●平成21年度研究助成課題成果報告 |
「小児呼吸器感染症におけるRSウイルスおよびヒトメタニューモウイルスの流行状況
―堺市 2009年度―」
田中智之先生(堺市衛生研究所) |
2009年度、堺市感染症発生動向調査事業に基づいた呼吸器感染症由来検体から、RSウイルスおよびヒトメタニューモウイルスの遺伝子検出・解析を行い、両ウイルスが小児呼吸器感染症の中に占める頻度、発生状況を考察した(新型および季節性インフルエンザを除く)。 |
「RSウイルス感染症に対するステロイドホルモンおよび抗RSウイルス高力価ガンマグロブリン治療効果の検討」
山本威久先生(箕面市立病院) |
乳幼児におけるRSウイルス感染症は重篤化しやすいことが知られている。今回、RSウイルス感染症に対するステロイドホルモンおよび抗RSウイルス高力価ガンマグロブリン治療効果についての多変量解析を行った。さらに、重篤化のリスク因子と考えられる尿中b2MG値と血中RSウイルス中和抗体価を指標として、典型症例の臨床経過を比較検討した。 |
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●特別講演 |
「新型インフルエンザから学ぶこと」
森島恒雄先生 (岡山大学大学院 小児科教授) |
2010年に入り、新型インフルエンザの流行は規模を縮小させている。2009年、小児医療の現場に大きな影響を及ぼしたAH1N1pdmについて振り返ってみたい。2010年1月の時点で、小児の入院例は約13,000人であり、その約20%が慢性
呼吸器疾患を中心とした基礎疾患を有していた。入院例の50−70%はインフル エンザによる肺炎と推定される。その中で、肺炎の臨床像を示し、酸素投与を必要とし、かつ1週間以上入院をした「重症肺炎」400例(中央値8歳)が日本小
児科学会新型インフルエンザ対策室に届けられた。その約40%に気管支喘息などアレルギー疾患の既往が認められている。多くは発熱後12時間以内に呼吸困
難を訴え、SpO2 94未満を示した。AH1N1pdmは、動物およびヒトにおいて、下気道とくに肺胞で増殖しやすく、ヒトの剖検例で
はとくに2型細胞での増殖・破 壊が認められる。これがサーファクタントの分泌不全につながり、無気肺など を発症しやすくなる可能性は否定できない。また、plastic
bronchitisがしばしば報告されており、好酸球を中心とした炎症細胞の浸潤も認められる。こ れらの対策として、初期診療におけるSpO2の測定、入院例での1.酸素投
与、2.抗インフルエンザ薬、3.中等量のステロイドの静注、4.気管支拡張剤、5.去痰処置などが施行され、大きな効果をあげたと考えられる。ARDSに進展した症例は少なく、ECMOに至った例は2例、重症肺炎による死亡は5例であり、米国の312例の死亡(18歳未満、多くは呼吸不全)と比較して、良好な予後であったと思われる。
一方、新型インフルエンザによる脳症は、小児科学会への届け出は1月現在104例にとどまっている。最終的に、200例前後と推定される。これは例年の発症数より、やや多いと考えられるが、重症の肺炎の発症に比べると、軽度の増加にとどまったと考えられる。しかし臨床像では、1.けいれんではなく「異常行動」を示す症例が多い、2.中央値7歳と罹患年齢層が高い、3.約
30%の症例 で肺炎を合併していた、4.アレルギー素因を有する児が多かった(20−25%)など、いくつかの特徴が認められた。予後については致命率7%と季節性と大きな変化は認められていない。治療は、2009年9月改訂された「新型インフルエンザガイドライン」が有効であったとの報告をいただいている。
以上、まだ最終的な結論は得られていないが、本邦での新型インフルエンザの小児における被害は最小限に抑えられたのではないかと思われる。ただ、小児
医療に大きな混乱が起きたことは事実であり、ここから何を学ぶのかは今後真摯に検討していかなければならない。
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「大阪小児総合医療センターにおける急性脳炎・急性脳症の現状」
塩見正司先生(大阪市立総合医療センター 感染症センター部長) |
当院では年間20例前後の小児急性脳炎・急性脳症を紹介いただいている。急性期は集中治療部と救命救急センターで管理し、小児救急科・小児神経科が診断治療に関わっている。予後不良例が少なくない。従来、鑑別が困難であるとして、脳炎・脳症と一括されることもあったが、MRIなどの画像診断の進歩、リアルタイムPCR(rPCR)によるウイルス検査の進歩、ペーパーレス脳波計による長時間記録(LT_EEG)などにより、病態の鑑別が可能となった。将来、治療成績向上に結び付くことを期待したい。当院における近年の経験から小児急性脳炎脳症の現状を報告する。
一次性ウイルス性脳炎として、単純ヘルペス脳炎が3例あり、rPCRによる血漿と髄液の大量のHSV-DNAが診断に有用であり、MRIではDWIが早期に明瞭な変化を呈した。LT-EEGは周期性発射をDSA(Density
Modulated Spectral Array)表示機能により、長時間脳波の異常の推移を容易に把握できた。また、成人例ではあるが日本脳炎の典型例を報告する。
ウイルスの脳への感染によらない脳炎を2次性脳炎という。ADEMは神経巣症状が多く、今回は報告しない。日本の若年女性に多い脳炎(Acute
Juvenile Female Non-Herpetic encephalitis:AJFNHE)が無呼吸や不随意運動が多いという特徴から単一の疾患であると予想されていたが、2005年にNMDAR(NR1+NR2Bのヘテロマー)に対する抗体の陽性率が高いことがDalmauによって明らかにされた。卵巣奇形腫が60%程度に合併し、傍腫瘍性脳炎といえる。しかし、小細胞肺癌に合併することの多い脳炎は細胞内抗原に対する自己抗体で脳炎を惹起するものではないのに対して、抗NMDAR抗体は神経細胞表面に結合し、受容体を減少させ、脳炎を発症させるという。腫瘍摘出、血漿交換、ステロイドホルモン、ガンマグロブリンなどが有効とされる。当院の小児脳炎の2例で抗NMDAR抗体が検出され、1例は卵巣のう腫があり、手術が予定されている。
難治頻回部分発作重積型急性脳炎(Acute encephalitis with rafractory, repetitive
partial seizure,AERRPS)は粟屋らと同時期から報告してきた脳炎で、2-3分続く部分けいれんが5-10分ごとに反復し、バルビタール昏睡療法で深いsuppression-burstにしないとけいれんが抑制されないという特徴がある。難治のてんかんと知能障害を残す。原因は不明であるが、インフルエンザの感染後の例が複数あり、感染後脳炎であろう。海外からも近年同様の脳炎の報告が増えている。LT-EEGでけいれんの発生状況が正確に容易にわかる。
急性脳症はインフルエンザに合併する例で研究されたが、HHV6、ロタウイルス、ノロウイルス、ヒトメタニューモウイルスなどでも発症し、ウイルス特異性が少ないと考えている。病型は複数あり、急性壊死性脳症、hemorrhagic
shock and encephalopathy、けいれん重積型急性脳症などに分類が可能である。ロタウイルスでは小脳病変が多いことが指摘されている。また、予後良好な軽症の急性脳症(熱せん妄様も含め)でDWIで脳梁膨大部病変を有する例は高梨らはMERS(clinically
mild encephalitis/encephalopathy with a reversible splenial lesion)として報告している。
1990年後半から2000年前半にかけて多く経験したインフルエンザ脳症は近年は減少していた。しかし2009年新型インフルエンザ流行(AH1N1pdm)では当院では急性壊死性脳症の死亡例とけいれん重積型急性脳症の後遺症例を各1例、MERSを2例経験した。
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