかっています。しかし、検診をしていない周辺の自治体ではそのような話はありません。どちらが良いのかは歴然としています。学校検診が中止になれば受診率は低下し、それによって県民は検査を受けなかったらどうなるか、ということを知ることができるようになります。そして、当然のことながら検査を受けない方が安全だ、という結論に納得することになり、受診率はさらに低下し、過剰診断の被害は終息に向かうでしょう。つまり、2011年生まれの子供が高校を卒業した2030年以降は、被害数は急速に減少するはずです。しかし、問題はそれまで待てるか、という点です。福島を訪れるとあっちでもこっちでも心と体に傷を負った若者がいる、という未来を許容すべきなのでしょうか。また、学校で甲状腺の超音波検査を何回も受けた、という記憶は福島県民に「甲状腺超音波検診は良いものだ」という誤った刷り込みを与え、将来における過剰診断の温床になります。学校と甲状腺検査を切り離すこと、すなわち学校検診を早期に改善・縮小・中止することが過剰診断問題解決の第一のステップになります。今後の対策はここに注力すべきです。


参考文献
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福島のこどもは、大丈夫です」ー甲状腺検査の現場から 早野龍五、緑川早苗、服部美咲 SYNODOS(https://synodos.jp/fukushima_report/21602

A 福島の甲状腺がんの過剰診断ーなぜ発生し、なぜ拡大したか 日本リスク研究学会誌 l28(2):67-76,2019https://doi.org/10.11447/sraj.28.67

B Overdiagnosis of thyroid cancer: The children in Fukushima are in danger(甲状腺がんの過剰診断:福島の子供たちは危険にさらされている)Arch Pathol Lab Med 143:660-661,2019(https://www.archivesofpathology.org/doi/full/10.5858/arpa.2018-0586-LE)

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