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第23回セミナー報告

大阪小児先進医療研究会の第23回セミナーが平成19年8月27日(火)に銀杏会館大会議室で行われました。

セミナーの模様(講演者:関口 清俊 先生)

 

 演 題

 

細胞外マトリックスのカスタマイゼーション:細胞の機能を制御する細胞外環境の実体解明を目指して
【講師】
大阪大学蛋白質研究所教授
関口 清俊

 

 セミナー要旨

 

 演者は細胞外マトリックスのカスタマイゼーションとマトリオームという新しい概念を提唱している。細胞外マトリックスとは、細胞の外側で形成される繊維状、網目状の構造体の総称であり、その主な構成成分としてはコラーゲン、フィブロネクチン、ラミニンなどの細胞接着蛋白質やヘパラン硫酸やコンドロイチン硫酸をもつプロテオグリカンが挙げられる。細胞外マトリックスは、以前は細胞内におけるイベントに関わらない静的な足場を提供すると考えられていたが、細胞外マトリックスに対する受容体としてインテグリンが同定され、細胞外マトリックスからインテグリンを介して細胞内へ伝達される様々なシグナルが遺伝子の発現制御、細胞の増殖・分化を制御していることが明らかになってきた。例えば、多細胞生物を構成する細胞は細胞外マトリックスへの接着を失うことによりアポトーシスを引き起こす。細胞外マトリックスは細胞の生存や増殖・分化を制御する細胞外環境因子であると同時に、細胞の生存・増殖・分化に必要な増殖因子やサイトカインなどの液性因子を細胞周囲に集積し、その濃度を制御する役割も果たしている。
 近年のゲノムプロジェクトにより、細胞外マトリックス遺伝子はヒトゲノムに含まれる全遺伝子のおよそ1.5%を占め、細胞外マトリックスを構成する蛋白質は300種以上存在することが示唆されている。細胞はこれらの多様なマトリックス分子群から時間的、空間的に必要な細胞外マトリックス分子群のみを選択して独自の環境を作り出す。すなわち、細胞外マトリックスのカスタマイゼーションである。この分子組成が細胞に様々な情報を提示し、細胞の機能を制御する基盤となっている。細胞外マトリックスの分子構成が細胞機能の制御に重要な役割を果たしていることに鑑み、演者は細胞外マトリックス構成分子の全体集合をマトリオームと呼ぶことを提唱している。マトリオームの解明はこれからのバイオロジーに極めて重要な情報を提供すると考えられる。
 細胞外マトリックスは解剖学的には間質と基底膜に大別される。間質は、結合組織の大部分を占めており、細胞外マトリックスの研究は従来、間質を中心に行われてきた。基底膜は、上皮と結合組織の間に存在する厚さ100 nmほどのシート状の細胞外マトリックスであり、上皮組織には必ず基底膜が存在するが、筋細胞や血管内皮細胞のような非上皮系の細胞周囲にも基底膜は存在する。進化の過程で多細胞生物において最初に出現した細胞外マトリックスが基底膜であり、器官発生においても重要であると考えられることから演者は、上皮細胞に対する直近の細胞外マトリックスである基底膜に着目した。基底膜の主要成分はラミニン、IV型コラーゲン、パールカン、ニドゲンである。このうち、ラミニンはα、β、γ鎖の3つのサブユニットからなるヘテロ三量体分子であり、これまでに、α、β、γの異なる組み合わせによって12種類以上ものアイソフォームが同定されている。インテグリンの結合部位は、α鎖のGドメインに存在すると考えられてきたが、演者らはγ鎖のC端から3番目めのグルタミン酸残基がインテグリンの結合に必要であることを見出した。さらに、演者らは細胞特異的なラミニンアイソフォームの分布について解析し、心臓におけるラミニンα鎖については、α2、α4、α5の3つのα鎖が、心筋細胞、毛細血管の内皮細胞、血管内皮細胞の基底膜にそれぞれ存在することを示した。これは細胞外マトリックスのカスタマイゼーションの一例である。
 また、演者らはマウス毛包の発生過程で発現レベルが変化する新規基底膜分子を探索し、QBRICKおよびMAEGという2つの分子を同定した。Whole mount in situ hybridizationを行ったところ、QBRICKは将来、毛乳頭になる先端部基底膜に特に発現し、一方、MAEGは毛包周囲の間充織に発現していた。さらに、ラミニンα鎖も部位特異的な局在を示した。QBRICKおよびMAEGには、インテグリンと結合するRGD配列が存在する。MAEGは、同様にインテグリンのリガンドとして同定された腎臓形成に関与するネフロネクチンと呼ばれる基底膜分子と相同性がある。QBRICKはFraser症候群の責任遺伝子であるFras1、Frem2に似た構造を有し、QBRICKノックアウトマウスは毛包の発生には異常がみられなかったが、異栄養型表皮水痘症、潜在眼球症、合指、腎形成不全などFraser症候群に類似した表現型を示した。免疫染色による解析を行ったところ、QBRICKノックアウトマウスにおいては、Fras1およびFrem2のシグナルも消失していたことからQBRICK、Fras1、Frem2は複合体を形成し、協調的に機能している可能性が考えられた。Fras1およびFrem2は上皮細胞で産生され、QBRICKは結合組織において産生される。このことから、これらの分子は本来、基底膜に安定に局在するが、いずれかが欠損すると他の分子の局在も不安定となり、複合体形成ができなくなると考えられた。実際、これらの分子が共局在することを免疫電顕により確認した。
 また、現在、演者らは基底膜ボディマップ・データベースの構築を行っており、基底膜分子のほとんどを網羅する抗体群を用いて行ったマウス胎仔組織免疫染色画像をデジタルスライド化したデータベースを近々にwebにて公開する予定である。細胞外マトリックスのカスタマイゼーションは、ES細胞を用いた組織再生においても増殖・分化の制御に不可欠であると考えられる。