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第11回セミナー報告

大阪小児先進医療研究会の第10回セミナーが平成16年7月16日(金)に銀杏会館大会議室で行われました。

セミナーの模様(講演者:田賀哲也先生)

 

 演 題

 

中枢神経系の発生と再生を担う細胞系譜制御シグナル群の相互作用
【講師】
田賀 哲也 先生
熊本大学 発生医学研究センター 転写制御分野 教授

 

 セミナー要旨

 
 神経幹細胞からニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化を規定する因子として細胞外シグナルと細胞内在性プログラムがある。我々は胎生期マウスの脳から神経上皮細胞を用いこれらの解析を行った。

1:BMP2はニューロンの分化を阻害し、アストロサイトへの分化を促進する。
 神経幹細胞を含むことが知られている神経上皮細胞の培養系にBMP2を添加するとニューロンの発現が減少した。同時にNestin陽性細胞も減少しており、S100 陽性細胞が増加していることから、BMP2はニューロン分化を阻害して神経幹細胞を未分化に保持するものではなく、未熟なアストロサイトへの分化を促進する作用があることが判明した。BMP2単独ではGFAP陽性の成熟アストロサイトを誘導しないがBMP2+LIFとするとこれを誘導した。この現象からBMP2とLIFのそれぞれの下流シグナルであるSTAT3とSmadがともにリン酸化を受けて核内移行してP300と結合することによりアストロサイト特異的遺伝子の転写を活性化しているという結論を得た。また、BMP2のニューロン分化抑制作用は、抑制型HLH分子(Id1, Id3, Hes5)の発現を介することがわかった。このうちHes5の発現についてはBMP2とNotchの相乗作用の存在も確認された。

2:OLIG2はアストロサイトの分化を阻害し、オリゴデンドロサイトへの分化を促進する。
 OLIG2はオリゴデンドロサイトに特異的な転写因子である。OLIG1, OLIG2二重欠損マウスではオリゴデンドロサイトは発生せず異所性のアストロサイト分化が観察された。培養神経上皮細胞におけるOLIG2の強制発現は、LIFにより誘導されるアストロサイトへの分化を抑制した。また、OLIG2分子がSTAT3とP300の会合を阻害することでLIFのGFAPプロモータ活性を抑制することもわかった。

3:アストロサイトの胎生期における発現時期の制御に関与する細胞内在性プログラム
 哺乳動物では胎生中期ではニューロンの分化が主に行われ、アストロサイトの分化は後期になって発現する。胎生中期でもGFAP陽性のアストロサイトの分化に必須のSTAT3のリン酸化はLIFの刺激により行われているのにGFAP陽性細胞は誘導されない。これはSTAT3の結合に依存しているGFAP promoterの活性化が障害されているためで、解析の結果その実体は、GFAP promoterのSTAT3結合配列中のCpG dinucleotideのシトシンメチル化であることが判明した。このようなメチル化の割合は胎生日齢が進むにつれて減少し、結果としてLIFによるGFAP陽性細胞の誘導が可能になるのである。同様にBMP2によるS100 陽性細胞の誘導も胎生中期では行われない。S100 promoter中の特定のCpGがメチル化を受けていてこれも胎生日齢とともに減少することが確認された。GFAP遺伝子もS100 遺伝子も、そのpromoter中に存在する複数のCpGのうち特定のCpGが胎生の進行に伴うメチル化の制御を受けていることは興味深い。

4:細胞系譜制御シグナル群の相互作用に基づいた神経再生の試み
 BMP2シグナルはニューロンへの分化を抑制する一方でLIFと協調してアストロサイトへの分化を促進させていることは前述した。BMP2シグナルを抑制するNogginやSmad6, 7はBMP存在下でのアストロサイトへの誘導を減少させ、ニューロンへの分化に向かわせることが知られているが、培養神経幹細胞を用いた自発的アストロサイト分化も抑制することが検証された。脊髄損傷後にはBMP群の発現が上昇し、アストロサイト分化誘導性のシグナルが活性化されるが、Noggin遺伝子を導入した神経前駆細胞を脊髄損傷モデルラットに移植すると運動機能スコアの改善が見られた。またES細胞から神経細胞への誘導にOct3/4の持続的発現が寄与することがわかった。今後これらの知見をもとに神経再生への応用を検討していく予定である。