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第12回セミナー報告

大阪小児先進医療研究会の第12回セミナーが平成16年11月9日(火)に銀杏会館大会議室で行われました。

セミナーの模様(講演者:岡田雅人先生)

 

 演 題

 

Src チロシンキナーゼの機能と制御
【講師】
岡田 雅人 先生
大阪大学 微生物病研究所 癌・発生研究部門 発癌制御研究分野 教授

 

 セミナー要旨

 

 c-Srcはニワトリのラウス肉腫ウイルスに由来する がん遺伝子v-Srcの正常細胞型として同定されたチロシンキナーゼである。がんの浸潤転移能とSrcとの関連が注目されているが、正常な個体の発生、細胞の分化・増殖に関わる重要なシグナル伝達分子としても機能している。
 今回のセミナーではSrc Family Kinase (SFKs)とその制御因子であるC-terminal Src Kinase (Csk)について3つのセクションに分けて解説された。

SFKs and Csk
 浸潤転移能の高い悪性の「がん」ほどc-Srcがより活性化していることがわかっており、実際にc-Srcを上皮系細胞で特異的に発現するtransgenic mouseを用いた検討などから、がん細胞の浸潤転移能の獲得とSrcの活性化との関連性が注目されている。またc-Srcは正常な細胞でもユビキタスに発現しているが、特に神経細胞、血小板、破骨細胞などの終末分化した細胞で発現しており、c-Srcの正常細胞における機能が、がん細胞の特性である「増殖」とは直接関係しないことが示唆される。Srcの基質としてCortactinなどの細胞骨格や細胞接着斑に関連する蛋白質が同定され、Srcは細胞接着において重要な役割を担っていると推測される。c-Src遺伝子のノックアウトマウスの破骨細胞は、骨吸収に必須の刷子縁構造の形成や細胞の運動性に障害があり、大理石骨病を呈する。
 高等生物で同定されている9つのSrc family kinase (SFKs)は、いずれも C端のregulatory domainにあるチロシン残基(Y527) がCsk (C-terminal Src Kinase)によってリン酸化されると不活性型となる。一方、Y527の脱リン酸化は、ある種のtyrosine phosphatase(PTPと総称)が触媒するとされている。正常な細胞内ではCskとPTPの活性のバランスによってc-Srcが不活性型と活性化型の平衡状態にあり、CskはSrcシグナルのOn/Offを調節する分子として働くと考えられている。

Src/Csk in epidermis(Csk KO study)
 がん化した細胞は上皮-間葉変換(Epithelial-Mesenchymal Transition ; EMT)を起こして細胞接着能を喪失し浸潤転移能を獲得する。上皮組織におけるSFKの役割を検討するために、keratin-5 (K5) のpromoterを使い表皮基底層のkeratinocyteで特異的にCskをノックアウトしたマウスを作出した。眼周囲の異常、薄毛、皮膚の炎症、食道と胃上体の非角化扁平上皮の過形成、表皮の過形成などが観察された。組織学的には表皮基底層細胞の増殖亢進が認められ、基底層の細胞が他の層に浸潤している像が観察された。さらに、keratinocyteの初代培養を用いた検討では、細胞が高密度になっても増殖が阻害されなかった。また、E-cadherinに対する免疫染色等により、細胞骨格の構築異常、接着斑の形成障害があることがわかった。また、Cskを欠失した細胞ではリン酸化されたCortactinが凝集して塊をなし、actinの集積が異常となり正常な細胞骨格が構築されなくなるため、podosome-like structureの形成が障害され、細胞は進展・運動能を失うことが示された。がん化した細胞においては、SFKの過剰な活性化により進展・運動能を失うため、細胞外基質に対するfocal adhesion が安定化し、細胞から分泌されたMatrix Metalloprotease (MMP)によって細胞外基質が分解され、細胞が浸潤・転移しやすくなる事が推測された。さらにconstitutively active なCskをHT29 cell(大腸がん細胞株)で発現させると、がん細胞は上皮系細胞の形態を示し、dominant negative formのCskを発現させると、間葉系細胞の形態に変化した。また、SFKに対する特異的inhibitorによりactinの細胞骨格の異常が正常化することが確認された。以上の結果はCskが細胞の運動性を調節する分子として極めて重要であることを示し、Cskが、がん治療における分子標的となる可能性を示唆する。

Src/Csk in neural crest linage
 発生過程の細胞移動におけるSFKの役割を調べるために、Schwann cellなどのneural
crest由来細胞において発現するP0-promoter を使ってCskのconditional KOを作出したところ、顔面骨に異常が見られ、Short noseを呈し眼の周囲の骨の厚さは増大(ALP陽性細胞の増加を伴う)していた。また、角膜の形成に重篤な異常が見られ、内皮の構築不全、実質層および外皮の発達異常、虹彩の癒着などの所見が認められた。角膜内皮細胞はneural crestから形成されるが、その細胞の移動や細胞間の相互作用にSrc/Cskは関与していると考えられる。さらに現在、Schwann cellを含む末梢神経系での役割の解析を進めている。