ふぁっつ・にゅう

 

            論文対決!
  
S 「いやまた、なかなか刺激的な論文が・・・」 

T 「Archives of Pathology & Laboratory Medicineに出たやつですか。福島県立医科大学が甲状腺検査の正当性について書いて、僕がそれに対する反論を書いたものです。学術界では日本人同士で真っ向から意見を戦わせることってそうそうないから珍しいでしょう。僕の方は日本語訳をつけておくけど、福島医大の方はぐーぐる先生に聞いてくださいね。」

(Open Access) 

Shimura H et al.  An Accurate Picture of Fukushima's Thyroid Ultrasound Examination Program

Takano T  In Reply (日本語訳)

私、学会で先生と一緒に仕事してるって言わないようにしよう・・・・」

S 「日本の甲状腺検査推進派からどうして検査を続けているのか、って論文が出たのは初めてですね。」

T 「その意味で、非常に貴重な論文だと思いますよ。日本における検査推進派と反対派の意見がこれで明確になりました。では、論点をリストに挙げてみます。」

F 「こうやってみると本当に真っ向から対立していますよね。」

T 「ただ、明らかに推進派が間違っているところもあると思うよ。」

S 「3番と4番ですか?」

T 「IARCの報告についての解釈は明らかに誤っているし、福島の状況についても罹患率の上昇は韓国をはるかに超えてしまっていて、反面今後甲状腺がんによる死亡率が低下することはあり得ないし、一部の専門家がまだ早期発見でQOLが改善すると言ってますがなんら根拠はないわけですからね。外国の識者、特にIARCのメンバーや韓国やアメリカの専門家から相当反論がでてきますよ。あとやはり指摘したいのは、主張に具体的なデータが提示されていないこと。」

F 「不安の解消に役立っている、とか過剰診断は抑制されているし問題は起こっていないってところですか。」

S 「手術が片葉切除だから問題ない、との記載も色々な反論が出そうですね。」

T 「僕は子供の小さな甲状腺がんは成長過程にあるから下手に縮小手術をすれば再発率が上がる可能性があるって警告していたんです。実際、福島の片葉切除例では既に7%以上が再発しています。それと過剰診断っぽい甲状腺がんを見つけても経過観察すれば問題ない、と言っている有識者もいますが、それはあまりに現場を知らなさすぎます。これも論文に書いてますが、子供の甲状腺がんの経過観察ほど残酷なものはありません。」

F 「でも、福島の症例は進行例だから手術が必要だ、ただし、片葉切除のような縮小手術をしているから甲状腺の機能が維持できているので問題ない、って説明を聞きましたよ。」

T 「その説明は矛盾してますよ。進行例であるなら、将来的な再発や転移に対応すべく全摘術をすべきで縮小手術などもっての外ですし、縮小手術が許されるような症例ならばそもそも進行例とは言えないですから。」

 S 「論文全体を通じて、『手続きは正しく行われている』ことの説明に終始しているように見えます。県民がそう言っている、IARCがそう言っている、県が、政府、倫理委員会がそう言っている。だからこのようにやっている。でもその判断についてどんなデータが出ていて、自分たちが科学的・倫理的にどう考えているのか、それは見えてきません。」

T 「学術的に責任ある立場からは、たとえ福島県民全員が不安だから検査やりたいって言ったとしても子供に害をもたらすという科学的根拠があるなら反対すべきなんです。僕はその立場です。逆に言うと、この論文は科学的立場で書かれた、というよりも社会が検査を必要としているんだ、ということを説明しているもののように思います。」

F 「そもそも最初の視点が違うんですね。」

T 「実は科学的に最も問題なのは最初の部分だと思います。健康影響があるかどうかは不明である、住民の不安を解消するために結論を出す必要がありそのために検査を続けている、とはっきり書いてあります。」

S 「しかもその根拠として引用している文献2 (Yamamoto H et al. Medicine)は福島では放射線の健康影響が出ている、と結論づけた論文ですよね・・・・。福島医大は同じデータを使って健康被害は出ていない、って論文を出しているんですけどねえ?自分たちの論文が間違っていると考えているんでしょうか。」

T 「チェルノブイリで影響がはっきりと認められた下限の被曝量は150-200mSvですが、福島における住民の被曝は1桁ー2桁低いレベルです。そのレベルで健康影響があるかどうかを検出するには現在の38万人という人数では疫学的には到底無理です。今の段階で放射線の影響を調べるために検査を続けているんだ、と主張しているのはこの調査の限界を理解していないことの証左です。今後どんなに調査を続けていったって、『健康影響は見えませんでした。』以外の結論は出るはずがないんです。この伝説の名機、カシオA158を賭けてもいい。」

F 「先生、それ1780円だって言ってたじゃないですか・・・・」

S 「研究のデザイン的には原発の被害が見えないことを証明する検査になっちゃってるんですけど、反原発の人たちが一生懸命後押ししてたりして、ずいぶん誤解されてますよね。」

T 「どれだけ解析しても新たな結論が出るはずのない調査であることを理解しないで検査を続けているんだとしたら暗澹とした気持ちになりますね。住民の理解も進んできていますから、彼らに見放されないよう、専門家の権威を守るためにも科学的に正しいスタンスでのリーダーシップを発揮してもらいたいと思います。」

S 「でも、この論文が出ることによって現在の福島における検査推進派と反対派の意見の違いが国際的に発信されることになって、風通しは大分良くなりそうですね。」

T 「そう、過剰診断について議論する場が現れた、という点では一歩前進です。願わくばこのような議論が国内の学会でできるようになればさらに良いと思います。問題が発覚してからそのような機会はまだ一回もありませんからね。検査推進派の方々もこの論文では大いに議論しようとおっしゃってますから。」

参考文献

Takano T. Overdiagnosis of juvenile thyroid cancer(Review) Eur Thyroid J 9:124-131, 2020.

 

大阪大学医学系研究科甲状腺腫瘍研究チーム:ホームへ戻る