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多田羅浩三先生を偲ぶ会

2025年1月7日、当教室の教授を昭和62年から平成16年まで務められた多田羅浩三先生が83歳でご逝去されました。教室の同窓生、関係者が集い、2025年11月3日に大阪大学中之島センターに於いて「多田羅浩三先生を偲ぶ会」を開催いたしました。多田羅先生のご家族様、そして、当時教授会でご一緒されていた名誉教授の先生方、また、大学院生、教員、自治体で一緒に活動された先生方、関係者にもご臨席いただき、多田羅先生の功績と思い出を偲ぶ機会となりました。

多田羅浩三先生の写真

~故多田羅浩三先生に寄せて~

 多田羅浩三先生(大阪大学名誉教授)は、令和7年1月5日、83歳でご逝去されました。

 先生は昭和16年1月23日、香川県にお生まれになり、昭和41年3月に大阪大学医学部をご卒業後、同大学公衆衛生学教室に入られました。昭和62年10月には大阪大学教授に就任され、平成16年3月に定年退職、同年4月に大阪大学名誉教授の称号を授与されました。その後、放送大学教授(平成16年4月~平成23年3月)、財団法人日本公衆衛生協会会長(平成23年5月~令和元年6月)などを歴任されました。

 先生が公衆衛生の道に進まれた時期は、まさに日本で自治体が主体となり、住民の健康・医療・介護サービスの体制を整備していく時代と重なっていました。そのため、先生は在職中、大阪府および府下の市町村など自治体における保健・医療・介護関連の多くの委員会で委員・委員長を務められ、その推進に尽力されました。その後も厚生省の各種委員や日本公衆衛生学会理事長として、全国の地域保健体制や介護保険制度の発展に大きく貢献されました。

 先生は当初、関悌四郎教授のもとでイギリスの保健医療制度を研究され、書斎派の研究者と称されたこともありました。しかし、象牙の塔にこもって研究する方ではなく、教授就任以降は常に社会の現場に目を向け、公衆衛生を実践することに力を注がれた、極めて希有な研究者でした。また、先生は何事にも先頭に立って取り組まれる性格であり、公衆衛生体制が大きな転換期を迎えるたびに、研究者という立場を超えて自治体の現場を指導し、ともに奮闘されました。
先生のご逝去は、同窓会員のみならず、公衆衛生に携わるすべての者にとって大きな悲しみです。しかし、先生が築かれた研究と実績を次代に引き継いでいくことこそが、先生のご遺志に応える道であると私たちは考えます。

 先生は、学生運動家、イギリス医学史および保健医療制度の研究者、さらに国民健康保険制度や地域保健、「健康日本21」政策、介護保険制度など、多様な領域において活躍されました。そのため、直接ご指導を賜った門下生のみならず、先生とともに公衆衛生の発展に携わられた方々にご寄稿・お写真をいただき、先生の多面的なご業績とお人柄を共有すべく、本寄稿集としてまとめることといたしました。
多田羅先生を偲ぶ会および本寄稿集の発行は、大阪大学医学部公衆衛生学教室同窓会の世話人会内に設けた準備委員会が中心となって進めてまいりました。本寄稿集が、先生の在りし日のお姿を偲び、その歩みを振り返る一助となるとともに、次代の公衆衛生に携わる方々が先生のご遺志を引き継ぐきっかけとなれば幸いです。

 本寄稿集の刊行が、生前賜りましたご指導とご鞭撻への感謝の思いを、わずかでもお返しするものとなることを心より願っております。

令和7年11月3日
多田羅先生を偲ぶ会 準備委員会

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