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第62回セミナー報告

大阪小児先進医療研究会の第62回セミナーが、医学部講義棟3階D講堂で行われました。

池川 志郎 先生
講演者:池川 志郎 先生

 

 演題

 

運動器の単一遺伝子病(Monogenic disease)の原因遺伝子と病態の解明

【講師】
池川 志郎 先生
理化学研究所・客員主幹研究員(元骨関節疾患研究チーム チームリーダー), 香港大学・名誉教授


 

  セミナー要旨

 

「骨系統疾患(運動器の単一遺伝子病)の遺伝子解析」
~骨系統疾患を治癒する時代へ~

池川志郎(理化学研究所)


 遺伝病を調べる上では表現型 (phenotype)と遺伝型(genotype)の関係性が重要である。骨系統疾患の分類は1970年に初版が出され、その後、4年に1度の頻度でInternational Skeletal Dysplasia Society (ISDS)により改訂されて来た。現在、骨系統疾患の数は774疾患、原因遺伝子はうち95%で同定されている。
 骨系統疾患のような希少疾患の原因遺伝子を同定することは、その遺伝子のヒトでの機能を同定することであり、原因遺伝子の機能喪失または機能亢進による表現型への影響の理解につながる。また、希少疾患の原因遺伝子の同定は、ありふれた疾患の治療標的の探索につながる可能性がある(from rare disease to common disease treatment)。実際に骨硬化性疾患 (Osteosclerosis)の原因遺伝子の探索からロモソズマブ(抗スクレロスチン抗体)のように骨粗鬆症への治療に繋がった例がある。
 骨硬化性疾患は前述の骨系統疾患の分類では、目下グループ24と25の2グループに属し、62疾患が含まれる。大半は、破骨細胞の異常で生じる。グループ24は大理石骨病を中心とするグループで、骨硬化以外に骨の外形に異常がない疾患が含まれている。グループ25は骨硬化に加えて骨の外形異常を伴う疾患が含まれている。大理石骨病には、原因遺伝子の異なる亜型があり、常染色体顕性・潜性、X連鎖性がある。その中で、これまで報告のない表現型の大理石骨病の遺伝子解析を行い、SLC4A2のミスセンス変異の複合ヘテロ接合性バリアントを同定した。疾患原因遺伝子の確定のためには、複数の患者/家系の発見、いわゆるN =1問題を解決する必要がある。そのためには複数の同疾患の収集、遺伝子改変動物での証明、in vivoでの機能解析が必要である。SLC4A2においてはknock outマウスにより骨硬化を認めることが既に知られていた。ミスセンス変異による影響の評価はin silico, in vitro, knock in animalなどがある。CRISPRによるゲノム編集が利用可能となっており、knock outやknock out rescueも可能となっている。SLC4A2異常においてもゲノム編集による機能評価を行い、破骨細胞の分化不全やpodosomeの形成不全を証明し、原因遺伝子として報告した。現在では、9番目の常染色体潜性型大理石骨病(Ikegawa型大理石骨病)としてOMIMにも登録されている(OMIM 620366)。
 Dysosteosclerosis (DOS)はグループ24に属しているが、外形の異常を伴う骨硬化性疾患である。DOSの原因遺伝子としてRANKのスプライシング異常を起こすバリアントを同定した。スプライシングバリアントの影響を評価するときは、nonsense mediated mRNA decay (NMD)を考える必要がある。NMDはmRNAの品質管理であり、短いmRNAは生成されなくなっている。しかし、例外として、50ntルールや最終エクソン・ルールがあり、スプライシング異常の影響は実験での確認が必要となる。骨系統疾患においては不死化リンパ球や線維芽細胞でスプライシングへの影響が評価可能である。mRNAには複数のisoformが存在することも重要であり、RANKにも5つのisoformが存在している。今回同定されたバリアントがisoform解析でNMDを逃れるバリアントであることを証明し、別のDOS症例でも同様のRANK異常を同定したことからDOSの原因遺伝子としてRANKを報告した。RANKは既に大理石骨病の原因遺伝子として報告されているが、大理石骨病ではRANKのbi-allelicな機能喪失型バリアントが原因となり、DOSではRANKの異常なタンパクができることが関与していると考えられる。
 さらに、DOSにおいてCSF1Rのbi-allelicなバリアントを同定した。1症例目ではdeep intronのバリアントであり、in silicoでは予測できず、RT-PCRでcryptic exonを生じることを証明した。他のDOS症例でもCSF1Rのバリアントを認め、Csf1rのKOマウスにより骨への影響が示された。また、CSF1Rのdominant negativeバリアントではhereditary diffuse leukoencephalopathy with spheroid (HDLS)という神経疾患の発症が報告されているが、DOSにおいても脳形態異常を認めていた。以上から、CSF1R異常による脳形態異常を伴うDOS (BANDDOS: Brain abnormalities, neurodegeneration, and dysosteosclerosis; OMIM: 618476 )という新たな疾患概念を確立した。
希少疾患の原因遺伝子同定にはまだまだ困難な点が多く、骨系統疾患の原因遺伝子探索の経験から、表現型との関連性を見ること、複数症例による証明が重要である。

(文責:山本 賢一)