ネットによる公開討論会”独創的研究とは”

平成12年9月8日ー12月31日(開催期間延長しました)

参加者:研究の専門領域を問いません。学部学生、大学院生、一般の研究者など、学問研究に従事しておられる全ての方。若い方の積極的な参加を期待しています。免疫学会会員以外の方からの参加も大いに歓迎いたします。

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16)淀井淳司、独創性についての独言、(2000/12/24)

私がウイルス研究所に憧れを持ったきっかけは、設立の中心人物の一人であった天野重安という学者の名前を、幼い小中学生時代から 医院開業の傍ら阪大医学部病理学教室に通っていた父から〔京都大学の天野先生〕として聞かされていたことに尽きる。本年12月21日 抗がん剤使用を好まず、自家リンパ球移入による免疫療法を受けつつなだらかな経過で逝かれた市川康夫先生は、天野門下の俊秀の一人であった。1970年初頭 私がT細胞特異抗体を作製する指導を求めて研修医の傍らウイルス研究所に通っていた当時、市川先生はイスラエルのレオ・ザックス博士の下から帰国し、ウイルス研究所の助教授としてM1細胞の有名な仕事を展開しておられた。我が国の分子生物学を推進された故沼正作先生や、私事に亘るが学園紛争の荒廃した大学にあってStudent Apathy などのソフトな精神医学を進めた 叔父の笠原嘉などは 市川先生の同級生であり、私の出自に近い大阪南の桃山学院という非進学校から京大医学部に進まれた事もあり、言わば片思いのような親近感を抱いていたことを思い出す。

《独創性》と大上段に構えて議論する材料は持たないが、後に岸本・平野グループのIL6の研究にもM1細胞が貢献したことにも象徴されるように、液性因子[当時 DFactorと呼ばれた]によってマクロファージと好中球の2方向性に分化する細胞株はサイトカイン学黎明期のまさしく独創的研究であった。メトカーフ博士や恩師であるレオ・ザックス博士達との熾烈な研究競争の中、師弟の間でも細胞の名称を巡ってコンフリクトがあったように聞くが、市川先生のInitiatorとしての評価は我が国に生まれた独創的研究として銘記されてよいと思う。

この公開討論会<独創的な研究とは>に 石坂公成先生が意見を出されているが、真の独創性を忌避する日本の風土はそれ自体が研究対象になるべきことの様にも思われる。 「我々のなすべき事の一つは、自説を他の研究者にconvinceさせることである。」;この際の自説は 世界の趨勢の受け売りであっては困るわけで、先の見えた仕事ばかりでは 日本のIT産業と同じで海外の世界標準に乗って生きようとすることに他ならないとも思われる。

私がこの10年間手掛けているレドックス生命科学の領域は、成人T細胞白血病[ATL]のトランスフォーメーション機構の解析の中、活性化抗原としてcDNAクローニングしたIL-2Ra鎖に異常がなく、サイトカイン・レセプターを介するAutocrine/Paracrineのパラダイムでの説明が困難である事から見い出したADFの解析から展開したものである。ADFの実体は既知のサイトカインの複合効果との批判なども一時はあったが、その後我々のみならず多くの研究者によってチオレドキシン・ファミリーとその標的分子群による細胞外・細胞内での多彩な働きが確認されてきた。近ごろでは、Redox-Sensitive Transcription Factorsといった用語も好んで使われるようになり、レドックス・ストレスシグナルの領域は確立されつつあると思われる。ある時期西塚泰美先生に、レドックスシグナルは時間は掛かるが広がりがあるので、リン酸化によるシグナルの世界ではない方向に展開する様助言頂いた事を想起する。

ATLの初期研究自体にも困難な時代があった。ミエローマの高月と呼ばれた高月清先生の研究室に出入りし、B細胞、骨髄腫の世界でない方向に憧れての T細胞腫瘍の解析がきっかけであったが、わずか数例で症候群を提示する姿勢への先輩学者達からの批判は 鈍感な私にも良く分かった。こうしたATLの疾患概念への批判は、流行り始めると消滅したが、NJMのレター他での初期の仕事は黙殺〜抹殺される傾向になり、ATLの仕事抜きにATLV/HTLVが見つかったような雰囲気すら生まれて、私達自身がATL臨床研究に関わる事への身近な周囲からの白眼視・障害はかなりの間続いた記憶が有る。直接の師弟関係はないが、故伊藤洋平先生が随分庇ってくださったことも懐かしく思い出される。

有力な流れに身を置かない限り、自ら始めた仕事すら抑圧される構造的問題があることは 日本のアカデミズムのみではないかも知れないが 実感的事実である。仲間内のうわさ話やブランド名で評価するような村社会的方法でなく、真に個性のある仕事をポジティブに評価する何らかのシステムが必要であろう。こんなことは例えば芸術の世界では自明であり、学会、いわゆる班会議のあり方なども含めて真剣に考えるべきことであろう。

〔親しい共同研究者M博士の言葉〕

 市川先生追悼による導入部なかなか時機を得ていると思います。淀井君自身の研究の展開についての部分は大分筆を抑えているなと言う感じがします。大河の源流はただじめじめした水源であるのですが、そこに本当に足を踏み入れていないヒトには実感され難いのもいたしかたありませんが、他人の独創性を無視したり過小評価したりする傾向が我が国にないとは言えないように感ぜられます。仲間で群れてやや排他的な仲良しクラブを作る傾向が日本には非常にあり、このことが独創性を大きく損じているように思えます。ある面すぐに大衆に受け入れられるようなものは独創性が高くないと言うことが言えるように思えますが、如何でしょうか。取り急ぎ、一読しての感想です。


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