留学で自分を高めることができました。
2012年2月から2013年4月までLaboratório de Pneumologia LIM–09, Disciplina de Pneumologia, Faculdade de Medicina da Universidade de São Pauloに研究留学させていただきました。留学の経緯や留学で得られたことなどを書いてみたいと思います。
2003年(平成15年)に卒業後、急性呼吸不全、中でもARDS (急性呼吸促迫症候群)とそれに対する人工呼吸管理の奥深さの虜になると同時にその治療の難しさや死亡率の高さを実感していました。この現状を何とか打破したいという思いが、この研究を始めようと思ったきっかけでした。大阪府立呼吸器アレルギー医療センターの石原英樹先生いわく「この研究をしているところは大阪大学の集中治療部しかない」ということで藤野裕士先生にご紹介頂き、2009年4月から麻酔・集中治療医学講座での大学院生活を始めました。当初は、実験モデルがうまく安定せずに非常に苦労しましたが、悩んだ時にはいつも藤野裕士先生及び内山昭則先生からの適切なアドバイスがあったからここまでやってこられたと思います。
藤野裕士先生がHarvard大学に留学されていた時からの知り合いで、São Paulo大学のDr. Marcelo AmatoというARDS/人工呼吸管理の分野で世界的な権威の先生がおられます。Dr. AmatoはARDSに対する低一回換気量法を提唱し、唯一ARDSの死亡率を低下させた人工呼吸管理法として全世界で認知されています(N Engl J Med 1998; 338: 347)。日本で開かれた学会に招聘され、その時に藤野裕士先生に初めて紹介していただき留学が決まりました。大阪で会食していた時のことでこの夜は興奮してなかなか寝付けなかったことを覚えています。
2012年渡伯した時、大阪大学では大学院生3年生でした。Sandwich programという制度でサンパウロ大学でも大学院生としてLaboratório de Pneumologia LIM–09, Disciplina de Pneumologiaに所属し研究を開始しました。院生は私を含め10名おり、それ以外にペルーからの留学生やドイツLeipzig大学からの留学生もいました。実験は豚のARDSモデルを作成し、CT及びEIT (electrical impedance tomography)といった最新画像分析装置を用いて実験を行います。EIT装置はDr. Amatoが開発されたもので、胸部に32極の電極ベルトを巻いて小さな電流を流し電圧の変化を記録することで、放射線被爆なしにベッドサイドで肺の換気分布を呼吸毎に解析できる画期的な装置です。
幸運なことに、研究テーマは大阪大学で行っていた「人工呼吸管理中に自発呼吸が傷害肺に与える影響」を引き続き行わせていただきました。2012年4月18日、私の実験ノートにこう書いてあります、大発見!! この日はおそらく一生忘れることがないでしょう、Dr. Amato含めラボの仲間と大歓声をあげて新しい発見に驚いた日でした。肺内局所の空気の動きをreal timeに捉えることは今まで不可能でしたが、今回EITを用いることで、ARDSの人工呼吸管理中に自発呼吸を温存すると横隔膜の収縮と同時に腹側肺がdeflateし背側肺へ空気が移動するというPendelluft現象を発見したのです。これは従来の肺生理学からは想像できない全く新しい発見でした。ARDSに対する人工呼吸管理は上述の通り、低一回換気量法という肺保護換気戦略を行い、一回換気量は6ml/kgに制限します。しかし、自発呼吸を温存すると、たとえ一回換気量を制限していたとしても、Pendelluft現象のために局所的に(背側肺領域)が過伸展されることが明らかになり、結果Am J Respir Crit Care Medという権威ある雑誌にpublishできました。
研究生活に関してですが、毎週金曜日は実験室の清掃が入るために、実際に実験できる日は週4日しかありません。まず、この限られた実験日をいかに自分のものにするかに大変な労力を注ぎました。また豚を使った実験は、非常に大掛かりで一回の実験には最低4~5人は必要です。朝8時から開始すると、まず気管切開、各種ライン確保、EITや測定機器のセットアップなどの準備に11時までかかります。次に、ARDSモデル作成が終了するのは16時、そこからCT室に大移動が始まり、実際CT室で実験が開始できるのは17時頃からになります。結局実験が終了するのは2~3時になります。翌日、その結果をまとめて、discussionというのが一連の流れです。Dr. Amatoは決して結論を急ぎません、得られた結果は必ず多角的に検証し、確信が持てるまで追求していきます。こうした結果に対する考察の仕方はこの留学中で最も勉強になったもので、私の研究に対する考え方に非常に大きな影響を与えました。
今までに偉業を成し遂げた人のところにこれから何かを成し遂げよう/成し遂げたいと思っている人達が世界中から集まると、こんなにupliftingな雰囲気になるのだということを実感できましたし、そんな環境で研究ができたこと、世界とつながれたことは一生の財産になると思います。何のために我々は留学するのか、これが私の結論です。異文化間コミュニケーションをしに行くのではありません、異国で自分の信念/意思を通し、同じ目標を持った研究者と切磋琢磨し自分を高めるために行くのです。
これは、論文がacceptされた時のDr. Amatoからのメールです。このメールで私の留学中の苦労はすべて報われました。
この留学の機会を与えていただき、また最初から最後まで全面的にサポートしていただきました藤野裕士先生に感謝申し上げます。決して多くない人員の中、私の最もしたい研究 (そしてこれからもこれは変わらないでしょう)に専念させて頂いた事に大変感謝いたします。またこれから研究/留学を考えている先生方にこの体験記を読んで頂き、少しでも頑張ろう、やってやろうという気持ちになっていただければ幸いです。