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第63回セミナー報告

大阪小児先進医療研究会の第63回セミナーが、令和6年9月20日に銀杏会館 阪急電鉄・三和銀行ホールで行われました。

兼清 貴久 先生
講演者:兼清 貴久 先生

 

 演題

 

Lipid metabolism in age-related cognitive decline and Alzheimer’s disease

【講師】
兼清 貴久 先生
Associate Professor, Department of Neuroscience, Mayo Clinic, Jacksonville, FL. USA


 

  セミナー要旨

 

 アルツハイマー病(AD)は認知症全体の60〜80%を占める神経変性疾患で、主な病理学的特徴はアミロイドβ(Aβ)の沈着とタウタンパク質の異常による神経変性で、症状が進行すると神経細胞の広範な喪失がみられる。ADの進行は、Aβやタウの蓄積以外にも、他の生理的変化、特に脂質代謝の異常が重要な役割を果たしていることが指摘されている。Apolipoprotein E (APOE)はAβの蓄積や凝集に関わる物質の1つであり、1983年にADのリスク因子として初めて報告された。APOEの対立遺伝子にε2、ε3、ε4の3種類が存在し、ε4はADのリスク因子であることが報告されている。
 ADの早期診断と発症予測に有用な脳脊髄液(CSF)バイオマーカーの選定を目的として、Mayo ClinicのBIOBANKにあるCSFサンプルを用い、APOE遺伝子座(ε2、ε3、ε4)と、CSF中の既報のバイオマーカー(Aβ42、SNAP25など)や炎症性タンパク質の関連について解析した。APOE4群ではAβ42が減少し、SNAP25の増加、CSF3(顆粒球コロニー刺激因子)の減少がみられた。また、炎症性タンパク質は高齢化に伴い変化していた。CSF バイオマーカーとClinical dementia rating(CDR) conversionでは、高齢化が最も関連が強く、他の因子では関連がみられなかった。AD バイオマーカーでは、AβとNeurofilament-L(NfL)が早期から変化している群で認知機能低下のリスクが高いことが判明した。また、腸管免疫との関連が報告されているREG4との関連もみられた。関連が判明したCSF バイオマーカーを認知機能低下の診断予測として用いた場合、4因子以上が該当する場合に診断精度の上昇がみられた。
 脂質は膜タンパク質やシグナルメディエーターとして重要であり、ADのリスクマーカーとして注目されている。AD患者の脳内では脂質代謝異常が確認されており、特にtriacylglycerol(TAG)の減少とリン脂質(LPC)の増加が確認された。脂質とCDR conversionでは、TAGの低下やcholesterol Ester(CE)の増加がADのリスク因子であることが判明した。これらの結果より、既存のAD バイオマーカーにLipid バイオマーカーを加えることでADの早期診断精度を向上できる可能性が示唆された。
 ADのリスク因子の遺伝子としてAPPやPSEN1、PSEN2など様々な遺伝子が報告されており、脂質代謝に関わるAPOEやABCA7も関連が報告されている。ABCA7遺伝子はその機能喪失によりADリスクが増加することが報告されており、この2遺伝子に着目して研究を行った。CRISPR-Cas9を用いてAPOE遺伝子をノックアウト(KO)したiPS細胞由来脳オルガノイドなどを用いて様々な解析を行った。APOE KO群では、細胞内への脂質の蓄積がみられ、RNA-seqでmembrane trafficに関連する遺伝子の異常がみられた。Astrocyteは脳内での脂質産生に関わっており、APOE KOのAstrocyteでも脂質の蓄積がみられた。また、APOE3 vs APOE4で細胞内脂質を比較すると、APOE4群で脂質の蓄積がみられた。同様に、APOE4はレビー小体型認知症(DLB)の原因であるαシヌクレインの凝集を促進することも確認され、APOEが脂質代謝を通じてADやDLBに関与していると考えらえた。
 次に、ABCA7遺伝子をノックアウト(KO)したiPS細胞を用いたLipidomics解析で、Cholesterolの低下、phosphatidic acid (PA)の上昇、phosphatidylglycerol (PG)の低下がみられた。ABCA7のHub geneに PGや cardiolipinがあり、いずれもミトコンドリア機能に関連している。ABCA7 KO群ではミトコンドリアサイズの拡大、シナプス形成の低下がみられた。ABCA7 KO群ではPAの小胞体(ER)への蓄積がみられ、ABCA7の欠損によりERからミトコンドリアへの脂質輸送の異常をきたし、その結果としてミトコンドリア機能異常をきたしている可能性が示唆された。実際に、ミトコンドリア機能の維持に必要とされているPG、 nicotinamide mononucleotide (NMN)をABCA7 KO Neuronに投与することで、シナプス形成およびミトコンドリア機能の改善がみられた。RNA-seqの結果でpathway解析を実施したところ、mitochondria pathwayとsynaptic pathwayがABCA7の発現の有無に関連していた。また、Neuron特異的にABCA7をKOした5×FADマウス(アミロイドβ蓄積モデルマウス)では有意なAβの蓄積がみられ、Neuronに存在するABCA7が重要であると考えらえた。
 今後のAD治療のターゲットとして、ミトコンドリア脂質やコレステロールエステルの代謝異常が挙げられ、これらに介入することでAD進行を抑制できる可能性がある。また、APOEやABCA7を介した脂質代謝異常がAD病態に与える影響をさらに詳しく研究する必要がある。

(文責:幾島 裕介)