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第59回セミナー報告

大阪小児先進医療研究会の第59回セミナーが、Web開催により行われました。

磯島 豪先生
講演者:磯島 豪 先生

 

 演題

 

皮質骨成熟のメカニズムの研究

【講師】
磯島 豪 先生
帝京大学医学部小児科学講座 講師


 

  セミナー要旨

 

 演者の磯島豪先生は、オーストラリアにあるセントビンセント医学研究所のSims研究室にご留学し、留学中の研究成果である皮質骨成熟のメカニズムについてと、実験の結果が予想に反したことから、新たな研究につながるという研究の奥深さの話と、研究者目線を持って臨床を行うことで新たな仮説や研究テーマが見つかる可能性についての講演であった。

皮質骨成熟のメカニズム要約

 これまで骨幹端における皮質骨の成熟では縦方向と放射方向の伸びが同時におこるので技術的に研究が難しく、皮質骨の成熟の分子生物学的機序はほとんどわかっていなかった。磯島先生の留学先ではこれまでに、IL-6ファミリーの共受容体であるgp130を介したシグナルの骨成長やリモデリングにおける役割を明らかにしてきていた。
 研究室の過去の研究において、Dmp1creを用いた骨細胞特異的gp130ノックアウトマウスは、骨量が減少し骨強度が低下する一方で骨幅が増加していた。その機序が、骨形成の減少によるものであり、骨吸収には影響しなかったことから、骨細胞におけるgp130を介したシグナルは生理的には骨形成促進に働いていると考えられた。そこで、骨細胞においてgp130シグナルを増強すれば、骨強度が増強すると考えた。また、骨形成作用のみを誘導するマウスのオンコスタチンM(mOSM)-Leukimia Inhibitory Factor受容体(LIFR)-gp130の受容体複合体によるシグナル伝達によって最も影響を受けるのはSOCS3であることが示されていた。SOCS3はJAK/STATシグナル伝達経路により産生されるが、産生されたSOCS3はnegative feedbackによりJAK/STATシグナル伝達経路を抑制する負の制御因子である。gp130シグナルを増強するために、Dmp1creを用いた骨細胞特異的SOCS3ノックアウトを作成した。すると、予想通り6週までは骨形成が亢進したが、その後も注意深く観察していくと12週の成獣マウスでは、皮質骨の形成が遅延していたが、26週においては骨の皮質化が完成していた。つまりDmp1cre:Socs3f/fマウスは、骨成長停止以降に皮質化が生じるため、体長の成長と独立して皮質骨形成を研究できるマウスであることが分かった。最初にマイクロCTを用いて、形態的な変化を追った。Wildマウスでは皮質骨の形態が完成した後でも低骨密度から高骨密度の骨へと置換されていた。一方で、Dmp1cre:Socs3f/fマウスでは本来皮質骨の形態が完成している12週ごろでも、皮質骨になる部分の骨は海綿骨で満たされ、多孔性に富んでおり、また主に低密度骨で形成されていた。12ー16週に海綿骨が消失し、多孔性の消失し、低骨密度から高骨密度の骨への置換が見られることで、骨の皮質化が生じていることが可視化できた。これらの結果から、皮質骨の成熟にはリモデリングが重要であることが分かった。
 さらに、Dmp1cre:Socs3f/fマウスの皮質化の遅延が起こる機序として、JAK/STATシグナル伝達を誘導するどの受容体が重要であるかを検討した。IL6st(Gp130)-floxマウス、レプチン受容体(Lepr)-floxマウス、G-CSF受容体(Csf3r)-nullマウスとDmp1cre:Socs3f/fとマウス交配することにより、皮質化遅延が救済されるかを観察したところ、IL6st(Gp130)-floxマウスのみが野生型に近い皮質骨に救済されたことから、骨の皮質化にはSOCS3によってgp130-STATシグナルが抑制されることが重要であることが判明した。また、Dmp1cre:Socs3f/f:IL6stf/fマウスの骨幹端皮質骨では、Dmp1cre:Socs3f/fマウスと比較して、骨吸収が減少していたが、骨形成には影響が無かった。すなわち、皮質骨が成熟するためには、SOCS3によって、gp130-STAT3シグナルが抑制されることにより、骨吸収とリモデリングを抑えることが必要であることが判明した。SOCS3による抑制シグナルは、皮質骨成熟のスイッチと言える。
 一方で、G-CSFRは骨細胞には発現しておらず、G-CSFRとG-CSFノックアウトマウスには明らかな骨表現型はないことから、Dmp1cre:Socs3f/f マウスのG-CSFRをノックアウトしても何も起こらないと考えられたが、予想に反して皮質骨の形成がさらに遅れ、皮質骨構造が破綻していた。Negative controlとして考えていたマウスであったが、予想外の結果がでることにより、新しい研究につながった。Dmp1cre:Socs3f/f:Csf3r-/- マウスは、マイクロCTにおいて26週においても骨幹端の骨は主に低密度骨で形成されており、銀染色では多孔性のwoven boneや内部にもlamellar boneを認めるなど特異的な皮質骨の構造を呈していた。さらに、皮質骨において、骨吸収、骨形成、血管形成が著明に増加していた。驚いたことに、G-CSFRは骨細胞に発現していないにも関わらず、免疫染色においてDmp1cre:Socs3f/f:Csf3r-/- マウスの皮質骨におけるSTAT3リン酸化は、すでにSTAT3リン酸化が亢進しているDmp1cre:Socs3f/fマウスよりも、さらに亢進していた。すなわち、Dmp1cre:Socs3f/fマウスのG-CSFRをノックアウトすると間接的に骨細胞におけるSTATシグナルが増強することが分かった。その機序の解明のために、骨細胞と相互作用のあるG-CSFR発現細胞として好中球に着目した。Dmp1cre:Socs3f/fマウスに抗Ly6G抗体投与によって成熟した好中球を除去すると、G-CSFRノックアウトした時と同様の破骨細胞分化の亢進が起こるという仮説を立てて実験を行った。残念ながら、仮説通りの結果は得られなかったものの、予想外の興味深い結果が得られた。
 演者は、予想外のことから始まった研究を通して、研究は簡単ではなく、奥が深いと感じさせられるとともに、予想外の結果の中にとても面白い真実が隠れているのだと感じた。

基礎研究から生まれた目線

 演者は、ご留学中の研究で培った視点を、日常の外来にも活かして診療を行い、あらたな研究の種を日々探求されており、本講演の主な聴講者である若手臨床家・研究者に対しても研究者目線を持つことの重要性を話した。

 

(文責:齋藤広幸)