膵臓とは
膵臓は上腹部の深い部位に位置する、横幅約15cm、高さ約3cm、厚さ約2cm、重量60〜100グラムの臓器です(図1)。体の右側から順に膵頭部、膵体部、膵尾部と呼ばれますが、それぞれは明確に分かれているわけではありません。膵臓は膵液を分泌する外分泌腺細胞が大部分を占め、その他にインスリンなどのホルモンを分泌する内分泌細胞の小さな細胞のかたまり(ランゲルハンス島と呼びます)が全体にちりばめられたように存在しています。
図1:膵臓の部位(「膵癌取扱い規約(第7版)」より改変して引用)
Ph 膵頭部, Pb 膵体部, Pt 膵尾部, PV 門脈, SMA 上腸間膜動脈, SMV 上腸間膜静脈, UP 鉤状突起
膵臓がんとは
膵臓がんは、がんの中でも治りにくいがん(難治がん)の代表です。したがって、同じ消化器がんである胃がんや大腸がんなどと異なり、1年間における発生率と死亡率はほぼ同じで、胃がんや大腸がんに比べ発生率はかなり低いにもかかわらず、我が国のがんによる死亡原因の第4位を示しています。難治がんである原因は、膵臓がんの早期発見が困難で、手術が可能な状態でみつかることが難しいこと、また,たとえ早期発見出来て切除が可能であっても再発を生じることが多いことが挙げられます.
膵臓がんの症状
早期の膵臓がんには特徴的な初発症状がありません。進行した膵臓がんでは、その病巣の占拠部位により症状が異なります。
膵頭部がんの主症状は上腹部痛、背部痛、黄疸です。他に食思不振、全身倦怠感、心窩部不快感、腹部膨満、体重減少など一般的な消化器症状があります。がんが大きくなると上腹部に腫瘤を触知するようになり、十二指腸の閉塞症状や消化管出血を来すことも稀ではなく、また、胆管が完全に閉塞すると黄疸が生じ糞便は白色便となります。
膵体部、尾部のがん(膵体尾部がん)では、膵頭部がんと比べ解剖学的に胆管系に影響が及びにくいのでたとえ進行しても黄疸が出現しにくく、発見がさらに遅くなり切除不能例で診断される場合も多く見られます。病気が進行しますと、膵頭部がんと同じように膵体尾部がんでも上腹部痛や腰背部痛が症状として現れます。この他に共通した症状として、体重減少、腹部膨満、便秘、下痢などがあります。
これらの症状の場合は、胃や大腸などの病気を疑われて消化管の検査だけが行われることが多く、膵臓がんが見逃される場合があります。しかしながら膵臓がんのことを念頭にして詳しい検査をすると膵臓がんが発見される場合も多くあります。同様に、腰背部痛が症状の場合は、整形外科を受診することが多く、消化器の検査を行わずに膵がんが見逃される場合もあります。頑固な腰背部痛が続き、原因がはっきりしない場合は、膵臓がんを念頭に入れた検査を行う必要があります。
膵臓は糖尿病に関係するインスリンというホルモンを分泌している臓器なので、消化器の症状と関係なく急な糖尿病の悪化などの症状があり、詳しく検査すると膵臓がんが見つかることもあります。急に糖尿病の症状が出現したり、糖尿病であってもそれまで良かった血糖のコントロールが悪くなったりした場合は、膵臓の検査をした方が良い場合があります。
膵臓がんを疑った場合、通常、血液検査として腫瘍マーカーの測定を、また画像検査として腹部超音波検査、腹部CT(コンピュータX線断層撮影、図2A、B)、腹部MRI(磁気共鳴画像、図3)などを行います。これらの検査は、ほとんど身体に負担無く行えますが、早期の膵臓がんを見つけることは困難な場合が多いです。腫瘍マーカーとして、CA19-9、CEA、Dupan-2、エラスターゼ1、SLX等が測定されます。ただし胆嚢炎や膵炎など他の病気でもこれらの測定値が異常値となることがあり、画像診断で膵がんが見つからない事もあります。逆に、画像診断で膵臓がんが疑われても腫瘍マーカーが異常値を示さない場合があります。
図2:膵臓がんのCT像。(A)がんの部分を黄色の矢頭で示す。(B)CT画像を利用した脈管の立体構築像。
矢頭の部分は膵がんにより脈管が圧排されている様子を示している。
図3:膵臓がんのMRI画像
最近では、PET(ポジトロン断層撮影、図4)も行い、膵臓がんがあるかどうか,また転移があるかどうかの検査をしています。もしPETで異常が認められれば、CT等の画像診断や腫瘍マーカーでの異常が認められなくともがんが存在する可能性が高いと考えられますが、がんでなくてもPETで異常を認める場合もあり慎重な判断を要します。逆に、明らかに膵臓がんがあってもPETで異常として検出されない場合もあります。また、現在のところPETで異常が認められるにはある程度の大きさ(直径1cmくらい)が必要で、早期のがんの診断や,手術の前に転移があるかどうかの確定診断は難しいのが実情です。
図4:膵臓がんのPET/CT画像
膵臓がんの診断を確定するためには、がん部分から取れる細胞が悪性のものであるかどうかについて顕微鏡を用いた検査をする必要があります。膵臓のがん細胞を採取する方法として、先端に超音波プローブと細胞採取用の針がついた内視鏡を用いてEUS-FNA(超音波内視鏡下穿刺吸引法、図5)という検査方法と,ERCP(内視鏡的逆行性膵管造影、図6)で膵液を採取する検査方法があります。これらの検査方法でがん細胞が見つかれば膵臓がんと確定診断します。しかし、これらの検査を行っても、膵がんの確定診断が行えない場合は、検査のために手術を行う場合や、時間をおいて他の腫瘍マーカーや画像検査を組み合わせながら再度検査を行う場合もあります。こうした膵臓がんの診断プロセスを円滑に進められるよう、当院ではわれわれ消化器外科と消化器内科、放射線科の3診療科の合同会議において最適の診断および治療の方法を検討し、最終的な方針を決定しています。
図5:膵臓がんのEUS画像 図6:膵臓がんのERCP画像
膵臓がんの基本的な治療は、手術によるがん病巣の外科的切除(根治的手術)であり、現在は手術以上に効果のある治療法はありません。手術では、膵臓がんを周囲の正常と思われる部分を含めて切除し、見える部分のがんは全て取り去りますが、膵臓がんは小さいうちから周囲に転移を始めており、見えないがんが残ってしまうため、手術だけで完全に膵臓がんを治すことは難しいことがわかっています。そこで,たとえ見える全てのがんが手術によって取り去られていても、手術後に抗癌剤の治療(補助化学療法)を行うことが検討され、手術の治療効果をあげることが証明されました。現在,切除が可能な膵臓がんに対しては,手術とその後に続ける半年間の抗癌剤治療が標準的な治療となっています.切除が出来ない状態に進行している膵臓がんに対しては、姑息的な症状改善を目指した手術や処置を行い,手術が可能な状態となるまで抗がん剤による治療や放射線による治療、またはその両者が行います。当院では切除できる膵臓がん、切除できない膵臓がん、どちらに対しても更なる治療効果の向上を目指した取り組みを行い、新たな治療法の確立を目指しています(「取り組み」参照)
手術療法
1) 根治的手術
膵臓がんの外科的切除が適応となる条件として、①肝臓や肺などの膵臓以外の臓器にがんが転移していないこと、②お腹の中にがんが拡がっていないこと(腹膜播種がないこと)、③重要な臓器を栄養する大きな血管にがんが拡がっていないこと、の全てを満たす必要があります。膵臓はお腹の中の奥深いところに位置し、重要な血管に近接しているという特徴があります。胃がんや大腸がんと異なり、簡単にその臓器だけを摘出できる部位ではありません。重要な血管として、腹部大動脈、腸を栄養する動脈(上腸間膜動脈)、肝臓などを栄養する動脈(腹腔動脈、総肝動脈、固有肝動脈)が挙げられます。一方、腸で吸収された栄養分を肝臓へ運ぶ血管(門脈)へがんが拡がる場合は、その部位を切除して血管をつなぎ合わせる事もあります。先に述べた①〜③のどれか一つでも満たされない場合は、たとえ目に見える範囲で外科的にがんが摘出できても手術後すぐにがんが再発することが極めて多く、大きな負担をかける手術は患者さんにとってプラスにならないと考えられ、手術の適応が無いと判断されます。
膵臓がんの切除法は、他のがんの場合と同じように基本的にはがんの部分だけ摘出するのではなく、がんが拡がっている可能性のある周辺の臓器やリンパ節を一緒に摘出する必要があります。切除範囲はがんの存在する部位によって異なります。がんが膵頭部にある場合は、胃の一部、十二指腸、膵頭部、胆嚢・胆管を一塊に切除する膵頭十二指腸切除術が、体部や尾部に存在する場合は膵臓とともに脾臓を切除する膵体尾部切除が行われます。
膵頭十二指腸切除術は消化器の手術の中で最も複雑な技術を要する手術であり、膵切除と再建の手技のみならず、胃や大腸の手術や再建の手技や場合によっては血管外科の技術が必要であり、この手術の経験が豊富な専門病院で行う方が、合併症も少なく、治療成績が良好であることが報告されています。手術時間は通常7〜10時間かかります。手術が終わった際には術後合併症予防のため、多くのドレーンやチューブがお腹の中に留置しています(図7).一方、膵体尾部切除術は解剖学的な隣接臓器との関係から膵頭十二指腸切除術ほどの時間を要さず、通常3−4時間程度の手術になり、術後合併症予防のためのドレーンは通常1-2本になります(図8)。
図7:膵頭十二指腸切除術後の再建方法とドレーン挿入部位 図8:膵体尾部切除術の膵切離部位とドレーン挿入部位
2) 手術後の経過
膵臓がんの手術の後は、翌日から離床の練習を始め、経口摂取も術後数日で始めることができます。手術の際に留置したドレーンやチューブなどを病状の回復に合わせて抜去できれば退院が可能となります。膵頭十二指腸切除術の術後であれば4週間前後、膵体尾部切除術の術後であれば3週間前後で退院となることが多いです。
術後の合併症として、早期のものでは膵臓から消化液である膵液が漏出する膵液漏が多く、長期的なものでは糖尿病や消化不良、腸閉塞もしくは頑固な下痢を生じることがあります。
補助化学療法
退院後は外来通院にて経過観察をしますが、手術後に体調が落ち着いた時点で、再発予防の抗癌剤を半年程度使います。これは標的となる腫瘍が認められていない状態で行う予防的な抗癌剤治療となり,再発の可能性を低くすることが証明されています.手術の治療効果を補助するための化学療法という意味合いで,補助化学療法と呼ばれます.使用する抗癌剤として塩酸ゲムシタビンとS-1(ティーエスワン®)という薬があります。
手術が行えない場合
化学療法
根治的な手術が不可能な場合や手術の後に再発が認められた場合は、抗がん剤による治療が行われます。保険で認可された抗癌剤として塩酸ゲムシタビンとS-1(ティーエスワン®)、nab-PTX(アブラキサン®)があり、これらの抗がん剤は主に塩酸ゲムシタビンと組み合わせながら投与します。また、5-FUとオキサリプラチン、CPT-11を組み合わせた抗癌剤治療レジメンもあり、効果が証明されています。膵臓がんに対する化学療法の選択肢が増え,適切な投与を選択するため,当院ではわれわれ消化器外科と消化器内科、先進化学療法開発学の3診療科による合同会議において最適の治療方法を検討し、決定しています。
放射線療法
局所に進行し、遠隔転移のない膵臓がんに対しては、放射線療法が有効です。膵臓がんが存在する部位に対して体外から1日1回の少量の放射線照射を行い、総照射量として約50Gyの照射を約5週間かけて行います。放射線治療には、通常抗がん剤を併用します(化学放射線療法)。これは、抗がん剤(塩酸ゲムシタビン、S-1や5-FUなど)の中には放射線の効果を増強する作用があると言われていることと、放射線による局所治療のみではなく同時に抗がん剤による全身治療の効果を期待して併用しています。
放射線療法の副作用として、体外から照射する場合は、どうしても膵臓がんの周囲にある胃や腸にも放射線が照射されますので、それによる炎症や潰瘍出血などが生じる事があります。
膵臓がんの治療に対する取り組み
大阪大学消化器外科では、難治がんの代表である膵臓がんに対して積極的な取り組みを行っています。切除できない膵臓がんに対して、積極的な治療を行うことで切除できる状態にまで治療する方法や、切除できる膵臓がんに対しては、更なる治療効果の向上を目指した治療戦略を行ってきました(図9)。患者様の承諾を得たうえで行うこうした臨床試験は、新たな治療法として確立されていくと考えています。
図9:大阪大学消化器外科の膵臓がん治療方針
①
初診時に局所で進行しており、膵臓がんの遠隔転移は認めないが切除不可能と診断された場合、化学放射線治療を行うことで手術ができる状態まで改善させる試みを行っています。今までのところ、当初手術ができないと診断された患者様のうち約20%の方が手術可能な状態に変化しています。手術後の再発率などは、最初に手術ができると診断された患者様の経過と比べてほぼ変わりません。(局所進行切除不能膵癌におけるGEM+S-1併用化学放射線療法(GS-RT)の前向き研究)
②
切除可能と診断された膵臓がんに対して、手術を行う前に術前治療を行うことで、手術から術後の回復を待って補助化学療法を行うまでの間,目に見えない全身転移しているがん細胞を抑制しておき、補助化学療法で完全に制御する治療法を行っています(切除可能膵癌におけるGEM+S-1併用術前化学放射線療法(GS-RT)の臨床第Ⅰ/Ⅱ相試験、腎機能障害を有した膵癌症例に対するGEM併用術前化学放射線療法の臨床第Ⅰ/Ⅱ相試験、治癒切除困難な膵癌に対する術前化学療法として GEM/S-1 と GEM/nab-PTX を比較するランダム化第Ⅱ相試験)。こうした術前治療の試みは、現在のところ非常に効果の高い結果を示しています(図10)。
図10:大阪大学消化器外科の膵癌治療成績(抜粋)
手術に対する取り組み
1) 腹腔鏡補助下膵体尾部切除術
手術による身体への負担を少しでも減らすことを目的に、腹腔鏡を用いた膵切除術が選択可能な場合があります。大阪大学では、全国でも早くから肝胆膵領域の鏡視下手術に着手しており、腹腔鏡補助下膵体尾部切除術についても早くから先進医療の認可を受けて手術を行ってきています。以前は良性腫瘍に対してのみ保険適応でありましたが、2016年4月より悪性腫瘍に対しても一部施設で拡大適応となり、率先して手術を行ってきた当院でも施設認定となりました.今後は安全と思われる症例に対して,悪性腫瘍に対しても手術の導入を行いますのでご希望のある方はご相談ください。
2) 腹腔鏡補助下膵頭十二指腸切除術
2016年4月より膵頭十二指腸切除術に対しても一部施設で保険適応となり、当院でも施設認定となりました.腹腔鏡補助下の膵頭十二指腸切除術は非常に複雑な手技・技術を必要としますが,当院には技術認定を取得した複数医師が在籍しており,安全に導入していきますので,ご希望のある方はご相談ください.
大阪大学消化器外科での膵臓手術症例数(平成27年)
当院における平成27年の手術症例数は表1の通りです。特に難易度の高い膵頭十二指腸切除術は、年間の手術症例数が多い病院(high volume centerと呼ばれ、年間20例以上が目安となります)で手術を行った場合は治療成績が良好で術後合併症も明らかに少ないと報告されており、経験が豊富な専門病院で手術を受けることが薦められます。当院では同手術を年間41件行っており、全国でも有数の症例数を誇っています。
表1 平成27年 手術症例数
膵臓がんの治療成績(全国・当院)
膵臓がんの予後は悪く、全国調査(膵臓学会による2007年膵癌登録報告)では、膵臓がん全体(切除不能および切除された膵臓がんを含む)の生存期間中央値は僅か10.2ヶ月、3年平均生存率は11.7%と報告されており、切除が可能であった通常型膵臓がん症例でも、術後生存期間中央値は18.2ヶ月、術後3年生存率は23.2%と報告されています。このように予後の悪い膵臓がんに対する取り組みとして、大阪大学消化器外科では、上述の通り切除可能膵臓がんに対しても臨床試験として術前治療を行っており、生存期間中央値/3年生存率はそれぞれ、34.9ヶ月/45.9%と良好な結果を得ています(同等の進行度の全国調査結果は17.0ヶ月/18.6%)。特に術前化学放射線治療を行って切除まで予定通り行うことができた症例では、それぞれ37.4ヶ月/51.0%と極めて良好な結果となっています。
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