大阪大学大学院医学系研究科先端分子治療学Department of Advanced Molecular Therapy, Osaka University Graduate School of Medicine.

大阪大学大学院医学系研究科

研究テーマ

新規の心不全疾患を探索するため、5種類の心不全モデルを作成し心肥大期から心不全期にかけて共通して変化する遺伝子を網羅的に探索した結果ペリオスチン遺伝子の全長にたどり着きました。この遺伝子は全長以外にもエクソンの脱落するスプライシングバリアント(AS)が存在していました。長年の研究の結果、ASには生理的役割を担うものと病気の時に発現し病態を悪化や改善させるものがあることが分かりました。我々は病的ASに標的を当てて様々な難治性疾患の治療法を開発しています。

ぺリオスチン(PNs)を標的とした新規治療法の開発

心不全

心不全期に過剰発現するPN1蛋白がリモデリングを誘導する作用を有しており、その抑制によって心不全のリモデリングを抑制できることを確認しました(Circ.2004)。さらにAng IIや機械的伸展にて線維芽細胞からPNsが分泌され、ARBにて部分的に抑制できることを確認しています(Hypertens.2007)。PN1の中和抗体を独自に作成し急性心筋梗塞の翌日から投与し、2か月後に梗塞サイズの縮小化を伴って心機能を著明に改善することを確認しました。(Hypertrns.2016)急性心筋梗塞翌日から、中和抗体を静脈内投与(1回/週x 2)することで慢性期の心不全発生を安全に抑制することができるので、臨床応用に適していると考えています。(PCT承認済み)

我々は独自に昆虫細胞SF-9にバキュロウイルスベクターを用いてヒトPN1-4のスプライシングンバリアントの蛋白質を精製し。すでにPN2で報告されていた細胞接着作用を線維芽細胞を用いて比較検討したところ陽性コントロールのfibronectin (FN)や陰性コントロールのalbmin(BSA)、無刺激のコントロール(NT)に比してPN1やPN3には細胞接着阻害作用があり、PN2には細胞接着作用があること、PN4は細胞接着も阻害作用もないことを報告しました(Hypertrns.2016)。この様にある遺伝子のすべてのスプライシングバリアントの蛋白質の機能を同時に比較した論文は非常に少なく意義が高いと考えています。(下図)。

PN2には血管新生作用などの臓器保護効果があり、PN4には心破裂抑制効果ある上に生理的発現が非常に強いためPN2/4を抑制せずに、選択的にPN1/3のみを抑制する我々の中和抗体は合理的でかつ安全と考えられます。また、興味深いことにPN1中和抗体では心筋梗塞後の心筋細胞壊死が著明に抑制されておりました。この機序として足場依存性である心筋細胞の接着を阻害することによって細胞壊死を誘導していることを報告しました(Hypertrns.2016)。PN1中和抗体の亜急性期の投与が、急性心筋梗塞症例の慢性期の心不全発症を防ぐ機序の一旦を解明できたと考えております。責任血管の再疎通の有無にかかわらず急性心筋梗塞後に投与するだけで世界中の急性心筋梗塞患者さんの慢性期の心不全発症抑制が可能であり予後を改善します。さらに、将来の心不全治療にかかるはずたった医療費の削減は各国で膨張する医療費の軽減につながると考えています。一方、心臓でのPNの新しい機能も見出し、そのメカニズムを解析しています。(論文準備中)また、下記に示すようにPNは様々な難治性の慢性炎症性疾患の維持・悪循環に関わっており、これを安全に効果的に抑制することは難病で苦しむ世界中の患者さんにとって有益であると確信しています。下記以外にも重症アトピー性皮膚炎、喘息、特発性間質性肺炎の病態にも深く関わっていることが報告されています。

上図に示すように急性心筋梗塞になると、梗塞巣周辺の筋線維芽細胞から過剰発現されるPN1は組織のリモデリングを促進し、慢性期に心不全を発症させます。一方、PN1中和抗体で急性期治療すると慢性期に梗塞サイズを縮小させ心不全の発症を抑制します。心不全の発症抑制は患者さんのQOLや予後を改善するだけでなく、心不全悪化に伴うCCUでの高額な医療や救急チームの多大なマンパワーの消費を抑制することも期待しています。

動脈瘤

我々は様々な動脈瘤のモデルを作成し、その成因を解析することでぺリオスチンが形成過程の血管で過剰発現することを突き止め、PNKOマウスを用いてその作用機序の解析を進めています。昨年のAHAでPNKOマウスではマウスの動脈瘤の形成を有意に改善する作用があることを報告しました。今後もPNと臨床における様々な血管疾患の血管炎症・リモデリングという観点からその作用機序を解明していく予定です。(未発表)

難治性悪性腫瘍

各種難治性の癌細胞を用いて原発巣の増殖や転移のメカニズムを解析しており、独自の中和抗体を用いて乳癌転移の新規治療法を開発しました(Int J Mol Med 2011)(PCT承認済み)。PNはwntを介して乳癌幹細胞の維持に重要な役割を持ち、PN抑制により乳癌幹細胞の転移が著明に抑制されることが海外(Nature.2011)からも報告されその重要性が明らかになりました。PNの各々もバリアントがどのような機序で癌の増殖・転移に関わっているかを報告しました。(Cells 2021, Cancers 2021)

一方、癌殺傷効果の強い抗がん剤はこれまでに多数開発されてきましたが化学療法抵抗性を示す症例も少なからず存在し大きな問題となっています。この機序として上皮間葉転換が考えられていることから1036人の悪性腫瘍症例のサンプルを用いて間葉系マーカーと最も強く相関する因子を網羅的に探索したところペリオスチン(POSTN)であることがわかりました(上図)(Sci Rep. 2018)。悪性腫瘍の中でも特に乳癌で3つの標的受容体のないトリプルネガティブ乳癌の予後と強い相関を持つ事がわかりました。さらに研究の結果、化学療法によって癌細胞を殺傷する際にこの攻撃をエスケープするため癌細胞はペリオスチンを分泌して上皮間葉転換し、癌幹細胞になることが分かりました。

そこで、乳癌によく用いられるパクリタキセルという化学療法を用いる化学療法抵抗性モデルに病的ペリオスチン特異的中和抗体を用いると下記のグラフのように化学療法抵抗性をほぼ消失させることを解明しました。

この時、緑の点線でかこまれた時期で原発巣をFACSで解析すると癌幹細胞マーカーであるCD44highCD24lowの細胞数が化学療法によって増大し、病的ペリオスチン中和抗体で著明に抑制されていることがわかりました(下図)。

病的ペリオスチンは上記に示すように、癌細胞増殖、癌微小環境形成、骨髄由来細胞の集積を誘導し、上皮間葉転換、他臓器転移引き起こすことがわかってきました。

上図に成体・健常マウスのPOSTNの主要な4つスプライシング・バリアントの遺伝子発現を示します。POSTNのエクソン17と21が共に脱落したPN4が病的POSTN(PN1-3)より1000-10000倍強く発現しており、生理的POSTN(PN4)と考えており、生体の恒常性維持や損傷部位の修復などに貢献していると考えられます。

さらに、臓器内のペリオスチンの発現部位を確認するためにペリオスチン遺伝子発現部位が発光するマウス(Postn-tdTomato lineage tracing mice)を用いた組織解析によって詳細な発現部位を明らかにしました。

一方、乳癌の腫瘍部位では病的POSTNが発現し対側の健常側ではPN4のみが発現されおり、病的POSTNのみを標的にすることによって安全で効果的に治療することができると考えています。
(Kanemoto et al. 2024 Biomolecules.)

上段左に示すように間質でのエクソン17を含む病的POSTN(PN1+3)を消去(17KO)すると乳癌原発巣は抑制されますが、下段左にあるように生理的POSTN(PN4)を含むすべてのPOSTNを消去(POSTN(1-4)KO)すると他のグループの報告(BBRC. 2008; 肉腫、悪性黒色腫、肺癌)と同様に乳癌原発巣は逆に増大します。正常組織での乳癌の浸潤・増殖を抑制するためにPN4による線維性被膜形成で癌を包み込む生体防御反応を抑制すべきではないことが再現されました。ただ、肺転移関しては両方とも著明な抑制効果がありました。(上段中、下段中)また、乳癌の病的POSTNをexon 17 skipping oligoを核酸導入にて消去すると上段右のように著明な肺転移抑制を示します。

上記の結果から、間質と癌の両方の病的POSTNを抑制する意義が示唆されており、病的POSTN中和抗体を投与することで上図に示すようにヒト乳癌細胞移植モデルの原発巣及び肺転移巣の著明な抑制効果を表わすことができるのです。
(Shibata et al. 2024 Cells)

上図にヒト舌癌細胞をマウスに移植したXenograft model原発巣を示します。黄色の矢印は病理学的に診断した舌癌細胞です。癌微小環境(tumor microenvironment: TME)の全POSTNmRNAをRNAscope(左図左側上下)で染色し、病的POSTN1-2mRNAをBaseScope(左図右側上下)で染色しています(in situ hybridizationの改良)。右図にシェーマで表すと、癌を取り囲むTME 間質のがん関連線維芽細胞(CAF)から病的ペリオスチンが分泌され癌細胞の生存シグナルAktのリン酸化を介して化学療法抵抗性を誘導していることを報告しました。化学療法(CDDP)はCAFに蓄積されTGF-βを介してPOSTNを分泌させるため、CDDPによるAktリン酸化抑制がキャンセルされて化学療法抵抗性を誘導します。病的ペリオスチン中和抗体で病的POSTNを抑制することで化学療法抵抗性を解除できると考えております。
(Ikebe et al. 2024 Cells)

膵管腺がん(PDAC)マウスモデルの原発巣をRNAシークエンスにて解析し病的POSTNを発現している細胞を特定しました。

上図に示すように主に、線維芽細胞と平滑筋細胞由来であり、一部内皮細胞や僅かに腫瘍細胞由来を認めました。

NCBI Reference Sequence を用いてPOSTNおよびHSPA1Aタンパク質の構造を解析しました。エクソン21のあるPN2-1(左上/左図)とないPN4-1(左上/右図)は大きな立体構造に変化があり、PN2-1はPN4-1と異なりHSP70ファミリーのHSPA1A(白色)を包みように結合する(右上/左図)ことが予想されました。病的POSTN(PN2-1)はHSP70と結合し化学療法(ゲムシタビン)抵抗性機能を促進させるため、POSTN exon 21 抗体はその化学療法抵抗性を解除すると考えられます。
(Tsunetoshi et al. Int J Mol Sci. 2024)

脳梗塞

PNsは心筋梗塞時の心臓で発現する一方で、PN2を追加投与することによって心筋再生が可能であることが報告され米国で臨床研究が行われています。我々はPN2を脳梗塞マウスモデルに投与し梗塞サイズの縮小作用を持つことを明らかにしました(Stroke 2012)。その機序としてPN2の神経細胞への保護効果を確認しており、PN1にはその保護効果がないことも確認しています。興味深いことに臓器保護の観点からPN2を投与する手法を脳梗塞で、PN1を抑制する手法を心筋梗塞で確認しました。PNのスプライシング・バリアントであるPN1とPN2は基本的には同じ作用があると考えられますが、どのような点で異なるのか解析中です。またPN2の神経幹細胞へ遊走促進作用を解析しています。

変形性膝関節症(OA)

大阪大学整形外科教室・椚座先生との共同研究により、臨床での変形性膝関節サンプルを用いてメカニカルストレスによる障害度に応じて軟骨組織やその下の骨組織で分泌されたPN1がNFk-Bを介してIL-6, IL-8やMMP-1/3/13を促進し膝の変形を誘導することを報告しました。(BMC Musculoskeletal Disorders, 2015)ペリオスチンの抑制により膝の変形を抑制できる可能性が示唆されました。

糖尿病性網膜症

九州大学眼科教室との共同研究によって、PN1中和抗体がマウス糖尿病性網膜症モデルの病的血管新生を抑制することを報告しました。(Exp Eye Res. 2016)九州大学眼科教室では、糖尿病性網膜症症例の異常網膜にあり、正常網膜にない遺伝子を網羅的に解析した上で最も異常網膜に偏って共発現している遺伝子がペリオスチンであること、既に治療標的となっているVEGF発現群とペリオスチン発現群が異なることを臨床研究ですでに報告されております(Invest Ophthalmol Vis Sci. 2016)。既存の治療薬で改善できない、あるいは耐性がでてきた症例にPN1中和抗体の投与により改善される可能性が示唆されました。

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