病的肥満症と減量手術
肥満は世界規模の流行病といわれるほど、全世界的に患者数が一気に増加しつづけています。最近では,わが国においても,肥満の指標であるBody mass index(BMI:ビーエムアイ=体重(kg)÷身長(m) ÷身長(m))が25kg/㎡以上となる肥満人口は年々増加しており(図1参照)、成人人口の約1/4が肥満に分類されます。肥満は糖尿病、高血圧、脂質代謝異常などの生活習慣病の誘因となり、動脈硬化を高率に引き起こすメ タボリックシンドロームの基盤となります。つまり,肥満を放置しておくと,さまざまな病気を抱えることになり,生活の質(QOL=quality of life)が低下していくことは確実です。
そのため,肥満に対しての治療が必要ですが,その基本は食事療法などの内科的治療です.しかし,高度の肥満患者(BMI≧35kg/㎡)に対しては,内科的治療が長期的に みれば不成功に終わることが多いということがわかっています(リバウンド)。
このような高度肥満の状態を“病的肥満症”といい,BMIが40以上の方,あるいは35以上で,肥満が原因となりうる病気を抱えている方,のことを指します.病的肥満症患者の多くは,肥満によるQOL低下が存在します.近年、海外では病的肥満症に対する外科手術(「減量手術」といいます)がより積極的に行われるようになり,その良好な成績(体重減少効果,リバウンドの回避,肥満関連合併症の改善など)が多数報告されています。
ですから,減量手術は美容整形手術などで行われている脂肪吸引他の美容を目的とした手術とはまったく異なり,より健康で充実した人生を送るために,つまりQOLを低下させないために行われる手術ということになります。
減量手術とは?
減量手術は、合併症の改善を目的とした手術といえます。手術の対象となる患者さんは,そのままだと近い将来,合併症が原因で命を落とすような危険性があり、また,今まで内科的治療を行ってきたがうまくいかなかった方々です。 減量手術は大きな手術であり。決して安易に行うものではありません。 同時に,手術すればすべてが解決するというものではなく,手術はあくまで“きっかけ”の1つにすぎません.患者さんが治療に対して充分な意欲を持っていただくことで,その治療効果は高まりますが,一方で,意欲や減量手術の理解が十分でないと,術後の長期間にわたる食事療法や運動療法などが続けられず,外来通院もこなせなくなり,その効果が得られないばかりか,術後後遺症で苦しむ可能性も存在します。
減量手術の適応~ 手術を受けることができる患者さんと受けることができない患者さん
手術を受けることができる患者さん(病的肥満症に該当する患者さん)
“6ヶ月以上の内科的治療を行ったにも関わらず”
① BMIが35以上で,肥満に関係する病気を合併している患者さん
② BMIが40以上の患者さん
* 下記に身長と体重を入力すると,BMIが計算されます.
※ 身長と体重は必ず半角数字で入力して下さい. javascriptを有効にした状態でお使いください.
手術を受けることができない患者さん
病的肥満症に該当しても,減量手術ができない身体的な理由(以下)がないか調べる必要があります.
① 手術や麻酔自体が危険な場合(重症の心臓病や肺疾患など)
② 肥満の原因が内分泌疾患や薬物による二次性肥満の場合
③ 薬物依存(アルコール依存も含む)の場合
④ 神経・精神の疾患があり,治療を受けている場合
⑤ 過去に開腹手術などを受けていて高度の癒着が予想される場合
⑥ 術前栄養指導どおりの食事療法ができない場合(食べてはいけないものを食べてしまうなど)
⑦ その他外科的治療が困難か危険と判断された場合
②の場合,その原因疾患に対する治療をしなければ,手術を行っても肥満は改善しません.肥満の原因となるような病気が隠れていないか,まず調べます。
減量手術の種類
食べられる食事の量を減らす手術(restrictive procedure)
腹腔鏡下調節性胃バンディング手術(LAGB)
腹腔鏡下袖状(スリーブ)胃切除術(LSG):当科で行われている手術です
腹腔鏡下調節性胃バンディング手術(LAGB)
*内視鏡的治療:内視鏡的胃内バルーン留置術
栄養の吸収を阻害する手術(malabsorbtive procedure)
腹腔鏡下胃バイパス手術(RGB)
腹腔鏡下袖状(スリーブ)バイパス手術(LSGB)
腹腔鏡下胆膵路バイパス+十二指腸変換手術(BPD-DS)
正確には,腹腔鏡下袖状(あるいはスリーブ)胃切除術といいます.
胃の下側(大彎側)の大半を切除して,胃をバナナ1本くらいの大きさにする手術です.胃が小さくなるので,食べられる食事の量が減少します(図2).
- 1.食事量が制限される手術ですので,体内に入ってくるエネルギーを減少できます.比較的新しい手術ですが,短期報告では,良好な体重減少効果が多数の論文で報告されています.当科においても,良好な体重減少効果を得ています.(当院治療成績:クリック)
- 2.バイパス手術と異なり,食べ物は通常通り消化吸収されます.
- 3.術後にも,胃や胆道の内視鏡検査が可能です.
- 4.バンディング手術よりも良好な手術成績(短期成績)の報告があります.
- 1.胃を切除するので,元に戻せません.
- 2.食事が通る部分で狭窄(狭くなる)が生じたり,吐き気や嘔吐が術後みられることがあります.
- 3.小さくした胃が拡張することにより十分な体重減少効果が得られないことがあります.
- 4.食事が通過するルートは術前と変わらず,栄養吸収障害効果はありませんので,少量ずつ摂取すれば,摂取は可能で吸収されます.つまり,カロリーの高いもの(お菓子など)を少量食べ続けたりするなどのことをすれば,リバウンドする可能性があります.
日本国内では,病的肥満症,減量手術の認知はまだまだ十分ではありませんでしたが,本邦においても肥満症患者は増加の一途であり,減量手術のニーズは確実に増えてきたことから,
2014年4月より厚生労働省が定めた医療保険内容として,腹腔鏡下胃縮小手術のみ,保険診療収載となりました.(下図参照)
当科においても,2013年2月より先進医療としてのスリーブ切除が認められ,その手術実績から,2014年4月より保険診療を行っております.
ただし,下図の,「通知」の項目に記載されている通り,
“体重が大きければ,手術を保険で受けられるというものでは,決してありません”
少なくとも,一つの肥満関連合併症である,高血圧あるいは糖尿病あるいは脂質異常症を治療していない限り,保険治療対象とはなりません.また,あくまで,内科的治療をしっかりと行われたうえでの,手術適応の有無を判断します.
よって,当科においても,(1)保険治療対象の患者さんのみを手術対象とし,(2)●内科的治療(薬物療法,栄養指導)が適切に行われ,●その指示を確実に遵守し,●減量の効果が認められたうえで,かつ●当院肥満症治療チームが手術適応あり,と判断した場合のみ,手術を予定することとなります.
まずは,専門の内科受診(当院であれば,内分泌内科 ウェイトマネジメント外来)などを受診していただいたりしてもよいかもしれません.
“患者さんの希望,および,かかりつけの先生からの手術要請だけでは手術を決定することはできず,また,上記(2)のチーム医療の結果次第では,手術をお断りすることがあることを十分ご理解ください.
あくまで,減量治療の基本は内科的治療であり,手術をすればなんとかなる,手術をすれば食べてもよいといったものではございません.
- 腹腔鏡下袖状胃切除術(保険診療)の料金:
保険診療で行われるため,患者自己負担額は保険種類により異なります.
・手術料金:40万0500円(2016年4月より)
~受けられる患者さんは一律,同じ金額になります.
・入院費用:入院日数により異なります.
病的肥満症に該当しても,減量手術ができない身体的な理由(以下)がないか調べる必要があります.
① 手術や麻酔自体が危険な場合(重症の心臓病や肺疾患など)
② 肥満の原因が内分泌疾患や薬物による二次性肥満の場合
③ 薬物依存(アルコール依存も含む)の場合
④ 神経・精神の疾患があり,治療を受けている場合
⑤ 過去に開腹手術などを受けていて高度の癒着が予想される場合
⑥ その他外科的治療が困難か危険と判断された場合
②の場合,その原因疾患に対する治療をしなければ,手術を行っても肥満は改善しません.肥満の原因となるような病気が隠れていないか,まず調べます.
肥満症,併発疾患,全身状態に関する検査
■ 内科診察
当院では,肥満症治療を専門とする内科医(前田和久医師)がいますので,受診していただきます.二次性肥満の除外,そのほか肥満関連合併症の診断・評価,治療を行っていただきます.
■ 採血検査
二次性肥満の除外のためには,各種ホルモン検査が必要となります.また,肥満関連合併症の評価のために,血糖値やHbA1c,中性脂肪,コレステロール値,尿酸値など,いくつかの採血項目が必要です.
■ 頭部CTあるいはMRI検査
肥満の原因となるようなホルモンを産生する腫瘍の多くは,頭部(下垂体が主)に存在します.このような腫瘍が存在しないかどうかをみるために,頭部のCTあるいはMRI検査を行います.
■ 並存疾患に対する治療・減量治療
減量手術における合併症リスクを減らすために重要なことは,術前にできるだけ体重を減らすこと,および並存疾患をできる限り良好にコントロールすることが重要です.後者は特に糖尿病が当てはまりますが,血糖コントロールが不良な状態では,手術を行うことができません.
並存疾患に対する治療は,かかりつけ病院で行っていただいてるとは思いますが,場合により当院内科に入院し治療を行うこともあります.
減量についても同様に,減量目的入院をしていただくこともあります.
外科における諸検査
■ 外科診察
身長体重の評価,肥満に至るまでの経過,ダイエットをチャレンジした回数,肥満関連合併症の有無,肥満症によるQOL低下の有無,など多岐にわたって問診し,患者さんが現在かかえる悩みについてお聞きします.また,必ず,どうして減量手術を受けたいのか(動機・減量の意思),術後の目標(体重が減ったら,どうしたいのか)についてもお聞きし,減量にむけての意識共有を図りたいと考えています.
■ 採血検査
全身麻酔を受けるにあたって必要な内臓機能を評価するために,一般的な採血検査を行います.
■ 腹部CT検査
手術をするにあたって,皮下脂肪量や内臓脂肪量および肝臓の大きさを評価します.脂肪肝などがある方は,多くの場合,肝臓が大きく,手術をするうえで視野の妨げとなることがあります.
■ 上部消化管内視鏡
食道裂孔ヘルニアや逆流性食道炎などの有無,胃病変の有無を確認します.スリーブ切除後も場合により,内視鏡を行うことがあります.
栄養管理・心理的介入
■ 栄養管理部
減量における最も中心的治療は,栄養指導です.たとえ,手術がうまくいっても,術後の食事管理がおろそかになると,リバウンドの可能性が出現します.また,術前に栄養指導をうけていただき減量をすることは,手術リスクを下げることになります.逆に,術前に栄養指導どおりに食事療法が続けられず,十分な減量が確認できない場合,手術をうけられないこともあります.
■ 保健医療福祉ネットワーク部 心のケアチーム
肥満患者さんのなかには,ダイエットしてもリバウンドを繰り返すことによる苛立ち,手術に対する不安,などさまざまな心理的問題や悩みを抱えている方がいらっしゃいます.術前より,臨床心理士の方と面談していただき,精神的にスムーズに肥満外科治療に望めるようにサポートしてもらうことができます.
当院では,腹腔鏡下袖状胃切除術を,2010年3月より導入しました. 現時点(2013年8月現在)での術後1年間の平均体重と超過体重の推移を下に示します. (患者数は13人です).
体重減少推移はきわめて良好で,術後1年でおよそ30kgの体重減少が得られています(図1).
また,超過体重(=現在の体重ー標準体重)の減少率で表すと,約1年で60%に達します(図2). <100%に達した段階が標準体重ということになります>
(図1)
(図2)
当院では,下に記載する,多職種による肥満治療チームが構成されています.
肥満治療の治療方針などについて,定期的にミーティングを開き,今後の治療方針について検討を行っています.
当院では,下に記載する,多職種による肥満治療チームが構成されています.
肥満治療の治療方針などについて,定期的にミーティングを開き,今後の治療方針について検討を行っています.
外科: 西塔拓郎 |
消化器外科 外来日:毎週 月曜、火曜 |
内科: 西澤 均 |
外来日:毎週 水曜、木曜 |
管理栄養士 |
栄養指導日: 予約枠制 (上記医師からの予約指示) |
臨床心理士 |
カウンセリング日: 適宜,相談 (上記医師からの指示) |
この手術は決して楽をしてやせるための手術ではありません。
患者さんの命を守るための手術であることを理解してください。
手術をすれば簡単にやせられるというわけではなく,一番大事なことは、患者 さん自身が自分で自分のライフスタイルを変えていこ うという努力です。
手術はほんの短期間の「きっかけ」に過ぎません。
その後の栄養管理や精神面でのケアが手術と同じくらい重要になってきます。
減量外科治療は完全な チーム医療でありますが、患者さん自身もご自身を中心としたチ ームの一員であることを認識してください。