大阪大学大学院医学系研究科
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分子病態生化学
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Department of Molecular Biology and Biochemistry, Graduate School of Medicine, Osaka University
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Wntシグナルによる炎症応答制御

Wnt5a-Ror2シグナルによるINF-γのプライミング作用の増強

近年、Wntシグナル、特にWnt5aシグナルと炎症反応との関連が示唆されてきました。結核菌感染患者の抹消血由来のマクロファージや関節リウマチ患者における滑膜細胞、アテローム性動脈硬化患者のマクロファージ集積部位のような炎症部位でWnt5aが発現するという報告や、ヒトのマクロファージや単球をWnt5aで刺激すると炎症性サイトカインの発現が亢進するといった報告です。2010年にWnt/βカテニン経路の活性化が、腸管炎症病態の抑制化に関与することが報告されましたが、βカテニン非依存性経路と腸管炎症病態との関連は不明です。そこで、私達は、マウスに2.5%デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)水を10日間ほど自然飲料させて引き起こす腸管炎症における各種Wntの発現を観察しました。その結果、潰瘍部間質領域の繊維芽細胞でWnt5aの発現が特異的に亢進すること、また、ヒトの潰瘍性大腸炎やクローン病においても同様の発現様式が観察されました(図1)。そこで、私達はWnt5aやその受容体Ror2のコンディショナルノックアウト(cKO)マウスを用いて、DSS誘導性腸管炎症病態におけるWnt5aシグナルの役割を解析しました。その結果、成体での全身性Wnt5aやRor2を欠損させてもマウスには格段の表現型は認められませんでした。しかしDSSによる腸管炎症病態が緩和されること、また大腸における炎症性サイトカインの発現が減弱することが判明しました。これらの事象は、血球系細胞特異的に受容体Ror2を欠損させても依然として観察されることから、腸管においてWnt5aが血球系細胞に作用することで腸管炎症病態の増悪化に繋がることが示唆されました(図2)。また、腸管におけるT細胞分化の割合をFACS解析したところ、Wnt5a cKOマウスの大腸において、IFN-γ産生CD4陽性T細胞(Th1細胞)の割合が特異的に減少していることが判明しました(図3)。これまでの報告から、樹状細胞が分泌するIL-12によって、未分化T細胞(naïve T細胞)からTh1細胞への分化が促進することが判明しています。そこで、Wnt5aやRor2 cKOマウス由来の樹状細胞と脾臓から単離したnaïve T細胞を共培養して、試験管内におけるTh1細胞分化を観察しました。その結果、Wnt5aやRor2 cKOマウス由来の樹状細胞との共培養条件では、Th1細胞分化の指標であるIFN-γの分泌量が減弱すること、さらに、これら樹状細胞においてLPS刺激依存性IL-12の発現が抑制されることが観察されました(図4)。以上の結果から、少なくとも大腸においては炎症や組織障害により線維芽細胞に発現したWnt5aが樹状細胞に発現したRor2に作用することで樹状細胞におけるIL-12の分泌が亢進され、その結果Th1細胞への分化を促進することが腸管炎症病態の増悪化に繋がると考えられました(図5)。また、骨髄由来樹状細胞を用いたin vitroの実験系において、少なくとも樹状細胞ではRor2を介したWnt5aシグナルが、IFN-γによるSTAT1の活性化(IFN-γのpriming効果)を増強することが示唆されました。今回の研究結果から、Wnt5aシグナルが癌の浸潤・転移、増殖に加えて、炎症病態においても治療標的になる可能性が出てきました。近年、慢性炎症と発癌との関連が示唆されていることから、現在Wnt5aシグナルと発癌との関連の検討を行っています。

マウスとヒトの腸管炎症におけるWnt5aの発現様式
図1.マウスとヒトの腸管炎症におけるWnt5aの発現様式
A. マウスのDSS誘導性腸管炎症病態におけるWnt5aの発現パターン。
腸管上皮(Green)の剥離した潰瘍部(ulcer)においてWnt5a(Red)は高発現する。Muc: Mucosa(粘膜層)、Sub: Submucosa(粘膜下層)。
B. DSS誘導性腸管炎症病態においてWnt5aの高発現細胞はVimentin陽性繊維芽細胞(Green)である。
C. ヒトのクローン病におけるWnt5aの発現様式。
D. ヒトの潰瘍性大腸炎におけるWnt5aの発現様式。
Wnt5aとその受容体Ror2の欠損によるDSS誘導性腸管炎症病態の緩和
図2.Wnt5aとその受容体Ror2の欠損によるDSS誘導性腸管炎症病態の緩和
A. 成体での全身性Wnt5a欠損(CAGΔ/Δ)による腸管炎症病態活性指標(DAI)の減少。
B. 血球系特異的Ror2欠損(MxΔ/Δ)による腸管炎症病態活性指標(DAI)の減少。
C. Wnt5a欠損における大腸での炎症性サイトカイン発現の減弱。
Wnt5aの欠損による大腸Th1細胞の減少
図3.Wnt5aの欠損による大腸Th1細胞の減少
Wnt5aの欠損は、大腸においてIFN-γ産生CD4陽性T細胞(Th1細胞)の割合を特異的に減少させる。
Wnt5aとRor2の欠損は樹状細胞(DC)のIL-12産生を減弱させる
図4.Wnt5aとRor2の欠損は樹状細胞(DC)のIL-12産生を減弱させる
A.腸管樹状細胞と脾臓由来naive T細胞との共培養。Wnt5a欠損マウス(Δ/Δ)由来の腸管樹状細胞は、コントロールマウス(fl/fl)由来のものと比較して、Th1細胞への分化能(分化したTh1細胞から培養上精中に分泌されるIFN-γ量)が源弱する。
B. 血球系特異的Ror2欠損マウス由来の樹状細胞を用いてもAと同様の減少が観察される。
C. Wnt5aの欠損により腸管樹状細胞のLPS依存性IL-12の発現が減弱する。
D. 同様の効果は、血球系特異的Ror2欠損においても観察される。
腸管炎症病態におけるWnt5a-Ror2シグナルの作用機構
図5.腸管炎症病態におけるWnt5a-Ror2シグナルの作用機構
Wnt5aは受容体Ror2を介して樹状細胞に作用する。その結果、樹状細胞におけるIFN-γのpriming効果を増強することにより、TLRシグナル依存性のIL-12等のサイトカイン発現が亢進する。樹状細胞から分泌されたIL-12は、naïve T細胞からTh1細胞への分化を促進することから、結果としてTh1細胞由来のIFN-γの分泌量が増強する。このように、Wnt5a-Ror2シグナルによって、樹状細胞とT細胞の間のIL-12→IFN-γを介したポジティブフィードループが促進されることが、腸管炎症の増悪化に繋がる。
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