『疾患データサイエンス』とは

本講座『疾患データサイエンス学』は、前講座『癌創薬プロファイリング学』の発展として平成29年4月にオープンしました。新たな出資元を加えてより広い視点からプロジェクトに取り組む必要性と、急激な社会の潮流にフレキシブルに対応するために、諸先生のご鞭撻を頂きながら命名したものです。開発研究のコンテンツは前講座を基本としてしっかりと踏まえ、その上に立って継続的に発展していくものです。この改名に関する議論は別の機会があれば紹介したいですが、その中ではアカデミア創育薬の役割やシームレスの橋渡し研究のあり方からはじまり、産学連携を推進する上で大学人に求められるもの、さらには大阪大学としての開発研究のあり方、そして一共同研究講座としてできることと役割に関してまで、たいへん有益なご指導とご鞭撻を頂きました。ここでは、産官学を問わず、ビッグデータ(大容量情報)をマイニング(data mining)して価値を創造するという技術はSociety 5.0の新しい社会においては理系・文系を問わずに重要視されていること、またそのような新世界を渡って行ける柔軟な「専門家」の育成が急務として挙げられている点を強調しておきたいと思います。

前講座から始まったミッションを紹介しておきたいと思います。平成26年4月、産官学が一体となって新薬開発と評価に取り組んで行かなければならないという強い社会的要請から本センターが設置されました。最先端融合型の叡智を結集して世界に類を見ない創薬・育薬プラットフォームを構築することにより、消化器癌で特に難治度の高い疾患に対して画期的な新薬を創出・評価・展開を図ります。特に大阪大学大学院医学系研究科・消化器外科講座等との密接な連携により、病態の中核を成す「癌幹細胞」の性状を応用可能なレベルにまで掘り下げて研究開発します。周知の如く新薬開発には様々な局面があり、膨大なコストと多大なエフォートを要する高度に知的な生産過程であることから、現代の先進国益に資する生産活動の代表格です。その中で本講座ではアカデミア創薬拠点の利点を最大限に活用して、創薬から育薬、臨床展開のあらゆる局面にアクセス可能なインフラを整備し、重要な課題にフレキシブルに対応します。癌の創薬から育薬まで共通して求められることは、薬を武器として病態を知り尽くすことです。プロファイリングとは、患者の薬剤応答性に関わる全身把握から始まり、癌組織を構成する細胞群の階層性をニッチ環境の中で理解するのみならず、細胞内外で生命システムを司る生理活性物質ネットワークを化合物がどのように制御しているかを知り、さらに化合物とその相互作用物質の化学結合様式までも理解することを目指しています。すなわち化合物と生体との相互作用を分子レベルで究明することです。その為にはわが国が優位に立つ数理の力も必要です。本講座の設置により期待される成果は、基礎から臨床に線状に伸びる紋切り型の従来線路とは一線を画し、アカデミアの柔軟性を最大限に発揮して多次元の情報ネットワーク的な知識の集積と応用展開を目指します。その中には、患者病態を忠実に反映する高精度ヒト化モデルの構築、臨床材料から出発した治療抵抗性評価解析、癌幹細胞の革新的な癌代謝解析、トランスオミクス解析、高精度予測分子マーカー、コンパニオン創薬、次世代核酸創薬、画期的薬剤到達システム、ドロップ再開発等が含まれます。このように消化器外科講座を含むセンター内のインフラを有機的に活用することにより、ダイナミックな事業展開により産業界に少しでも多くの貢献をすることを目指します。

平成29年度からは、データサイエンスとして「癌幹細胞」の研究をさらに深めて、トランスオミクス解析にもさたに力を入れていきます。トランスオミクス解析は、ゲノム、エピゲノム、トランスクリプトーム(遺伝子発現のこと)、メタボローム(代謝)などの複数の異なった属性のデータ平面を数理的統計的に連結させる技術です。「癌代謝」の研究からは消化器癌における新しいオンコメタボライトの役割を見出しました。オミクス研究は、画期的なバイオマーカー開発、創薬と育薬につながっています。

さらに、データサイエンスの成果の1つとして、癌から癌以外の生命現象の解明に発展しています。具体的な内容は論文やニュースで紹介していきますが、疾病を時空間的な広がりのあるものの1つと位置付けて連続的に意義を解明して把握することは大切です。自由な発想からは多様性のある研究が生まれます。そのような芽が生まれたときにその小さな息を絶やすことなく育んでやり、やがてその研究者の「聖火」として走り出させてやることを目指しています。トップダウン型の研究が多い中で、ボトムアップもたいせつにする心を持ち続けたいと思います。

敢えて一言で申せば、ユニークで役立つこと(世界一になれること)であれば何でも手掛けてモノにする、そしてそれを実現できる研究者を育てることを目指します。そのために、ラボは厳しいです。