10分でわかる甲状腺超音波検査の危険性

 

  甲状腺超音波検査は甲状腺で起こる病気をきわめて高感度・かつ高精度で判定できる、甲状腺専門医にとって診療に欠くことのできない検査です。がんという病気は従来早期診断・早期治療が必要であるとされ、甲状腺超音波検査が開発された当初はより小さい甲状腺がんを見つけ出し手術で治療する技術が競われました。ところが、2014年ころよりこのようなやり方の弊害が広く認識されるようになり、現在では症状のない人を対象にして甲状腺超音波検査で病気を見つけにいくこと(これをスクリーニング検査と言います)はむしろ危険であっておすすめできない、というのが甲状腺の専門家の国際的なコンセンサスとなっています。


Q1:甲状腺がんを超音波で早期に見つけるといいことがあるの? A:いいことはない。
 
2017年にアメリカ予防医療サービス専門作業部会がこの問題に関して世界中の707報の論文を調査した結果を報告しています。この論文では1)超音波検査を受けることにより甲状腺がんの死亡率は低下しない、2)超音波検査を受けることでその後の健康状態が改善することはない、という極めてはっきりとした結論が出されています。すなわち、超音波検査で早期に見つかった甲状腺がんとそうでなく偶然見つかったがんとでその後の経過に差を認めず、超音波検査による甲状腺がんの早期診断は無駄であるということになります。どうしてこういうことになるのか。それは甲状腺がん自体非常に性質がおとなしく、触診等でわかるような段階でもまだ”早期”であること、甲状腺がんは超音波でしか見つからないような小さな段階から既に甲状腺外へ広がる性質があるので、超音波で見つけたものと触診等で見つけたものとの間にあまり差がないこと、が原因として考えられます

Q2.超音波で甲状腺がんを見つけにいくと悪いことがあるの? A:過剰診断の弊害がある。
 
これも2014年以降わかってきたことですが、小さな甲状腺癌は思春期から30歳代にかけて発生し、その大部分は一生涯大きくならないままで経過します。無症状の人に超音波検査をするとそのような無害な甲状腺がんを高い確率で見つけてしまいます。これが過剰診断です。このような形で見つかった場合、そのほとんどが無害な甲状腺がんであるとわかってはいるのですが、遠隔転移をきたすような有害ながんも一定の比率で混じっていますので放置するわけにいかず、結局は手術になってしまいます。これが過剰治療です。これらの手術は当然のことながら患者にメリットはなく、”切られ損”となります。特に若年者の場合、生死にかかわるような病気でないにかかわらず、診断後は”がん患者”のレッテルを貼られたままその後の長い人生を送ることになり、大きな問題となります。

まとめ
 
以上をまとめると、無症状の人に対して甲状腺超音波検査をして早期の甲状腺がんを見つけてもその後の経過を改善することはなく、むしろそのような検査をしなければ生涯気づかれなかった潜在性の甲状腺がんを見つけてしまう過剰診断を引き起こします。したがって、その損得を考えた場合、超音波検査を受けることで得することはないけれども一定の確率で損をすることが明らかです。では、どのくらいの確率で過剰診断の被害にあうのか、剖検例から大雑把に推計すると、15歳未満ではほぼ心配ありませんが、20歳で500人に1人程度、30歳で250人に1人程度、40歳で200人に1人程度と推測されます。甲状腺がんの発生が心配な場合、健康診断という形でいきなり超音波検査をするのは危険です。では、どうしたらよいのか、という点に関してはまだコンセンサスはありませんが、まず専門医による甲状腺の丁寧な触診を実施して、異常が見つかった人のみ超音波検査をするのがよいのではないか、ということは言われています。

*誤解のないように

ある程度進行した甲状腺がんの診断では超音波検査は非常に有用です。ここで述べた”危険性”はあくまで健康診断目的で、ということです。


参考文献
@Natural History of Thyroid Cancer (Review)
無料PDF::https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrj/64/3/64_EJ17-0026/_article
AScreening for Thyroid Cancer: Updated Evidence Report and Systematic Review for the US Preventive Services Task Force.
JAMA 2017,318:1888-1903.

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