消化管研究室・炎症性腸疾患グループ
潰瘍性大腸炎、クローン病に代表される炎症性腸疾患は、難治性で未だに原因不明の腸管に障害をきたす疾患です。私たちのグループでは、以下のテーマを中心に臨床・基礎研究を進めています。
患者さんからの検体あるいは動物モデルで得られた材料を用いて自然免疫系・獲得免疫系の免疫学的側面(図)から炎症性腸疾患の研究をすすめ、新たな治療法の開発を目指しています。
粘膜免疫システム (CMIS:Common Mucosal Immune System)

免疫グロブリン糖鎖異常をターゲットとした炎症性腸疾患の新しいバイオマーカーの開発
免疫グロブリンは、消化管に入ってくる抗原から我々の体を守る働きをしています。我々は、炎症性腸疾患(IBD)患者、特にクローン病患者において、免疫グロブリンのうちのIgGに付着する糖鎖のうちフコシル化糖鎖の末端ガラクトースが欠損していることを明らかにしました。すなわち、IgGから糖鎖を切り出してHPLCにて解析すると、健常者ではガラクトースを欠損したフコシル化糖鎖(G0F)よりもガラクトース欠損のない糖鎖(G2F)よりも通常多いのですが、クローン病患者ではこのパターンが逆になります。従来、パン酵母のマンナンに対する抗体であるASCAがクローン病のマーカーとして最も高い有用性が報告されていますが、私たちの検討では、G0F/G2F比はASCAよりもクローン病患者さんの診断において優れた疾患マーカーであるということを見出しました(図1)。IgGの糖鎖変化について、IBDの病態との関係について、動物モデルやヒト検体を用いた研究をすすめ、さらに汎用性検査方法の開発を進めています(1-4)。さらに、粘膜免疫系における重要な免疫グロブリンであるIgAにおいても健常者に比べ、IBD患者、特にクローン病患者においてO-結合型糖鎖のN-AcetylGalactosamine(GalNAc)付加の低下が認められ、IgA糖鎖の変化もIBDの新たなバイオマーカーとなりうることが明らかとなりました(図2)(5)。現在、免疫グロブリン糖鎖異常の炎症性腸疾患の病態との関わりについて、さらに詳細に解析を進めています。
図1 IgGのN結合型糖鎖はIBDのバイオマーカーとなる

図2 IgAのO-結合型糖鎖はIBDのバイオマーカーとなる

- Shinzaki S, et al. Altered Oligosaccharide Structures Reduce Colitis Induction in Mice Defective in beta-1,4-Galactosyltransferase. Gastroenterology 2012; 142(5): 1172-82.
- Shinzaki S, et al. Lectin-based immunoassay for aberrant IgG glycosylation as the biomarker for Crohn's disease. Inflamm Bowel Dis 2012 in press
- Nakajima S, et al. Functional analysis of agalactosyl IgG in inflammatory bowel disease patients. Inflamm Bowel Dis 2011; 17(4): 927-36.
- Shinzaki S, et al. IgG oligosaccharide alterations are a novel diagnostic marker for disease activity and the clinical course of inflammatory bowel disease. Am J Gastroenterol 2008; 103(5): 1173-81.
- Inoue T, et al. Deficiency of N-acetylgalactosamine in O-linked oligosaccharides of IgA is a novel biologic marker for Crohn's disease. Inflamm Bowel Dis 2012; 18(9): 1723-34.
免疫寛容誘導による炎症性腸疾患の治療法の開発
私たちの体には、体と接触する多数の抗原に対して過剰に免疫反応を起こさない仕組みが備わっています。この免疫寛容というシステムがありますが、長期間、ある程度の量の抗原に暴露されていると、多くの場合に抗原に対して過剰に反応しなくなることが知られ、これを免疫寛容と呼んでいます。健康な腸では通常の食事性抗原や正常な腸内細菌に対する免疫寛容が維持されていますが、炎症性腸疾患患者においては免疫寛容が破綻していると考えられています(図)。免疫寛容の誘導に、Gene Related to Anergy in Lymphocytes (GRAIL)などのユビキチン・リガーゼが重要な役割を果たしていることが報告されています。私たちは、潰瘍性大腸炎患者さんのうち寛解状態を保っている患者さんにおいてこれらのユビキチン・リガーゼの発現が高いことを報告し、病態との関連が認められることを報告しました(1)。現在、クローン病を含めた炎症性腸疾患における病態との関連、マウスの炎症性腸疾患モデルを用いた検討をつづけており、新しい免疫寛容誘導というコンセプトに基づく炎症性腸疾患治療法の開発を目指しています。
さらに、免疫寛容の誘導には腸管免疫誘導組織であるパイエル板の制御が重要であると考えられます。パイエル板内にはAlcaligenes属の菌種が共生していますが(2)、ヒトのパイエル板の解析や動物モデルを用いた検討によりさらにパイエル板を含めた粘膜免疫系と腸管炎症の関わりについて解明を進めています。
免疫寛容の破綻が炎症性腸疾患(IBD)の成立に重要である

- Egawa, S., et al. Upregulation of GRAIL is Associated with Remission of Ulcerative Colitis. Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol 2008; 295(1): G163-G169.
- Obata T, et al. Indigenous opportunistic bacteria inhabit mammalian gut-associated lymphoid tissues and share a mucosal antibody-mediated symbiosis. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010; 107(16): 7419-24.
炎症性腸疾患患者における骨代謝異常の病態解明
炎症性腸疾患患者において、高率に骨密度の低下が見られることが報告されていますが、その原因は不明です。私たちの検討でも、クローン病および潰瘍性大腸炎の患者さんに骨密度の低下が見られています(図、1)。骨密度の低下には、栄養の吸収障害、ステロイドの使用、カルシウム/ビタミンDの吸収不良、疾患活動性/炎症性サイトカインの増加などが関連していると考えられていますが、骨密度低下の原因をさらに探るとともに、炎症性腸疾患患者さんの病態に合った骨密度低下の予防・治療法を検討しております。
炎症性腸疾患患者における骨密度の比較

- Nakajima S, et al. Association of vitamin K deficiency with bone metabolism and clinical disease activity in inflammatory bowel disease. Nutrition. 2011; 27: 1023-8.
- Iijima H, et al. The Importance of Vitamins D and K in Inflammatory Bowel Disease. Current Opinion in Clinical Nutrition and Metabolic Care.2012 in press
生物学的製剤を用いたIBD治療、小腸内視鏡を用いたIBD検査、治療
近年、IBDの治療にTNF(tumor necrosis factor)-αをターゲットとした抗体療法(生物学的製剤)が行われるようになり、IBDの治療を大きく変えました。しかし、生物学的製剤の効果が不十分な患者さんがおられるのも事実であり、生物学的製剤の有効性を予測する臨床マーカー(バイオマーカー)が必要です。前述のIgGやIgAの糖鎖解析は生物学的製剤の有効性予測に有用であるという結果を得ており、さらに多数例での解析を進めています。
IBDのうち、クローン病は小腸にも炎症や狭窄をきたす病気ですが、従来小腸は口からも肛門からも遠く、評価が難しい臓器でした。近年、バルーン内視鏡やカプセル内視鏡が開発され(図)、十分な小腸病変の評価ができるようになってきました。私たちのダブルバルーン内視鏡の集計では1444件の検査のうち10.5%をクローン病患者が占めていました。また、クローン病に合併した小腸狭窄病変についてはダブルバルーン内視鏡下のバルーン拡張術を行い、手術を回避できる症例も増加しています。
小腸内視鏡検査法

- Kondo J, et al. Roles of double-balloon endoscopy in the diagnosis and treatment of Crohn's disease: a multicenter experience. J Gastroenterol. 2010; 45(7): 713-20.