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第57回セミナー報告

大阪小児先進医療研究会の第57回セミナーが、Web開催により行われました。

梅澤先生
講演者:村上正晃 先生

 

 演題

 

ゲートウェイ反射と炎症反射の神経モジュレーション法の医療応用の可能性

【講師】
村上 正晃 先生
北海道大学遺伝子病制御研究所、量子技術研究開発機構量子生命科学研究所 教授


 

  セミナー要旨

 

 慢性的なストレスによって、自己免疫性疾患などの様々な病気が増悪することは経験的には知られていたが、その分子的なメカニズムは明らかではなかった。中枢神経系の血管は血液脳関門により血管系から中枢神経系への免疫細胞の侵入を防いでいるが、演者らによって血液脳関門に免疫細胞が侵入する「ゲートウェイ」が形成される部位とその機構、およびNF-κB 経路と STAT 経路の同時活性化により炎症を誘導・維持する機構である「IL-6アンプ」の存在が明らかとなった。

 炎症性サイトカインであるIL-6は細胞表面上のIL-6受容体複合体に結合すると、細胞内に STAT3 依存性の正のシグナルと SOCS3 依存性の負のシグナルを伝達する。SOCS3を欠失させたF759マウスでは、IL-6シグナルのネガティブフィードバック機構が破綻し、慢性的なSTAT3活性化が引き起こされる。F759マウスの病態解析をすすめた結果、免疫細胞ではなく線維芽細胞や血管内皮細胞などの非免疫細胞において、NF-κB経路とSTAT3経路の同時活性化によりサイトカイン、ケモカイン、増殖因子の発現が上昇し、炎症病態が相乗的に引き起こされる「IL-6アンプ」のメカニズムが明らかとなった。

 本来、免疫細胞は血液脳関門を超えて中枢神経系に侵入しないが、重力、疼痛、光、電気刺激、ストレスといった環境刺激に晒されることにより、特異的神経回路がノルアドレナリン依存性に特異的な血管部位の内皮細胞のIL-6アンプを活性化させる。その結果、ケモカイン依存性に、加齢、感染、ストレスなどにより自然に増加する血中の自己反応性CD4+T細胞が組織へと侵入する入口となる「ゲートウェイ」が形成され、炎症病態が引き起こされることが多発性硬化症マウスモデルで明らかとなった。また、片側の足関節にIL-6とIL-17を投与し炎症を誘導すると、IL-6アンプが活性化しATPが産生され、脊髄後根神経節、下部胸髄を通じて対側の足関節でATPが産生されることにより、非免疫細胞のIL-6アンプが活性化され炎症病態が誘導されやすくなることが示唆されている。これにより関節リウマチなどの対称性の炎症病態のメカニズムを説明できる可能性がある。

 上記のように組織特異的な炎症病態が惹起される機序が明らかとなりつつあり、現在体内の「微小炎症」を早期に発見し、神経モジュレーション技術により早期に病気の芽を摘むことを目標としたプロジェクトが始動している。具体的には、ダイヤモンドナノセンサー、ナノポアといった量子技術により自己反応性T細胞を検出することで病気を発症する前の早期の段階で「微小炎症」を発見し、超音波や磁場を用いた非侵襲の神経刺激や、迷走神経刺激術(VNS)などの神経モジュレーション技術により微小炎症を除去し、健康長寿社会を達成することを目標としている。VNSは活性化T細胞を減少させることが示されており、海外では様々な疾患に対して有効であることが示唆されているが、現在日本で適応となる疾患はてんかんのみであり、今後日本でもVNSを定着させていくこともプロジェクトに組み込まれている。

(文責:向井昌史)