膵臓移植、膵島移植について

 膵臓は、蛋白質などを分解する消化酵素を消化管に分泌する外分泌とホルモンを血液中に分泌する内分泌の2つの働きを持ちます。消化酵素を分泌する外分泌腺が膵臓全容積の95%以上を占め、内分泌腺は5%以下です。この膵内分泌腺組織を膵島と呼んでいます。膵島を構成する細胞のほとんどはα 細胞(約20%)とβ 細胞(約80%)から成り、この2種類の細胞はそれぞれ、グルカゴンとインスリンという血糖の調節に非常に重要な役割を果たすホルモンを産生、分泌しています。グルカゴンは血糖を上げる作用を、インスリンは血糖を下げる作用を持ちます。またこれらの細胞はそれ自身で血糖を感知することができ、運動時や摂食時などによって変化する血糖に対して反応し、適量のホルモンを分泌することによって血糖を調節することが可能となっています。

1.1型糖尿病

 1型糖尿病(インスリン依存性糖尿病)の患者さんでは、若年時より膵組織にあるインスリンを産生するβ 細胞が自己免疫反応などにより破壊され、インスリン分泌ができない状態となります。インスリン分泌がなくなると高血糖状態が持続し、これを放置すると糖尿病性網膜症、腎症(腎不全)、神経障害など糖尿病性合併症が増悪し、末期症状として血液透析の導入や網膜出血などにより失明に至ってしまいます。1型糖尿病に対する初期治療として、まず内科的にインスリン強化療法が導入されます。インスリン強化療法では血糖測定およびインスリン注射は1日に複数回必要で、しかも注射による血糖コントロールは、糖尿病専門医によって行われても困難なものであり、高血糖発作や低血糖発作(意識消失)を繰り返し、患者さんの命を脅かすケースも多く見られます。また1型糖尿病の患者さんでは、たとえインスリン注射により血糖コントールを試みたとしても動脈硬化などの糖尿病性合併症が徐々に増悪し、脳梗塞や心筋梗塞のリスクが通常の方よりかなり高く生命予後をも悪化させてしまいます。

 

 このような1型糖尿病の患者さんにドナーの方よりご提供いただいた膵臓を移植すると、移植した膵臓が機能し血糖値に合わせてインスリンが分泌されるようになり、インスリン自己注射から解放され、高血糖発作や低血糖発作も消失します。また、すでに腎不全を併発している1型糖尿病の患者さんに、膵臓に加えて腎臓も同時に移植することで透析からも離脱でき、患者さんの「生活の質」が格段に向上する効果をもたらします。1型糖尿病に対する膵腎同時移植は、糖尿病網膜症や動脈硬化などの糖尿病性合併症の進行を遅らせる、あるいは改善させる効果も報告されており、生命予後も改善する可能性が確認されています。

 

2.膵臓移植の適応、登録手順

 膵臓移植は、インスリンを産生する能力が枯渇した1型糖尿病患者さんに対して適応となります。腎移植が同時性に行われるかどうかによって、膵腎同時移植、腎移植後膵移植、膵単独移植に分類されます。このような状態の患者さんの多くは透析をされていますので、腎移植も適応となり、膵臓移植の約80%は膵腎同時移植となります。レシピエント(移植を受ける方)は、一般的に60歳以下が望ましいとされています。活動性の感染症、肝機能異常、消化性潰瘍や悪性腫瘍を有する方は移植手術の禁忌(手術を受けることができない)ですが、評価結果によっては移植を行うことも可能と判断されることがありますので、移植を希望される方は、ぜひ一度ご相談下さい。

 

 先ずは、かかりつけの医師(糖尿病を診てもらっている先生、透析病院の先生)に相談していただき、大阪大学 消化器外科へ紹介いただければ、膵臓移植の適応の有無に関して、内科医や泌尿器科医とともに移植の適応・評価をさせていただきます。その検査結果をもとに移植の「適応あり」と判定されれば、日本臓器移植ネットワークに登録申請することになります。また、評価を行っても必ず移植を行わなければならないとも限りません。あくまでも患者さんの意思が尊重され移植辞退はいつでも可能です。

 

 また、臓器移植法改正に伴い、臓器提供者数は2010年以降、徐々に増加し、現在では年間40例前後の脳死膵臓移植が全国で行われています。しかし、2020年4月末の時点で、膵臓移植を待っておられる患者さんの数は、全国で約200名いらっしゃいます。臓器提供者数が少ない日本の現状では、登録待期期間が長く、平均で3〜4年となることが一つの問題となっています。最新の待機患者数に関しては日本臓器移植ネットワークのホームページで公開されていますのでご参照下さい。

 

 移植登録が完了した後も今まで通りの生活を送っていただいて結構です。登録後、ドナー(臓器提供者)が発生し、日本臓器移植ネットワークにより移植候補に選ばれますと、当院に連絡があり、当院よりレシピエントの患者さんに連絡させていただき、移植担当医師より移植の意思を再度、確認させていただき、レシピエントの全身状態が移植手術に耐術可能と判断されましたら、入院していただき手術説明の後、移植に臨むことになります。

 

3.当院の膵臓移植件数

 当院では、2024年末までに74回の膵臓移植を経験しており、そのうち、73回が脳死膵臓移植です(同じ期間に本邦では573回の脳死・心停止下膵臓移植が行われていますので、その13%が当院で行われたものとなります)。残りの1例は、レシピエントの近縁者の生体ドナーより膵臓の約半分を摘出し、1型糖尿病の患者さんに移植する生体部分膵臓移植です。

 

4.膵臓移植の手術術式

① 膵腎同時移植(膵臓と腎臓を同時に移植する場合)

 脳死ドナーより膵臓の全部を十二指腸とともに取り出し、レシピエントに移植します。膵腎同時移植の場合、同じドナーより同時に左腎臓も摘出し、腎移植も行います。移植した両方の臓器が働けば、レシピエントはインスリン注射からも透析からも解放されることになります。膵臓を移植する際、ドナーの十二指腸とレシピエントの小腸あるいは膀胱と吻合します。通常は、膵臓は右の下腹部に移植し、腎臓は左の下腹部(後腹膜)に移植します。なお、患者さんの膵臓と腎臓はそのままです。膵臓移植の約80%はこの術式となっています。

② 腎移植後膵移植(すでに腎移植を受けておられる方に、膵臓のみを移植する場合)

 すでに腎移植を受けておられる患者さんでは、腎移植後膵臓移植を行うことにより血糖値を安定化し、すでに移植を受けた腎臓を糖尿病曝露から守り長期に機能させる効果に期待した手術です。この場合は、移植する臓器は膵臓のみです。膵臓を移植する場所は腎臓を左下腹部に移植している場合は右下腹部となります。腎臓を右下腹部に移植している場合の膵臓を移植する場所は、患者さんの状態に応じて決定します。

③ 膵単独移植(腎機能が保たれている方に、膵臓のみを移植する場合)

 腎機能に問題がない患者さんに対して、膵臓だけを移植する方法です。この場合は、移植する臓器は膵臓のみで、移植する場所は右下腹部となります。

 

5.膵臓移植の手術成績

 膵臓移植を受けた患者さんは、移植された臓器に対する拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤の服用が生涯必要となります。現在、膵臓移植後に一般的に使用されている免疫抑制剤としては、タクロリムス、MMF(セルセプト)、ステロイド(プレドニン)があります。

 

 本邦では、脳死を人の死と認めた臓器移植に関する法律が1997年10月に施行されて以後、2023年末までに528回の脳死・心停止下膵臓移植が行われています。移植後5年でのレシピエント生存率は92.2%、グラフト生着率は、膵臓で76.7%、腎臓で88.8%と欧米の移植成績とほぼ同様の良好な手術成績が得られています。当院の成績もほぼ同様で、それぞれ91.8%、75.4%、87.2%です。

 

6.1型糖尿病に対する新しい取り組み(膵島移植)

 膵島移植は膵臓から膵島だけを分離して移植する組織(細胞)移植です。局所麻酔により皮膚の上から肝臓に針を刺してカテーテルという細い管を肝臓内の血管に入れ、膵島を点滴により移植します。患者さんの体への負担は小さく、また合併症の発生も少ないです。主な対象は腎機能が保たれた、あるいは以前に腎移植を受けている1型糖尿病の患者さんとなっています。移植された膵島が体内で働くようになると、患者さんの血糖に応じて膵島からインスリンが分泌されるようになり、その結果、血糖値が安定します。場合によっては正常の血糖を維持するのにインスリン投与が不要となることも期待できることが報告されていますが、インスリン注射が引き続き必要となる可能性もあります。しかしながら、インスリンが必要となる場合でも、血糖変動の改善により、血糖コントロールが容易となることが期待されます。また、膵島移植を受け、インスリンが分泌されるようになったものの、インスリン注射が依然必要な場合には、インスリン離脱を期待するために、2回から3回の移植を受けることが可能です。インスリンからの離脱のためには複数回の移植を要するケースがほとんどですが、単回の移植でもインスリン使用量を減らすことができ、その結果、血糖コントロールの改善が期待できます。効果が認められれば単回の移植で完結する場合もあります。本邦では2020年4月から『同種膵島移植術』として保険収載されております。

 

7.ご相談・お問い合わせ

① 患者さんへ

 膵移植に関して分からないこと、知りたいことがあれば、下記あてにお電話にてお問い合わせください(午前9時〜午後5時)。当院では糖尿病に関するに日常生活に関しても指導することも可能です。日本臓器移植ネットワークへの登録の手続き、移植手術および術後管理や免疫抑制剤の服用や合併症に関する説明、入院費用などについて移植専任コーディネーターを交えて詳しく説明させていただきます。また、当院では膵移植に関することを分かりやすくまとめた「膵臓移植、膵島移植を受けられる方へ」という冊子を無料でお配りしておりますので、遠慮なくお申し出ください。担当医が学会などで不在の場合もございますので、あらかじめ下記あてにお電話にて、ご遠慮なくお問い合わせください(午前9時〜午後5時)。担当医(肝胆膵・移植)もしくは膵臓移植担当・移植コーディネーターが対応させていただきます。

 

② 患者さんをご紹介いただく先生方へ

 大阪大学医学部附属病院 保健医療福祉ネットワーク部(直通:06-6879-5080)にお問い合わせください。また何か質問などございましたら、下記連絡先まで、ご連絡ください。担当医(肝胆膵・移植)もしくは膵臓移植担当・移植コーディネーターが対応させていただきます。

 

1. 大阪大学大学院 消化器外科学 直通:06-6879-3251

2. 大阪大学医学部附属病院・移植医療部 直通:06-6879-5053

病気に関するお問い合わせはこちら