消化器外科全体

消化器外科全体としてチームで行っている研究

1.消化器癌における癌幹細胞研究:

癌幹細胞は、自己複製能と、多分化能を有し、少数の細胞からでも高率に癌を形成する強い造腫瘍能を有する細胞である。癌組織においても、細胞学的・組織学的構築は正常組織と同様に幹細胞を基盤とした階層構造(hierarchy)によって成り立っていると考えられている(図1)。また、癌幹細胞は、癌の治療抵抗性、再発・転移と深く結び付いているとも考えられる。われわれは、消化器癌において世界に先駆けて癌幹細胞が存在することを報告し、肝臓癌においてはside population(SP)細胞がCD133を高発現し(図2、図3)、肝幹細胞マーカー、肝細胞マーカー、胆管細胞マーカーを発現していること、高い腫瘍形成能と抗癌剤耐性を有することを報告した(Stem Cells 2006)。また、大腸癌において、CD133陽性細胞が大腸癌幹細胞の性質を有することを報告し(Ann Surg Oncol 2008)、同マーカーを絞り込み、臨床大腸癌検体においてCD133+CD44+細胞が大腸癌幹細胞の性質を有することを報告した(Ann Surg Oncol 2008)。癌幹細胞の細胞学的・遺伝子学的特徴を明らかにすることにより、癌幹細胞をターゲットとした新しい癌治療法の確立を目指した研究を行っている。

2.新しいリプログラミング法の開発:

近年、再生医療分野においてiPS細胞が脚光を浴びている。iPS細胞とは、ES細胞で特異的に発現している転写因子の中から未分化性に重要な働きを持つ因子を絞り込み、4つの遺伝子(Oct3/4、Sox2、Klf4、c-Myc)を線維芽細胞に遺伝子導入することにより作り出されたものである。この技術はES細胞開発の際に問題となっていた倫理的問題を回避できるため、再生医療の重要なツールとして期待されている。最近では、Oct3/4のみの導入、レトロウイルスを用いない方法が報告され、遺伝子導入に際し問題となってきた癌化の問題なども改善されつつある。教室では、近年注目されているmicroRNAをiPS細胞作製へ応用を試みている。miR-200c、miR-302、miR-369の3種類を用いることでiPSと同様の多能性を持つ細胞を作製した(Cell Stem Cell 2011)。実際に、免疫不全マウスに移植すると、3胚葉性成分を有する奇形腫の形成を認めた(図4)。ほかにも食道、大腸、肝臓、膵臓の正常幹細胞および脂肪由来幹細胞を用いて、ウイルスによる遺伝子導入を用いず、かつ導入遺伝子を制限したiPS細胞の誘導を行っており、どのような細胞分画において最もiPS細胞が誘導できるのか、また、細胞の分化における遺伝子発現の変化をepigeneticな変化を含めて検討している。
図4

3.組織再生の研究:

iPS細胞を用いた組織再生医療としては、滲出型加齢黄斑変性症の臨床研究が開始される見込みであり、その安全性や有効性が解析される予定である。我々は、iPS細胞のより実用的な再生医療への応用を目指し研究にも取り組んでおり、肝再生や膵β細胞の再生医療を目標に基礎的研究をすすめている(図5:未分化マーカー陽性細胞)。
図5

4.自己脂肪由来幹細胞を用いた再生医療研究
  (Cytori社および九州大学生体防御医学研究所 腫瘍外科との共同研究):

生体由来幹細胞を用いた再生医療を展開するためには1)細胞源の入手が容易、2)一定の収量が確保される、3)採取に際しドナーへの侵襲が小さい方法であることが必要である。われわれはcytori社との共同研究により皮下脂肪より間葉系幹細胞を分離する方法を確立し、脂肪由来幹細胞を用いた再生医療の確立に向けて、基礎的検討を行い、脂肪由来幹細胞の自己複製能と多分化能を確認した。また、九州大学において、倫理委員会の認可と希望者への十分なInformed Consentのもと、自己脂肪由来幹細胞を用いた乳癌術後(乳腺部分切除後)の欠損部への移植9例と炎症性腸疾患による難治性瘻孔に対する移植1例を施行し、良好な治療成績を得ることができ、自己脂肪組織由来幹細胞の組織再生医療における高い有用性を確認した。現在、倫理委員会への申請を行い、大阪大学における脂肪由来幹細胞を用いた臨床応用を準備しており、近日中には臨床研究が開始する予定である。

5.大腸癌の発生、進展および治療感受性に関わる生活習慣および遺伝子多型の解析
  (CREST(科学技術振興機構);九州大学生体防御医学研究所 腫瘍外科との共同研究):

大腸癌発生・進展について(1)食事を中心とするアンケート調査による疫学的観点、 (2)末梢血DNAによる遺伝子多型解析、(3)腫瘍組織における遺伝子発現マイクロアレイ解析を同時に行う、全国7施設共同による、これまでにない多角的で大規模な解析を目指したプロジェクトである。対象症例は大腸癌2000例、健常者3000例であり、現在、 疫学的データ、DNA多型、遺伝子発現マイクロアレイ解析を同時に進めている。

6.食道癌の診療向上のための分子遺伝学的および分子疫学的研究
  (基盤研究S;九州大学生体防御医学研究所 腫瘍外科との共同研究):

食道癌は、消化器癌のなかでも治療は難しく、また生活習慣と関連が深いこと(喫煙や食事との関連)が以前から報告されているが、 生活習慣と親から受け継いだ性質(遺伝子多型)、さらに癌部における遺伝子発現を同時に解析する研究はこれまでになかった。本研究においては、食道癌患者1000例、対照1000例を対象に生活習慣(アンケート)、 親から受け継いだ性質(遺伝子多型を血液から検査)の解析、また食道癌組織200例よりマイクロアレイ解析を用いた遺伝子発現解析を行っている。