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第24回セミナー報告

大阪小児先進医療研究会の第24回セミナーが、平成20年1月15日(火)に大阪大学 吹田キャンパス 医学部講義棟 3階 E講堂で行われました。

セミナーの模様(講演者:古川 貴久 先生)

 

 演 題

 

網膜視細胞発生の分子コントロール ー細胞運命からシナプス形成へ−
【講師】
財)大阪バイオサイエンス研究所  発生生物学部門
古川 貴久 先生

 

 セミナー要旨

 

私は大学院生の頃より「中枢神経系において遺伝情報がいかにプログラムされ、細胞や個体で機能を発揮するのか」について興味があり,中枢神経系の良いモデルとして知られる網膜に焦点をあてて研究をしてきた.
中枢神経系においては発生における細胞系譜が明確に決まっているわけではなく,発生最終段階の神経前駆細胞でも多分化能で様々な娘細胞に分化しうる.その細胞運命を決める因子は外的因子と内的因子とが考えられるが,神経前駆細胞を単一細胞状態にして培養しても生体内の発生と同様の経過を辿ることからどちらかといえば内的因子の方が重要であることがわかってきた.
1) CrxとOtx2
網膜視細胞の発生分化に関与している因子に、我々が同定したCrxがある.Crxは網膜視細胞と松果体に発現する転写因子であり,光受容に重要でCrxノックアウトマウスにおけるERG(網膜電位図)では桿体電位及び錐体電位ともに消失している.またヒト網膜色素変性症の原因遺伝子でもある.
そしてCrxを転写調節している上流因子としてOtx2が挙げられる.Otx2の完全ノックアウトは致死となるので、網膜視細胞と松果体特異的なOtx2コンディショナルノックアウトマウスを作成したところ,網膜ではロドプシンならびにコーンオプシン陽性細胞が欠損しアマクリン細胞が全体的に散在していた。更にLacZによる視細胞前駆細胞の標識によって、本来視細胞となるべき細胞がアマクリン細胞に運命転換していることが明らかとなった.またCrxのプロモーター領域にOtx2の結合部位が複数ありその結合部位を介してCrxが転写活性化されていて,コンディショナルノックアウト網膜ではCrxの発現も早い時期から消失している.逆にOtx2の過剰発現では,視細胞が増える一方で他の細胞が減り,娘細胞全体の数は殆ど変化しないことから、Otx2は視細胞への運命転換を誘導できることが示された.
2)Pikachurin
コンディショナルノックアウトマウスを用いてOtx2のマイクロアレイ解析をしたところ視細胞の発生や維持に関係する様々な遺伝子が同定できたが,今回はそのなかで神経回路網形成に関わる新規細胞外マトリックス蛋白質をコードする遺伝子Pikachurinについて述べる.PikachurinノックアウトマウスではERGにおいてb波が遅延しておりシナプス伝達が有意に遅延していることがわかった.Pikachurinは視細胞リボンシナプス間隙に局在しており,電顕像においてPikachurinノックアウトではリボンシナプスにおける双極細胞の終末を認めなかった.Pikachurinノックアウトマウスでの視運動性眼球運動(OKR)を測定したところ、Pikachurinノックアウトマウスはやや早いスクリーンの動きについていけず周辺視力が低下している可能性ならびに動体視力が低下している可能性が示唆された一方で,視覚誘導電位(VEP)では明らかな異常を認めなかったことから脳レベルの異常ではなく眼レベルでの異常であることが示唆された.
以上のことから、pikachurinは生体レベルで精密な特異的シナプス結合の形成に必須であることが明らかとなった。

このように、網膜をモデルとして細胞運命からシナプス形成や生理機能までの過程に関して分子レベルでの解析を一歩一歩積み重ねていくことで、「中枢神経系において遺伝情報がいかにプログラムされ、細胞や個体で機能を発揮するのか」を理解していけると考えている。