肝臓研究室・肝再生・肝代謝グループ

私たちの研究グループは、以下のテーマを中心に研究を進めています。

肝臓の再生機構の解明と再生医学を用いた治療の開発

肝臓は、再生能力の強い臓器であり、ラットの肝臓を70%切除してもその肝臓は約1週間で元の大きさまで再生します。今日の生体肝移植も、ドナーの肝臓が再生するがゆえに行なえる治療法であります。この肝細胞の増殖には、これまで肝細胞増殖促進因子としてhepatocyte growth factor (HGF), transforming growth factor-α (TGF-α), heparin-binding EGF-like growth factor (HB-EGF)などが、また増殖を抑えるブレーキの役割をする肝細胞増殖抑制因子としてtransforming growth factor-β (TGF-β)が知られています(図)。

肝再生におけるサイトカイン、増殖因子、代謝のネットワーク


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私どもは、EGF familyの一つであるheparin-binding EGF-like growth factor (HB-EGF)を新規の肝細胞増殖因子として発見し、肝臓におけるその作用を検討してきました(図)。これまでの検討でHB-EGFは、肝細胞に対して強力な増殖促進作用を有し、部分肝切除後の再生肝においてHGFやTGF-αよりも早期に発現し、初期の肝再生に重要な働きをしている事を明らかにしました。実際、ヒトの肝臓切除術後にヒトHB-EGFの血中濃度が有意に上昇していることも明らかにしました。Transgenic mouseを用いた検討で、肝臓の再生時にpro HB-EGFがsheddingを受けmature HB-EGFになる必要性とその意義が明らかになり、現在Cre-loxP systemを用いHB-EGF conditional knock out miceを用いてHB-EGFの肝再生調節機構を多方面から検証しております。

膜結合型HB-EGFプレカーサー


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一方で近年、肝前駆細胞、ES細胞、骨髄細胞、臍帯血幹細胞、脂肪組織由来間葉系幹細胞を用いた肝臓の再生医療研究が、注目を浴びています。私たちは、これまで骨髄細胞がbasic fibroblast growth factor (bFGF)やHGFの刺激により、肝細胞系細胞へ分化誘導される可能性を明らかにしました。また、現在脂肪組織由来間葉系幹細胞を用いた肝臓の再生医療研究も行っています。脂肪組織由来間葉系肝細胞は容易に採取でき、多くの細胞を得ることが出来ます。ADSCはin vitroで肝細胞様細胞へと分化誘導可能であり、in vivoでADSCの脾注により、肝臓への生着および血清Alb値の改善を認ました。bFGFによる前処置によりこれらの効果はより顕著となり、ADSCは肝再生療法の移植細胞源となりうると考えております。

今後は肝再生の機構を解明するとともに、サイトカインを用いた肝再生療法や肝前駆細胞移植療法を開発することを目指しており、 臨床への応用を検討しています。

肝細胞におけるGab蛋白の役割


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 また、Gab蛋白の肝再生過程における役割についても検討をおこなっております。
Gab(Grab2 associated binder) はIL-6やHGF、EGF等の様々なサイトカイン・増殖因子の刺激により チロシンリン酸化されるアダプター蛋白です(図)。肝臓においてGab1,Gab2はIL-6、HGF,EGFといった 肝再生因子の主要なシグナル伝達蛋白であり、肝障害時や再生過程で何らかの役割を担っていることが 予想されます。私たちは、肝特異的Gab欠損マウスを作製し、Gabファミリー蛋白の部分肝切除後や急性 肝障害後の肝再生過程における役割を、免疫発生学教室(平野俊夫教授)と共同で検討しています。

  1. Doi Y, Tamura S, Nmmo T, et al. Development of complementary expression patterns of E- and N-cadherin in the mouse liver. Hepatol Res 37: 230-237. 2007
  2. Saji Y, Tamura S, Yoshida Y, et al. Basic fibroblast growth factor promotes the trans-differentiation of mouse bone marrow cells into hepatic lineage cells via multiple liver-enriched transcription factors. J Hepatol 41(4):545-50. 2004
  3. Kiso S, Kawata S, Tamura S, et al. Liver regeneration in heparin-binding EGF-like growth factor transgenic mice after partial hepatectomy. Gastroenterology 124(3):701-7. 2003
  4. Sakuda S, Tamura S, Yamada A, et al. NF-kB activation in non-parenchymal liver cells after partial hepatectomy in rats: possible involvement in expression of heparin-binding epidermal growth factor-like growth factor. J Hepatol 36: 527-33. 2002
  5. Itoh, M., Yoshida Y, Nishida, K., et al. Role of Gab1 for Heart, Placenta, and Skin development, and growth factors- and cytokines-induced Extracellular Siganal-Regulated Kinase Mitogen-Activated Protein Kinase Activation. Mol. Cell. Biol 20, 3695-3704, 2000.
  6. Kamada Y, Yoshida Y, Saji Y, et al. Transplantation of basic fibroblast growth factor-pretreated adipose tissue derived stromal cells enhances regression of liver fibrosis in mice. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 296:G157-167, 2009.

肝におけるadiponectinを中心としたアディポサイトカインの作用と脂質代謝の解析

 肥満は非アルコール性脂肪肝炎(nonalcoholic steatohepatitis; NASH)、アルコール性肝障害、C型慢性肝炎、肝細胞癌など慢性肝疾患進行の独立した危険因子であることが疫学的に明らかとなっています。脂肪組織から分泌される生理活性物質は「アディポサイトカイン」と総称され、現在レプチン、アディポネクチン、tumor necrosis factor-α(TNF-α)、アンギオテンシノーゲン、レジスチンなどが知られています。アディポサイトカインの多くが肥満とともにその血中濃度が上昇するのに対し、血中アディポネクチン濃度は肥満度と逆相関することが最大の特徴です。肥満者におけるこのアディポネクチンの低下が慢性肝疾患増悪に寄与しているのではないかと考えられます。

アディポネクチンの肝疾患への作用


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 脂肪組織から分泌され、血中に豊富に存在するアディポネクチンは肝臓に発現するアディポネクチン受容体を介して肝臓を構成する様々な細胞に作用します。肝細胞における新規脂肪合成を抑制し、脂肪酸β酸化を促進します。また筋肉に作用することでインスリン感受性を改善し、脂肪酸β酸化を亢進させることで血中脂肪酸を低下させます。これらにより脂肪肝の改善を促進します。肝臓のマクロファージであるクッパー細胞に働き、炎症性サイトカインであるTNF-α産生を抑制することで肝障害を軽減します。さらには肝線維化の中心的役割を果たす活性化した肝星細胞からのTGF-β1産生を抑制することで肝線維化をも抑制します(図)。これらの作用により脂肪肝、肝臓の炎症、肝線維化を抑制することで様々な慢性肝疾患の改善作用を有しているものと考えられます。現在肝疾患に対するアディポネクチンの作用に関して、基礎的、臨床的研究を進めています。

  1. Kamada Y, Matsumoto H, Tamura S, et al. Hypoadiponectinemia accelerates hepatic tumor formation in a nonalcoholic steatohepatitis mouse model. J Hepatol 2007;47:556-64
  2. Tamura S, Shimomura I. Conrtibution of adipose tissue and de novo lipogenesisis to nonalcoholic fatty liver. J Clin. Invest 115. 1139-1142. 2005
  3. Kamada Y, Tamura S, Kiso S, et al. Enhanced carbon tetrachloride-induced liver fibrosis in mice lacking adiponectin. Gastroenterology 125(6):1796-807. 2003
  4. Fukushima J, Kamada K, Matsumoto H, et al. Adiponectin prevents progression of steatohepatitis in mice by regulating oxidative stress and Kupffer cell phenotype polarization. Hepatol Res, 2009 in press.

肝細胞癌の分子標的治療の開発

 肝細胞は癌化することで細胞自体がtransforming growth factor-β(TGF-β)を産生します。私たちは、肝癌細胞は自ら産生するTGF-βからの増殖抑止(ブレーキ)がかからない状況にあること、そしてTGF-βは、肝癌の腫瘍血管の増殖、構築を促し、肝癌細胞自らが増殖しやすいように宿主の免疫能を下げていることを明らかにしました。一方、肝癌細胞においてはfarnesyl transferase活性が上昇しており、それによりRhoAの発現が亢進している肝癌は予後不良である事も明らかしました。これらの低分子量GTP結合蛋白質の機能発現には、メバロン酸代謝経路が関与することが知られています。Pamidronate等のビスフォスフォネート製剤は、メバロン酸代謝経路のファルネシルピロリン酸やゲラニルゲラニルピロリン酸の構造類似体として作用することにより、メバロン酸代謝経路を抑制すると報告されています。現在、Pamidronate等による肝癌細胞抑制作用を明らかにすることで、臨床への応用を目指しています(図)。

メバロン酸代謝経路におけるPamidronateの作用


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  1. Fukui K, Tamura S, Wada A, et al. Expression of Rab5a in hepatocellular carcinoma: Possible involvement in epidermal growth factor signaling. Hepatol Res 37; 957-965. 2007
  2. Wada A, Fukui K, Sawai Y, et al. Pamidronate induced anti-proliferative, apoptotic, and anti-migratory effects in hepatocellular carcinoma. J Hepatol. 44; 142-150. 2006
  3. Sawai Y, Tamura S, Fukui K, et al. Expression of ephrin-B1 in hepatocellular carcinoma: possible involvement in neovascularization. J Hepatol. 39(6):991-6. 2003