消化管研究室・消化器癌研究グループ

 消化管の癌ではその部位(臓器)により、選ぶべき治療法が異なっています。研究室では臓器別に症例検討プログラムを作り、各メンバーが診断・治療技術を向上させるとともに、より良い治療法の開発を求めて臨床研究を行っています。

 現在の癌治療にも限界や問題点があります。これらを踏まえ、より有効な癌予防・癌治療の開発を目指して、癌組織を構成する癌細胞と間葉系細胞の分子生物学的検討から分子標的治療や抗腫瘍免疫の強化につながるkey moleculeの探索を行っています。特に消化管は元来ひと繋がりの臓器群で癌にも共通した因子が多々あります。このため現在は日本人に多い胃と大腸の癌、消化管間葉系腫瘍(Gastro-Intestinal Stromal Tumor、GIST)をモデルとして研究を進めています。

胃癌

 1994年にWHOはHelicobacter pylori(H.pylori)をdefinite carcinogenに認定しました。我々は本菌の産生するアンモニアが胃の発癌プロモーターであることや、H.pyloriが胃に一酸化窒素(NO)産生やCOX-2を誘導し胃の発癌に寄与する事を明らかにしてきました(1)。またH.pylori感染に伴う皺襞肥大型胃炎は胃癌の高リスク因子ですが、これらの患者の背景胃粘膜ではE-カドヘリン遺伝子のメチル化が亢進している事を見出しました(2)。さらにH.pylori毒素のひとつCagAが胃粘膜上皮細胞にMusashi-1という因子を誘導し、これに伴い腸上皮化生に特有の遺伝子発現が誘導されることを見出しました(図)。これらの現象の幾つかはH. pylori除菌により治療可能と考えられ(1,2)(図)、胃癌制圧を考える上で重要な課題です。
癌に対する治療法は未だ十分ではありません。我々は癌細胞によく見られる表面抗原CD9に着目し研究を進めています。その結果、抗CD9抗体が癌細胞にp46Shcのチロシンリン酸化、JNK・p38 MAPKの活性化、caspase 3の活性化を引き起こし、アポトーシスを誘導することを見出しました。現在、抗CD9抗体による抗腫瘍効果の臨床応用を視野に入れ研究を進めています(3)。

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皺襞肥大型胃炎における胃癌発生機序の仮説


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  1. Tsuji S, Tsujii M, Murata H, et al. Helicobacter pylori eradication to prevent gastric cancer: underlying molecular and cellular mechanisms (Review). World J Gastroenteroloy 12:1671-80, 2006
  2. Nishibayashi H, Kanayama S, Kiyohara T, et al. Helicobacter pylori-induced enlarged-fold gastritis is associated with increased mutagenicity of gastric juice, increased oxidative DNA damage, and an increased risk of gastric carcinoma. J Gastroenterol Hepatol. 18:1384-1391, 2003.
  3. Murayama Y, Miyagawa J, Oritani K, et al. CD9-mediated activation of the p46 Shc isoform leads to apoptosis in cancer cells. J Cell Sci. 117:3379-3388. 2004

大腸癌

大腸発癌には環境因子が重要な働きをしており、予防可能な疾患の一つと考えられています。癌の予防法としては、食生活の改善や運動などが考案され、検討されていますが、近年薬剤などを用いて積極的に病気の予防を行う化学予防(chemoprevention)が注目されています。我々は大腸癌や胃癌においてプロスタグランディン合成過程の律速酵素の一つであるcyclooxygenase-2が高発現していることを見出し、その特異的阻害剤が、癌の増殖・浸潤転移・アポトーシス抵抗性・血管新生などを抑制することから、COX-2を標的分子とした癌の化学予防の可能性を明らかにしてきました(1)(図)。現在、進行癌の治療において、抗癌剤治療と併用した際のCOX-2阻害剤の抗腫瘍効果増強機構を明らかにし、より有効な治療法の探索を行っています(2)。また、アディポサイトカインなど、その他の発癌に関わる機構に関しても検討を行っています。特に近年、発癌過程での重要性が注目されているエピジェネティックな因子に関しても、病態における発生機構の解明から、癌の予防・治療につながる研究を行っています。

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  1. Tsujii M, Kawano S, Tsuji S, et al. Cyclooxygenase regulates angiogenesis induced by colon cancer cells. Cell 93: 705-716, 1998
  2. Yasumaru M, Tsuji S, Tsujii M, et al. Inhibition of angiotensin II activity enhanced the antitumor effect of cyclooxygenase-2 inhibitors via insulin-like growth factor I receptor pathway. Cancer Res.63:6726-6734, 2003

消化管間葉系腫瘍(Gastro-intestinal Stromal Tumor, GIST)

 Gastrointestinal stromal tumor(GIST)は消化管間質系腫瘍の中で最も頻度の高い腫瘍で、KIT遺伝子あるいはplatelet-derived growth factor(PDGF)受容体α遺伝子(PDGFRA)の機能獲得性変異が高率に存在します(1-3)。現在、KIT蛋白やPDGFレセプターのチロシンキナーゼ活性を抑制するメチル酸イマチニブ(商品名グリベック)が進行GISTに対する分子標的治療薬として広く利用されており、KITやPDGFRA遺伝子変異の部位はイマチニブの効果と関連し、またKITやPDGFRA遺伝子の新たな変異がイマチニブの二次耐性に関与することが示されています(4)。今後、GIST原発巣あるいは転移巣から穿刺生検などによって得られた検体の遺伝子変異解析(5)によってイマチニブの効果予測ができる可能性を検索し、またメシル酸イマチニブと他のキナーゼ阻害剤やシグナル遮断剤の併用検討を行いたいと考えております。

  1. Nakahara M., K. Isozaki, S. Hirota, et al. A novel gain-of-function mutation of c-kit gene in gastrointestinal stromal tumors. Gastroenterology 115:1090-1095. 1998.
  2. H. Chen, Isozaki K, Kinoshita K, et al. Imatinib inhibits various types of activating mutant kit found in gastrointestinal stromal tumors. Int J Cancer. 105:130-5. 2003
  3. Kinoshita K, Isozaki,S. Tsutsui,S. et al. Endoscopic ultrasonography-guided fine needle aspiration biopsy in follow-up patients with gastrointestinal stromal tumours. Eur. J. Gastroenterol. Hepatol. 15:1189-1193. 2003.