10分でわかる子供の甲状腺がんの過剰診断の恐ろしさ

 

 1.早すぎる診断は再発のリスクを高める
 
若年者の甲状腺がんは10代、20代では活発に増殖して甲状腺の周囲にまで転移します。ところが大部分はその後成長を止めてしまいます。このようながんをあまり早い時期に見つけてしまうと、本来不要であった手術を施してしまうことになります。これが過剰診断です。しかしまた別の問題もあります。小さながんを切除したとします。小さいので手術の範囲を縮小して行うことになります。しかし、このような場合往々にして手術で残した部位にがんが既に転移していることがあるのです。どうしてこのようなことになるかというと、甲状腺がんはmm程度の非常に小さい段階から甲状腺の外に広がってしまう性質があるからです。実際福島の子供の症例では、超音波検査で超早期に見つかったはずなのにほとんどの例で甲状腺外に広がっていました。超音波検査には転移を予防する能力はないのです。残ったがんがこのまま成長を止めるなら何も問題は起こりません。しかし、がんがまだ成長過程にある場合は手術で残したところから再発します。2回目の手術になった場合、手術の合併症は格段に増えますし傷口も汚くなります。大人の甲状腺がんでもある程度の大きさになるまで様子をみることがありますが、その目的の1つがこのような再手術を避けるためでもあるのです。子供の甲状腺がんは術後の再発が20%以上と非常に多いことが知られています。特に、超音波でしか見つからないような甲状腺がんの場合は、過剰治療の批判を避けるために担当医がより手術を縮小して行ってしまう可能性は否定できません。その場合は非常に高い確率で再発をきたすことになるでしょう。実際福島で手術された患者でも、超音波で早期に発見されたにも拘わらず既に再発例が出ているようです。どんながんにも手術に適したタイミングがあります。今まで小児甲状腺がんは相当進行した状態(首が明らかに腫れている、肺に転移している等)で見つかっていたのですが、それでも生涯生存率は95%以上だったのです。超音波検査で見つけにいくことが”早まった診断”になろうことは容易に推測できます。

2.チェルノブイリで甲状腺がんと診断された子供の一番多い死因は自殺
 
福島の子供の将来を考える上で、チェルノブイリで行われた甲状腺検診の影の部分をしっかりと見ていかねばなりません。ちなみに、現在ではチェルノブイリにおいても甲状腺超音波検査による過剰診断が相当数あったのではないか、ということが専門家の間で言われています。2018年1月に行われたIARCと福島県有識者会議のメンバーとの意見交換会で、ある委員が次のような質問をしました。「チェルノブイリで行われた超音波検診で、検査を受けたら助かった、と証明できる例が1例でもあるのか?」 この質問にその場にいた誰も回答できませんした。チェルノブイリで行われた超音波検査で生存率が向上した、というデータはありません。もちろん、生活の質(QOL)が向上した、というデータもないのです。また、最近非常に厳しいデータが出てきています。チェルノブイリの検診で甲状腺がんと診断された子供たちの追跡調査です。936人を約20年間観察しています。甲状腺がんが原因で死亡した例は2例(0.2%)のみで、旧ソ連の貧弱な医療事情を考慮すれば 非常に良好な成績です。しかし、7例が自殺しており、5例が事件・事故で死んでいます。この数字は同じ地域の甲状腺がんでない対象者と比較しても桁が違います。彼らが診断・治療された後、劣悪な環境で人生を送っていたことが容易に想像できます。ある医師の話が県民健康健康調査検討委員会でも出されており、その医師は「せっかく甲状腺がんを手術で助けた、と喜んでいたのに自殺されてしまった。」と嘆いていたそうです。福島に関しては社会環境が違うのでそのようなことは起こらない、という意見もあるでしょう。しかし、甲状腺がんと診断された子供を診察していれば、甲状腺がんという診断をつけることが子供たちのその後の人生に心理的・社会的に大きな負の影響をもたらすことは明らかに見て取れます。がんという診断名を子供につけてしまうことの危険性を軽視してはいけません。

3.その判断、本当に子供のためですか?ー学ぶことの重要性ー
 
福島県において子供を対象に甲状腺超音波検査を実施する大きな理由として県民の不安を解消させるため、ということがよく言われています。しかし、不安に思っているのは誰でしょうか。子供達ではないでしょう。では、大人の不安を解消するために子供の健康被害には目をつぶる、ということは良いことなのでしょうか。福島の子供たちは自分がなぜ甲状腺検査を受けているのか理解していません。聞かれると、「お父さん・お母さんが安心するから」と答えるそうです。これをよく考えていただきたいのです。子供に超音波検査を受けさせるということは本当に子供のことを思っての判断なのでしょうか。良かれと思ってかえって負担を子供に押し付ける結果になっていませんか?また、多くの親御さんは「学校でやっているから・断るのは面倒くさいから」と安易に考えて子供を受診させていると思われます。現状では検査対象者に本来受診前に必ず知らせるべき情報、特に超音波検査の弊害を伝えないまま検査を受けさせている、ということは県も認めているところです。県からの情報だけに頼らず、是非、自分の目で・頭で甲状腺超音波検査について勉強されてから子供を受診させるかどうかの判断をしてください。また、過剰診断ではPopularity Paradoxという現象が起きます。これは過剰診断による弊害が大きければ大きいほど、その被害にあった対象者が検査を擁護してしまう現象です。対象者の心理状態を考えれば容易に理解できますが、過剰診断の被害に遭っても対象者はそれを認めることができません。自分が検査を受けたのが愚かな判断だということになってしまいさらに苦しむからです。福島においても被害者は他の人に「自分は検査を受けてがんが早期に見つかってよかった、あなたもしっかり受けなさい。」と言うでしょう。「不安」と「Popularity Paradox」、この2つが過剰診断の被害を際限なく拡大させます。これを避けるには自ら学ぶことしかありません。是非勉強されて自分たちが被害に遭わないように、他の人たちを被害から守るように努めてください。

 
参考文献
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Clinical and morphological features of papillary thyroid cancer in children and adolescents in the Republic of Belarus: analysis of 936 post Chernobyl carcinomas.
Fridman MV, et al. Vopr Onkol 2014; 60:43-6.
AScreening:evidence and practice.
Raffle AE and Gray JAM Oxford University Press, Oxfprd 2007


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