統合生理学教室
大阪大学大学院医学系研究科 生命機能研究科 生命を支える電気信号:分子からシステムへ
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これまでの成果

膜電位シグナルは、脳や筋を始めとする生体の情報伝達の基礎です。これを担う実体としては、これまで電位依存性イオンチャネルが良く知られています。膜電位シグナルを伝達する分子経路は、電位依存性イオンチャネルだけなのでしょうか?私たちは、脊椎動物の祖先と類縁である脊索動物のゲノムに着目した解析を通して、イオンチャネル以外で電位センサーをもつ新規タンパクを発見しました(発見のいきさつなどは、実験医学2008年9月号に記載しています)。VSPと命名した分子は、ウニからヒトまで広く保存される分子で、電位依存性イオンチャネルと同様な電位センサー領域をもつが、イオンを透過させる部位をもたずに代わりに細胞内領域として酵素をもつというものです(下図)。私たちは、このVSPが膜電位変化に応じて細胞内での酵素活性を変えるというユニークな性質をもつ分子であることを明らかにしました(Murataet al.,Nature, 435; 2005)。

VSOPVSP

この発見は、電位センサードメインが単独で電位センサーとして機能していることを明快に証明するとともに、電位センサーがイオンの透過以外の生理機構を制御できることを示し、これまで膜電位信号が関与すると考えられなかった生物現象にも膜電位変化の役割が関わる可能性を初めて示しました。また、これまで細胞内シグナル伝達の重要な経路として盛んに研究されてきたイノシトールリン脂質の代謝に、「膜電位信号」という新たな視点を加えることにもなっています(Corby& Dixon, Molecular Interventions,2006)。

更に私たちは、VSPの動作原理を解析し、

(1)イノシトールリン脂質のセンサー分子の動態から、VSPが通常の電位依存性イオンチャネルと同様に脱分極により下流のエフェクターの機能を活性化すること

(2)電位センサーを酵素領域は強く共役しており、電位センサーが酵素のスイッチとして働くこと

などを明らかにし、イオンチャネルと共通の電位センサーの動作原理で機能していることがわかってきました。

その後、更にポアドメインをもたない別のタンパクも見つけることに成功しました。VSOP(=VoltageSensor Only Protein)と命名した分子は、哺乳類の自然免疫機能における活性酸素産生の補助因子として長い間分子実体が探し求められてきた、電位依存性プロトンチャネルとしての機能をもつことがわかりました(Sasakiet al., Science, 2006;同じ号でのPerspective記事で紹介)。VSOPは、ポアドメインも酵素ドメインも有さず、ミクログリアや好中球などに発現しています。VSOPでは電位センサードメインが、膜電位感知機能とプロトンの透過の制御の両方を担っていると考えられます。コンパクトな分子構造に、膜電位感知とイオン透過の両方の仕組みが内包されている仕組みは、極めて興味深いものです。最近、電位依存性Kチャネルが4量体であるのに対し、VSOPはモノマーとして電位センサーおよびプロトン透過の両方の性質を有するが、生理的には細胞膜上では2量体で機能していることもわかりました(Koch, Kurokawa et al, PNAS, 2008)。

VSOPVSP

図: 電位センサーをもつタンパクの比較:通常の電位依存性チャネルは、 4つの相同なユニットが組み合わされることによって機能しており、中央に 存在するポアドメインがイオンが通る穴を形成し、周りに存在する電位センサー ドメイン(緑色)が膜電位を感知する機能を担います。VSPでは、ポアドメイン がなく、かわりにPTEN様の酵素領域をもち、膜電位に依存して酵素活性が変化 します。プロトンチャネル(Hvチャネル)であるVSOPタンパクでは、チャネル 機能をもつユニットが二つ合わさって機能しています(ダイマー形成)。