これまで、多くの亜鉛要求性の蛋白が生命の維持に重要な役割を果たしていながら、それを制御する遺伝子がまったく明らかにされておりませんでした。今回の研究では、ゼブラフィシュ受精卵の初期発生における細胞運動制御機構を解析することにより、これまで謎とされてきた亜鉛要求性転写因子の活性を制御する遺伝子を同定することに成功しました。ヒトやその他の生物の初期発生における体の形作りや、傷口の治癒・癌の転移等の際には、通常密に結合している細胞同士が隣の細胞との接着を解除し可動性を獲得し他へ移動します。この現象は上皮-間葉転換と呼ばれています。今回明らかとされたLIV1と呼ばれる亜鉛輸送蛋白は、体の形作りにおける上皮-間葉転換のマスターレギュレーターである亜鉛要求性転写因子Snailの核移行を制御し、その結果細胞間接着分子の発現を低下させ細胞に可動性を獲得させる重要な役割を果たしていました。これらの成果は、亜鉛輸送蛋白による亜鉛要求性転写因子の活性制御を解明した世界で初となる研究成果で、今後細胞内亜鉛輸送機構を詳細に解析することによって、人間の体の形作りのメカニズムに迫るとともに、癌転移予防薬の確立につながるものと期待されます。また亜鉛欠乏は成長障害、免疫不全、神経系の異常などをきたすことから、亜鉛の体内でのホメオスターシス維持の機構は重要な役割を担っていますがその詳細は不明です。さらに亜鉛要求性の転写因子、炎症性蛋白分解酵素、シグナル伝達分子が多数存在することから、今回の研究成果は、発生学や再生医学のみならず、がん研究、免疫学など、学問の領域を超えて大きな影響をもたらすことが考えられます。

1.背 景

 75年以上も前にSpemannにより発見されたオーガナイザーは、一個の細胞である受精卵から多様に分化した細胞が整然と配置された体が形成される形づくりの過程(ボディープラン)において、複雑かつ精緻に統御された細胞分化と細胞運動を制御する。我々は2002年に脊椎動物ゼブラフィッシュを用いてサイトカインの細胞内情報伝達因子STAT3が、オーガナイザー領域でIL-6ファミリーサイトカインを介して活性化され、原腸陥入時の細胞運動を細胞自律的にも細胞非自律的にも統御することを見いだしていた。近年STATsの細胞運動統御能は無脊椎動物ショウジョウバエや最も原始的な多細胞体細胞性粘菌においても保存されていることが明らかとなり、また哺乳類における器官形成や創傷治癒あるいは癌転移においても重要な役割を担うことが示唆されていたが、STATsによる細胞運動制御の分子機構はこれまで全く未知であった。一方でZinc-finger転写因子Snailは、E-cadherinなどの細胞間接着分子の発現を抑制することにより、個体発生における原腸陥入や組織および器官の発生過程、正常組織や細胞が失われた際の修復過程、上皮由来の癌細胞(85%以上の癌は上皮細胞から発生する)が転移能を獲得し全身に播種する際に認められる上皮-間葉転換:Epithelial-mesenchymal transition (EMT、通常密に結合・配列している上皮細胞がその細胞間結合を解除し遊走能を持った間葉細胞に変換する現象)を制御することが明らかとされていた。しかしながら、Zinc-finger転写因子Snail自身の活性制御についてはほとんど分かっていなかった。今回我々は、オーガナイザー細胞のEMTを制御するSTAT3の標的遺伝子LIV1を同定し、ZnトランスポーターLIV1によるZinc-finger転写因子Snailの活性制御の分子機構を明らかとした。

2.研究手法と成果

 我々はSTAT3による細胞運動制御の分子メカニズムを明らかにするために、STAT3ノックダウンゼブラフィッシュ原腸胚と正常ゼブラフィッシュ原腸胚を用いてサブトラクション法(発現遺伝子の差し引き)をおこない、オーガナイザー細胞におけるSTAT3の標的遺伝子の同定を試みた。驚いたことに我々が単離したゼブラフィッシュ初期胚におけるSTAT3の標的遺伝子は、これまで臨床統計学的に乳癌の転移との相関が認められていた機能未知の遺伝子LIV1であった。そこで我々はヒト癌細胞におけるLIV1遺伝子の発現制御におけるSTAT3の役割を明らかにするために、siRNA法によりSTAT3機能欠失実験をおこない、ヒト癌細胞でもゼブラフィッシュオーガナイザー細胞と同様に、STAT3がLIV1の発現を制御していることを明らかとした。次に我々はSTAT3の標的遺伝子LIV1の機能解析をするために、LIV1ノックダウンゼブラフィッシュ胚を作製し解析した。その結果LIV1はオーガナイザー細胞の上皮-間葉転換:Epithelial-mesenchymal transition (EMT)を制御することが明らかとなった。オーガナイザー細胞や癌細胞のEMTはZinc-finger転写因子Snailにより制御されていることが明らかにされていたが、我々が同定したEMT制御遺伝子LIV1はZnトランスポーター蛋白コードしていた。そこで我々はZnトランスポーターLIV1とZinc-finger転写因子Snailの関係を明らかとするために、Green Fluorescent Protein (GFP)を用いた融合蛋白を作製し、Snailの細胞内での挙動とそれに及ぼすLIV1の影響を解析した。その結果、ZnトランスポーターLIV1はEMTのmaster regulator であるZinc-finger転写因子Snailの核移行をZinc依存的に制御しその活性を調節することにより、オーガナイザー細胞にEMTを誘導し運動能を亢進させることが明らかとなった。EMTは原腸陥入のみならず、器官形成、創傷治癒、癌転移などの際にも認められる。これまでにヒトLIV1遺伝子は臨床統計学的に癌の浸潤との関連は示されていたがその機能は未知であった。今回の我の研究成果によりゼブラフィッシュ原腸陥入のみならず、癌細胞の転移能獲得機構の研究に大きく貢献すると考えられる。

 

3.今後の展開

 これらの成果は、原腸陥入、器官形成、創傷治癒、癌転移における細胞の運動能獲得との関連が指摘されていた二つの遺伝子STAT3とSnailとの関係をLIV1の同定とその機能解析により解明し、生命維持に重要な役割を果たしている亜鉛要求性蛋白の活性制御と亜鉛輸送蛋白との関連を明らかとした世界で初となる研究成果である。今後細胞内亜鉛輸送機構を詳細に解析することによって、人間の体の形作りのメカニズムに迫るとともに、癌転移の遺伝子治療法の確立につながるものと期待される。また亜鉛欠乏は成長障害、免疫不全、神経系の異常などをきたすことから、亜鉛の体内でのホメオスターシス維持の機構は重要な役割を担っているがその詳細は不明です。さらに亜鉛要求性の転写因子、炎症性蛋白分解酵素、シグナル伝達分子が多数存在することから、今回の研究成果は、発生学や再生医学のみならず、がん研究、免疫学、炎症学、血液学など、学問の領域を超えて大きな影響をもたらすと考えられる。


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