内耳と難聴の研究

私たちは、内耳蝸牛に係る研究として、❶感覚上皮帯のナノ振動、生体電池の仕組み、の2つを進めています。

❶感覚上皮帯のナノ振動

【研究の概略】

内耳蝸牛には「感覚上皮帯」と呼ばれる重要な細胞シート層が備わっています。感覚上皮帯は、センサである有毛細胞、支持細胞、そしてコラーゲンが主成分の膜状の細胞外基質(基底板)からなります (図1)。ここで、音伝達の仕組みを簡単にご紹介します。まず、音刺激により、細胞外基質が振動を受け、感覚上皮帯全体が揺れます。次に、有毛細胞の感覚毛が屈曲し、その頂部にあるイオンチャネルが開きます。すると、感覚毛が接する内リンパ液に豊富にあるK+がチャネルを通って有毛細胞に流入し、細胞を電気興奮させます。すなわち、この過程で、“音の機械的(物理的)刺激が電気信号に変換”されることになります。蝸牛の詳しい仕組みは、内耳蝸牛の仕組みと働 のコーナーをご覧ください。

図1 感覚上皮帯

私たちの聴覚は、小さい音ほど強く増幅して効率よく捉える一方で、大きい音を鈍く感知します。この特徴を支える主要な要因が、感覚上皮帯の振動様式です。図2は、様々な大きさの音を動物に入力した時の上皮帯振動の揺れ幅を表しています。上述した特徴が良くわかります。これは、「非線形的な増幅反応」と呼ばれ、動物が死んでしまうと消失します。さらに注目したいのは、上皮帯振動が極めて微小であることです。 図2に見られるように、最小で約0.1ナノメートル(1ミリの1,000万分の1)、最大でも10ナノメートルです。この差を計算すると、100倍になります。 わたしたちは、3メートル先の蚊の羽音から直近の飛行機のジェットエンジン音を聴くことができますが、これは音の圧力差としては100万倍に相当します。 これが、たった100倍の感覚上皮帯の振動に置き換えられているのです。この広いダイナミックレンジは、すでに述べた非線形的な増幅の結果に他ならないのです。 また、この特徴ある増幅機構によって、わたしたちの鋭い周波数弁別能も成り立っています。

図2 感覚上皮帯の振動

有毛細胞には内有毛細胞と外有毛細胞があります。蝸牛から分離した外有毛細胞は、人工的に電気興奮させると短縮することが知られています。音刺激下では伸縮運動となりますが、その力が上皮帯振動の非線形的な増幅反応の原因とされています。しかし、生体内でどのように働いているか、また、どのように支持細胞や細胞外基質の振動と共役しているかは、十分に明らかではありません。 私たちのグループは、この重要課題に挑戦しています。感覚上皮帯のナノ振動の計測には、「光の干渉」を使う必要があります。 私たちは、新潟大学の工学部の研究者と協働し、独自のレーザ干渉計(成果2)や光エコー(Optical Coherence Tomography:OCT)を創り(成果3-6)(機器説明のページ )、特徴ある感覚上皮帯の振動の成立メカニズムを探っています。また、上皮帯振動の障害と難聴の関係の研究も開始しました。

 

本プロジェクトは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)のCREST研究「メカノバイオロジー」の支援を受けて推進し、2021年からはAMED-CREST「マルチセンシング」の助成を受けてさらに展開させています。

【実験手法】

装置やプログラムを、ほぼ全て自作しています。外見などは、計測機器のページをご覧ください。

⑴ レーザ干渉計(Dual SPM):感覚上皮帯の振動を高精度に測定することができます。ただ、一点のみの情報取得に限ります。私たちの干渉計は、大部分の市販品では捉えることのできないパラメータを追うことができます。 詳しくは成果2をご覧ください。

⑵ Spectral Domain (SD) OCT:Thorlabs社のGANYMEDEを独自に大改造した装置です。z軸方向に撮像と振動の取得が可能です。

(3)en-face  OCT:xy軸(平面)方向に一括同時撮像(en-face:アンファス)しながら、振動を計測できる優れものです。z軸方向にスキャンすれば立体構築も可能です。新潟大学工学部の崔 森悦が開発しました。詳しくは成果3をご覧ください。


研究機器

この研究に関する主な成果

(1) Nin F*#, Choi S*, Ota T, Qi Z, Hibino H (2021). Optimization of spectral-domain optical coherence tomography with a supercontinuum source for in-vivo motion detection of low reflective outer hair cells in guinea pig cochleae. Optical Review 28, 239–254. [*: equal contributors, #: corresponding author]

(2) Ota T#, Nin F#*, Choi S, Muramatsu S, Sawamura S, Ogata G, Sato MP, Doi Kat., Doi Ken., Tsuji T, Kawano S, Reichenbach T, Hibino H (2020). Characterisation of the static offset in the travelling wave in the cochlear basal turn. Pflügers Archiv - European Journal of Physiology 472, 625-635. [#: equal contributors][*: corresponding authors].

(3) Choi S, Nin F, Ota T, Sato K, Muramatsu S, Hibino H (2019). In vivo tomographic visualization of intracochlear vibration using a supercontinuum multifrequency-swept optical coherence microscope. Biomedical Optics Express 10(7), 3317-3342.

(4) Choi S, Sato K, Ota T, Nin F, Muramatsu S, Hibino H (2017). Multifrequency swept optical coherence tomographic vibrometry in biological tissues. Biomed Opt Express 8(2)608-621.

(5) Choi S#, Maruyama Y, Suzuki T, Nin F, Hibino H, Sasaki O (2015). Wide-field heterodyne interferometric vibrometry for two-dimensional surface vibration measurement. Opt Commun 356C:343-349.

(6) Choi S#, Watanabe T, Suzuki T, Nin F, Hibino H, Sasaki O (2015). Multifrequency swept common-path en-face OCT for wide-field measurement of interior surface vibrations in thick biological tissues. Opt Express 23(16):21078-21089.

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