S 「年末も押し迫ってきましたけど、先生は今年はいっぱい論文を書かれましたね。」
T 「そうでしたね。なんだか出せば通るの入れ食い状態で、アジのサビキ釣りみたいでした。」
F 「例えがとってもわかりにくいんですけど・・・」
S 「Self-limiting Cancer(SLC)って概念がもう定着しそうですね。」
T 「立派ながんなんだけと、転移先で活動を停止してしまうがん、つまり昼寝ウサギですね。」
F 「この際、Hiruneusagi、で国際的に定着させたら良かったのに。」
S 「無茶苦茶言いますね・・・」
T 「いや、正直このSLCの話はまだ論文として通すのは難しいだろうな、と思っていたんです。だからほとんどクレームなしで通ってしまってかえってびっくりです。」
S 「全く文句が出なかったんですか。」
T 「実は、一点だけ、編集者がこれだけは譲れませんよ、と言ってきたことがあるんです。それは、下の図でindolent cancer としているところ。これは元々innocent cancer だったんです。」
S 「編集者の意見として、がんを無実というのはさすがにおかしいだろう、ということですかね。」
T 「僕も若年型甲状腺がんでもある程度進行する場合もあるから、若者に存在するがんをそのまま無実のがん、というのは無理があると思っていました。だからSLCと呼んだわけです。」
F 「いずれ昼寝するんだけど、なかなか寝付けなくてご近所にご迷惑をかけちゃういけない赤ちゃんがたまにいてる、って感じですね。」
S 「数年前とはすごい違いですね。甲状腺がんは子供のころからできている、とか、転移しても進行しないがんがある、とか、悪性のがんに遺伝子異常が蓄積しているというのは間違いだ、とか、この論文に書いてあることは鼻で笑われていましたからね。」
F 「先生、面と向かって頭がおかしい、って言われてましたもんね。」
T 「疫学データと全エクソーム解析でそれらが正しいって証明されたせいでしょう。どちらも全体像が見えてしまっているからデータを解釈でごまかすことは難しいですからね。多段階発がんで考えたら、なんで遺伝子異常の蓄積が起こっていないはずの子供でがんが多発するのか、なんで成長を止めるがんがあるのか、なんで分化がんの遺伝子異常が未分化がんで消えてしまうのか、さっぱりわからないでしょう。多段階発がんでは説明できなくて困ってしまったタイミングで、芽細胞発がんがすっと入っていったんでしょうね。実は僕の芽細胞発がんや過剰診断の論文に対する反証論文は今のところ一報も出ていないんですよ。皮肉ではなくて、論点がわかりやすくなるから誰か書いてくれないかなあって、期待しているんですけどねえ。」
S 「甲状腺がんのエビデンスを起点に、これからがんの常識は大きく変わるし、特に過剰診断は21世紀前半のがん研究の重要なテーマの一つになりそうですね。」
T 「僕は最近、講義や講演で、甲状腺がんに関する3大勘違いとして次のことを言っています。 @がんはほっておくと悪性化するというのは間違い、Aチェルノブイリで子供達が超音波検査によって命を助けられた、というのは間違い。B超音波検査は安全な検査、というのは間違い、」
S 「@は少なくとも甲状腺では死んでしまうのは高齢者のみるみる成長するようなほっておけないがんだけで、ほっておけるようながんはそもそも悪性化しない、って話だし、Aも多くの人たちの利害に関係するからなかなか言い出しにくいけど、事実でしょうね。」
T 「悩ましいのはBなんです。みんな超音波検査は無害だと信じているでしょう。」
F 「だって、教科書にそう書いてあるし、学会で危険性があるなんて話は聞いたことがありませんよ。」
S 「本当は学会で話すべきなんですがね。」
T 「甲状腺がんの過剰診断は、すでに日本ではアウトブレイクになっていると思いますよ。東日本大震災後、甲状腺超音波検査の実施件数が激増してます。これから検診以外でも若年層の甲状腺がんの罹患率は増加していくでしょうね。」
S 「検査を希望する人が増えているから甲状腺超音波検査をする医療者を増やしていこうって計画があるようですね。」
T 「需要があるから検査をどんどんやりましょう、っていうのは極めて危険な対応だと思いますよ。韓国はそれで痛い目に遭ったわけですからね。技術指導をするなら、過剰診断のリスクも同時に教育しなければなりません。でもそういう話は学会で全く取り上げられない。」
F 「学会では問題になるような過剰診断は起こっていないって話してましたよ。日本では検査を慎重にしているから過剰診断は抑制されているし、仮に見つかっても経過観察して手術を避ければ問題ないって。実際、病理で見ても手術が必要な症例ばかりで過剰診断は考えられない、って言ってましたよ。」
S 「でも、それならなんで若年者の甲状腺がんの罹患率や手術件数がけた違いになっているのか説明できる?」
F 「放射線の影響でしょう。」
S 「そうきましたか!」
T 「・・・・・・甲状腺の専門家であのデータを見て放射線の影響がでてる、って言っている人は誰もいないよ。」
F 「じゃあ何で増えてるんですか。」
T 「君が演者に直接質問したまえ。何のために学会に行っているのかね。」
F 「今回は●●●と×××が楽しかったですね。来年は△△△だから■■■に行こうと思ってます。」
T 「・・・・答えを言うと、超音波検査でSLCを拾い上げているからです。間違いなく過剰診断です。成長を止めて小さいままでずっと静止しているようながんは超音波検査で高い確率で見つかってしまうんですよ。逆に言うと、いままで超音波検査で見つけていた甲状腺がんはほとんどがSLCだったんです。それは超音波で見つかったがんを片っ端から手術摘出しても死亡率が低下しなかった韓国の例ではっきりしていますね。」
S 「このことを早く甲状腺専門医や超音波検査をやっている医療者に伝えないとまずいことになりますね。」
T 「Fさんがそうだったように、専門にやっている人ほどかえって被害の実態を知らないように思うんですよ。甲状腺がんの過剰診断がクローズアップされたのはここ数年の話だし、現状、本来学会の教育講演や邦文学術誌なんかで伝わるべき情報がブロックされていますからね。国際論文を読んでいる人しか本当のことは知り得ないんです。学会で話を聞いてなくて、海外の論文を直接読んでいる部外者の方がかえって状況を良くわかっていたりする。」
S 「韓国でも同じようなことがありましたね。韓国甲状腺学会も過剰診断説を真っ向から否定してましたしね。」
T 「はやく正常化すべきですね。学会が利益相反で組織的に動けないなら利害関係のない有志の有識者で情報の壁を取り払うための対策を立てるべきです。」
F 「先生は論文でずいぶん前から超音波検査は危険だ!って意味不明のことを書いていましたよね。」
T 「(怒)決して意味不明ではないですが、そんなことを言っている人は誰もいなかったから、今から思えば良く書いたなあと。あの論文を快く思わない方々も随分いたでしょう。」
S 「でも、言いたかったのは超音波検査が役に立たない、ってことではないわけでしょう。」
T 「そう、きちんとメリハリをつけるべき、ということなんです。無症状の若年者にがん検診目的で甲状腺超音波検査をするのは禁忌と言っていいでしょう。ただ、まだしっかりとしたエビデンスは無いけれど、高齢者の小さな甲状腺がんを見つけに行くことは死亡率の低下につながるんじゃないかと推測しています。高齢型甲状腺がんを早期に発見することになりますからね。芽細胞発がん説を考えると、色々なものが見えてくるんです。」
参考文献
Takano T. Overdiagnosis of juvenile thyroid cancer: Time to consider self-limiting cancer (perspective) JAYAO (in press)