令和6年4月1日付で大阪大学大学院医学系研究科がん病理学教授を拝命致しました井上大地と申します。前職は神戸医療産業都市推進機構先端医療研究センターで血液・腫瘍研究部を主宰しておりました。このようなご縁を賜り、阪大医学部の一員として、全霊をかけて取り組む所存でございます。
当研究室の主宰者は病理学第一講座の佐多愛彦教授まで遡ることができ、以降、村田宮吉先生、木下良順先生、宮地徹先生、北村旦先生、北村幸彦先生、仲野徹先生という個性派教授の系譜を経て現在に至ります。神戸生まれの私どもの研究室は大阪大学の豊かなリソースを生かして、がん研究の新たな地平を切り開く所存です。
私は平成17年に京都大学医学部を卒業し、神戸中央市民病院で初期研修後、高橋隆幸先生(免疫・血液内科)に師事して臨床医学を5年間学び、平成22年より東京大学医科学研究所(北村俊雄教授)で基礎医学の研鑽を積みました。とりわけ血液がんの理解が形態学から遺伝学へと大きなシフトを迎えた時期であり、新規に同定されたエピゲノム因子の機能解析などを介して病態理解に努めて参りました。血液内科医として専門医・指導医を取得後、平成27年より米国NYのスローンケタリングがんセンターに留学し、Omar Abdel-Wahab先生の元、血液内科学に加えて大規模な患者データ解析、ゲノム編集スクリーニング技術などがん病理の新しい方向性を学びました。3年半の異国での生活は公私共に多くの出会いに恵まれ、医師・研究者として礎となりました。平成31年より神戸に戻り研究室を立ち上げる機会を得て、5年余りを過ごしました。
がんは複雑かつ緻密な戦略で自身の生存を担保しています。病気で見つかる現象には理由があり、その生命現象がなぜ必要なのか、なぜ進化的に保存されてきたのか、新たな視点から捉えることで研究の奥行きを広げてきました。人類の宿命とも言えるがんを理解し対峙するためには、正常な幹細胞の制御機構を把握した上でがんの脆弱性を捉える必要があります。当教室ではスプライシング機構の破綻に代表されるように転写後RNAレベルで遺伝情報が歪められる現象として、血液がんを主な研究対象として、クロマチンリモデリング因子、転写因子、シグナル制御因子がRNAスプライシング異常によって機能が変容・喪失し、それらが他の重要な遺伝子の転写や増殖機構を支配する現象を見出してきました。これらの発見はセントラルドグマを彩る未知の制御メカニズムの存在を示唆するものと言えます。
このような現象はRNA結合タンパク質の変異や発現変化に代表されるトランスの異常だけでなく、イントロン自身の変異というシスの異常でも生じ、固形がんも含めてがん横断的に認められます。さらに、がん細胞の脆弱性はRNAメチル化やRNA輸送から翻訳に至るまで、転写後の様々な機構に存在しており、ゲノム・染色体レベルでの「情報の書き換え」を超えた解像度での病態解析を行って参ります。
がん病理学教室では、ゲノム変異、転写後制御、クロマチン制御、代謝リプログラミング、細胞死の観点から多細胞システムの中でクロススケールな評価を行うことで、基礎と臨床双方のアプローチで医学・生物学の未来を照らす「新時代の病理学」を実践して参ります。また、前がん病変と多臓器連関、進化的保存と発がん、発がんと個体発生など、がんの病理を解く研究は領域を跨いだ研究へとつながっていきます。これまでの解析技法では捉えることができなかった点を克服し、「がんはどこから来てどこへ向かうのか?」多細胞システムや時間の概念から明らかにして参ります。これらを効果的に推進するためには、単一細胞レベルでの解析基盤、ゲノム編集、塩基編集を用いたスクリーニングや細胞系譜解析を実践し、新しい病理学を通して次世代を担うMD研究者の育成を推し進めて参ります。
阪大医学部の伝統と調和、変革の精神を未来に向けて漲らせ、精進して参ります。諸先生方におかれましては、今後とも何卒ご指導・ご鞭撻のほど、心よりお願い申し上げます。
令和6年4月1日
井上大地