ふぁっつ・にゅう

 

福島の子どもの甲状がん、過剰診断の割合は?

1、専門家の印象は「”9割がた””大部分”が過剰診断」がほとんど

まず定義をきちんとしておきましょう。過剰診断とは一生無症状のがんを診断してしまうことです。海外の方々を含め、多くの専門家は福島の若年者で見つかっている甲状腺がんの大部分は過剰診断であると認識しています。具体的な数字を聞くと、”9割がた”という意見がほとんどではないかと思います(ただし、福島やチェルノブイリでの甲状腺検査に関わった方々、すなわち当事者の意見は除きます)。30代以降の成人に甲状腺超音波検査をすると、小さな甲状腺がんはそれこそ山のように見つかってきます。そして、これらのがんを手術せずに観察しても、悪性化して未分化がんになったりがんが原因で死亡したりした例は今まで一例もありません。すなわち、成人でいくらでも存在しているこのような小さな甲状腺がんを見つけてしまうと、大部分が過剰診断となるわけです。そしてこれらのがんは30代以降はほとんど成長していませんから、10代−20代ででてきたものである、ということはまず間違いないでしょう。これに対して未成年が甲状腺がんにかかること非常にまれです。これらの事実をもってすれば、未成年で超音波検査をしてたまたま小さな甲状腺がんをみつけてしまった場合は過剰診断の割合が圧倒的に多い、という以外の結論はまず出てこないのです。

 

2、多いのはわかっているが過剰診断の割合の推計は実はかなり難しい

ただし、もう少し具体的に数字を詰めようと思うとたちまち困難にぶつかります。それをどのように数え上げるか、となると、たまたま甲状腺がんが見つかった患者を治療せずに一生観察するしかないわけで、そのようなことは非常に困難です。しかしたとえば、経過観察の症例のデータから将来の腫瘍のサイズを推測する、ということができるかもしれません。しかし、こと甲状腺がんに関してはこれも非常に困難です。なぜかというと、がんが縮小することがしばしばあるからです(文献1)。すなわち、子どものころの一時期だけ超音波検査で見つかってその後消えてしまうような甲状腺がんがあると考えられるのですが、それがどのくらいの割合なのか、子どもを対象とした経過観察のデータがないのでわからないのです。

 

3、甲状腺がんの成長曲線からの推計

視点を変えて、いくつかのほぼ確からしい前提条件を置くと、すこし絞り込んで過剰診断の割合の推計ができます。時間を横軸、腫瘍サイズを縦軸にとったがんの成長曲線は指数関数で表されます。がん細胞ができてから超音波でみつかるサイズになるまでに最低25回程度、臨床がんになるまで最低30回程度の分裂が必要です。10代でみつかる甲状腺がんは平均して年2-3回程度の分裂をしていたことになりますが、臨床がんのサイズまで到達できるがんは、超音波検査で見つかるサイズまで増大したらそこからは潜伏期の1/5の期間であっという間に臨床がんになるのです。最後に急速に大きくなる、これが指数関数の特徴です。すなわち、10代で超音波で見つかったがんの中に将来臨床がんになるものが混じっていたとすると、それらは検査しなかったとしたらそれほど時間をおかずに臨床がんとして見つかっていたはず、ということです。ただし、この結論には次の2つの前提条件が必要です。

 

1)いったん成長を止めるが、後になってふたたび成長をするようながんは存在しない

以前の論文で存在しない(あるいは存在するとしても極めてまれ)とする根拠を示していますのでそちらをご覧ください(文献2)。この結論に対して反対する論文はまだでていませんので、国際的に認められている見解と解釈してもらっても良いでしょう。

 

2)臨床がんとなるがんは、臨床がんになるまで同じペースで成長する

成人の進展した甲状腺がん(過剰診断例ではなく、患者に害を与えうるがん)では、治療をしなければ腫瘍マーカーが指数関数のグラフにのる形で増加する(すなわちがんがずっと同じペースで成長する)ことが知られています。ですから、成人のがんでは問題なくこの前提が使えます。しかし、子どもでは指数関数にのらない(臨床がんになった以降成長が鈍る)ものがある、といわれています。ですから、臨床がんになる直前に成長が鈍りだして成長曲線が指数関数から外れる症例はありえますが、データが乏しいのでその割合はわかりません。このような例では、超音波検査で見つかるようなサイズになってから臨床がんになるのに時間がかかります。しかしそのような症例は、臨床がんのサイズに届いてからその後成長しない、ということですから、遠隔転移など患者に悪さをすることは考えにくく、限りなく過剰診断例に近いものだと考えられるでしょう。ですから、評価の上であまり重要視しなくても良いようには思います。

 

この2つの前提条件を是として、「未成年で超音波検査で見つかる甲状腺がんのうち、臨床がんになるものは時間をおかず臨床がんとして見つかっていたはずのものである」という結論を導いたとします。そうすれば、過剰診断の割合は、単純にがん統計の患者数を超音波検査での検出数で割ったら良いことになります。未成年の甲状腺がんの数が少ないのでぶれはありますが、現状で言われているのが検出数は20倍以上、というものです。

 

この推計に影響を与える要因がいくつかあります。

 

過剰診断の割合を下げる要因

@この推計では臨床がんが育って見つかるのは、超音波で見つかるサイズになってから2年以内です。しかし、10代では年齢が高くなるにつれて甲状腺がんの罹患率が上昇しています。したがって、実際はこの推計より過剰診断の割合は若干低いはずです。

A前述のように、臨床がんになる直前に成長が鈍るようなものが多数ある場合は過剰診断の割合は下がります。

 

過剰診断の割合を上げる要因

最近では、子どもの甲状腺がんが症状が出る前に検査でたまたま見つかることも多くなってきており、がん統計で記録された症例の中にも過剰診断例は多数あるものと思われます。

 

その他さまざまな要因があるでしょうが、結論を大きく変えるようなものではないと思います。 まとめますと、福島の子どもたちに見つかった甲状腺がんにおける過剰診断の割合の推計値は95%超です。

 

4、転移や再発をしているのに、過剰診断って本当?という意見に対して

この推計は極めてシンプルな方法で導きだしたもので、ここから大きく外れることはないと考えています。しかし、専門家を含め多くの方々がこの結論を意外に思われるかもしれません。特に、福島で甲状腺がんと診断された子どもたちにすでに多数再発や遠隔転移が見つかっている、ということから、これらの症例はすべて本来治療が必要であったものだ、という意見は根強いです。しかし、このような現象はあらかじめ予想されていた事態なのです。まず、遠隔転移については諸外国でも甲状腺超音波検査の導入後、遠隔転移の率は増加傾向にあり、これについては我々が「遠隔転移についても過剰診断があり、それが見つかるようになったのが原因だ」との論文を発表しています(文献3)。特に反論はでていませんので、これも国際的に認められている見解と解釈してもらっても良いでしょう。すなわち、徹底的に調べたら無症状の遠隔転移も相当数見つかる、ということです。また、再発については実は深刻な問題を抱えています。アメリカのデータでは、超音波検査が導入されて子どもの小さな甲状腺がんが早期診断・早期治療されるようになって以降、再発が激増しているのです(文献4)。これはもちろん、「再発の過剰診断」である可能性もありますが、穿刺吸引細胞診によってがん細胞を散らしてしまうことで、結果として寝た子を起こしている可能性もあるのです。アメリカでは30年間で半数以上の症例が再発をきたしています。アメリカでは全摘術が基本ですが、福島では過剰治療ではないか、という批判をさけるために多くの症例が縮小手術を受けており、残した部位から再発することで再発率がさらに上昇する懸念があります。このあたりの考察は著書に詳しく書いていますのでお読みください(文献5)。

 

、すぐにやるべき2つのこと

このように、福島の子どもたちに遠隔転移や再発がどんどん見つかってくるようになれば、さまざまな問題が発生します。早急に対策を立てる必要があるでしょう。下記の2つのことを早急に実行する必要があります。

 

1)福島の若年者の甲状腺がん症例の術後経過の把握

患者のプライバシーに配慮することはもちろん大事ですが、甲状腺がんと診断された子どもたちのその後の経過の情報を少なくとも専門家の間では共有すべきです。現在、そのような情報は主に市民団体から流されていますが、行政が正確な情報を出していかないと新たな風評被害につながります。

 

2)検査を受けていない子どもたちの状況の調査

福島県では甲状腺検査を受けていない子どもたちが10-20%、すなわち数万人単位でいます。その子どもたちのうち何人が甲状腺がんにかかっているのかはがん統計で報告された症例から県民健康調査で受診記録のある症例を除外したらよいだけなので簡単に調査できます。また可能であれば、手術後の再発や転移はどうであったのかも調査した方が良いでしょう。このような調査すれば福島県民健康調査を受診していない子どもたちに困ったことが何も起こっていないことが証明でき、社会不安が発生することを防げます。

 

ただ、このような調査は福島県の甲状腺検査が弊害を生んでいることをあからさまにしてしまうものです。様々な方面からの抵抗があるでしょう。政治の力学に流されず、福島県民のためになる判断をされることを望みます。

 

(参考文献)

1. Miyauch A, et al. Natural history of papillary thyroid microcarcinoma: Kinetic analyses on tumor volume during active surveillance and before presentation.Surgery 165:25-30, 2019.

2.Takano T.Overdiagnosis of juvenile thyroid cancer. Eur Thyroid J 9:124-131, 2020.

3.Takano T. Natural history of thyroid cancer suggests beginning of the overdiagnosis of juvenile thyroid cancer in the United State.Cancer 125: 4107-4108, 2019.

4. Hay ID, et al. Papillary thyroid carcinoma (PTC) in children and adults: Comparison of initial presentation and long-term postoperative outcome in 4432 patients consecutively treated at the   

 Mayo Clinic during eight decades (1936–2015). World J Surg 42:329–342, 2018.

5. 野徹 他、福島の甲状腺検査と過剰診断ー子どもたちのために何ができるか あけび書房 2021年

 

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