福島で行われている甲状腺検査の問題を考えるのに重要な情報は、超音波検査によって診断された未成年の甲状腺癌の中で、過剰診断がどれだけの割合を占めるのか、という推計です。本来このような情報は学会等が早急にまとめて議論の俎上に載せるべきなのですが、いまだそのような話はありませんので、現時点での見込みを示そうと思います。
若年者の甲状腺癌(若年型甲状腺癌)は次の図のようにおおよそ5歳ぐらいまでに発生し、思春期にかけて比較的急速に成長し、その後徐々に成長が遅くなります。大部分が一生無害な微小癌となり(B)、症状を呈する(A)のはごく一部です。微小癌は30歳以降はほとんど成長しないことが知られています。若年型甲状腺癌とは別に、中年以降発生する高齢型甲状腺癌がありますが、この癌は未成年の時期には存在しません。知りたいのはAのBの比率です。
今回の推計で使用するのはがん統計と人間ドックのデータですが、結論から言うと前倒し診断と過剰診断の割合を推計することはできません。がん統計のデータは甲状腺癌を発症した患者数を推計するのに使用するのですが、40歳以上では検査で発症前にたまたまみつかってしまった潜在癌の症例が多数混在してしまうからです。また40歳以上では、若い時から存在した甲状腺癌だけでなく、後で新たに発生した高齢型甲状腺癌が混在してきます。すなわち、40歳以上ではがん統計のデータが「未成年の時期から発症した」症例を計算するために使えないのです。
しかし、対象者にとって発見が利益であるのか害であるのか、ということは判定できます。未成年で小さな甲状腺癌が見つかったとします。これがたとえば20代までに発症するようなものであれば、見つかってよかったものだと言えるでしょう。これに対して、40歳になっても発症しないようなものであれば、発症まで最短でも20年以上あるわけですから、過剰診断であろうがなかろうが、対象者にとって20年以上もの早すぎる発見、つまり大きな害と言えるでしょう。30代での発症もはやはり害であるとしましょう。ただし、この推計には発症する割合は癌の成長スピードによらず一定である、という前提が必要です。これに関してはエビデンスが全くないのですがこうしておかないと計算ができません。ただ普通考えて、19歳で見つかる微小癌はほとんど将来発症して29歳で見つかるものは全部潜在癌になる、というような極端なことはないでしょう。
人間ドックのデータでは、30代以降は超音波検査でしか見つからない小さな甲状腺癌はどの世代でも約0.5%に見つかります。したがって、40歳の時点で10万人あたり500人が持っている計算です。がん統計のデータは福島で検査が行われる前の2001年から2010年のデータの平均を使用します(国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」(全国がん罹患モニタリング集計))。甲状腺癌は10万人当たり10年間で20-29歳で37.8人、30-39歳で79.5人が報告されています。これらを全部合わせると10万人あたり617.3人となります。20-29歳で診断された人は発見に利益があった可能性がある例(可能性、としたのはこの中にも過剰診断例が含まれているからです)、30-39歳の人は害があった、40歳の時点でまだ潜在癌であるその他の500人は大きな害があったことになります。また当然のことながら、若年型甲状腺癌で死亡する症例はほとんどありませんので、超音波検査をしたらからこそ命を救われたような症例は1例もないはずです。この割合を下の表に示します。福島で見つかった未成年の甲状腺癌の総数を300人としたときにそれぞれ何人になるか、というデータも加えます。
もちろん、前提条件が変更されれば、データも変わってきますが、これは現時点もっとも確からしい推計で、これから大きく外れることはないと思います。また、今回の推計の結論は、害については確定的ですが利益をもたらす可能性がある例は”最大見積もって”6%程度であるということに留意が必要です。この中にも過剰診断例は含まれますし、そもそも超音波検査による早期発見がなんらかの利益をもたらすというエビデンスは皆無です。もしかすると一人もいないかもしれません。今後の議論にご活用ください。