【目標達成のための Headquarters】 iLAB-HQ

基幹講座としての消化器外科学(土岐祐一郎教授、江口英利教授)とともに難治疾患、特にがん幹細胞の研究を推進し、本講座の主たるミッションとして疾患データサイエンスを円滑に達成するための「環境作り」がiLAB-HQの役割です。研究開発においては、学内外の組織、研究室、講座と恊働しながら推進しています。学内では、放射線治療学(小川和彦教授)、先進癌薬物療法開発学(佐藤太郎教授)をはじめとした複数の講座とも密接な連携を頂いています。本講座は共同研究講座として、HIROTSUバイオサイエンス株式会社、医療法人錦秀会、いであ株式会社、医療法人協和会、ユニーテック株式会社から出資を賜っております。社会的に重要な課題にフレキシブルに対応しながら着実にミッションを達成するために、『先進グループ』として活動しています。そこでは基礎と臨床の一体化と円滑なブリッジング、産官学の密接な連携と成果のアウトプット、大学人としてのレスポンシビリティー、そのような多様性を維持しながら発展しています。多様性の極意は、単に相互に理解するということにとどまらず、それを超えて、お互いを尊重するという不断の努力であろうと日頃皆で話し合っています。
そのような私達の活動の基本は、データにもとづくサイエンスです。昨今は大容量の情報(ビッグデータ)をもとにして、理系文系を問わず、あらゆる動きをさまざまな角度から検討し検証することが行われるようになってきています。これまで私たちが正しいとして信じていた事実(fact)が、別の視点から眺めればもう一つの事実(altenative fact;多くの場合は真実でない[かもしれない])と見做されることもしばしば発生しています。一方、サイエンスにおいては、さまざまな角度から検討を加えることにより既存の枠が打ち破られて、新たなイノベーションの原動力となってきたことはよく知られています。このように、複数のfactに接したときにその中からtrue factであるものを目利きして自ら行動できる判断力はたいへん大切であり、それを切磋琢磨したいと考えています。同じ釜の飯を食いながら実現することに、大きな意義があります。
私たちは少人数ですが、ユニークな研究を目指しています。メンバーも、計算科学、分子生物学、再生や免疫、さらには臨床医学までがラボ内に揃っていて、お互いがバリューチェーン(鎖)のようにつながっています。そこから出てくるさまざまなビッグデータを迅速にマイニングすることにより、新しい価値を創造したいと考えています。いわば基幹講座を中心とした「名店街」と「量販店」のreasonable balanceを目指しています。このように恵まれた、新しい環境の中で、新しい生物診断のようなバイオマーカー、最先端の質量分析と量子シークエンサーを組み合わせた解析、創薬のプロファイリングをしっかりと見据えながら、難治性疾患の生物学的意義の解明と把握、がん代謝、One Carbon代謝、エピゲノムの創薬、免疫の創薬、核酸医薬品の開発、機能性核酸の探求、画期的な動物試験の開発、さらにはゲノムデータベース構築、トランスオミックス解析、画期的なバイオマーカー、これらの発展として、再生医学、リプログラミング、ナイーブESの研究、脳科学と行動把握など、多岐の範囲にわたっており、上記の枠組みをプラットフォームとしながら各メンバーが大きく発展させています。
毎日、メンバーが楽しんで前進していること、このことに尽きると思います。そのための組織づくりが重要です。「こんな面白いことがあるよ」ということから、「ではやってみよう」を許してあげると、若者の目が生き生きとしてきます。萌芽研究が進みます。もちろんのことですが、計画性は重要ですし、自然淘汰されます。ストップをかけるのも重要な役割です。
このようなデータサイエンスの研究の構え方は、21世紀型の生命科学研究として注目されています。対象を複眼視しながら統合して重要なところを抜き出す能力は、人間ならではの能力であり、今のAI(人工知能)もまだ達成できません。これは言語の学習と似たところがあり、若い時代に集中したトレーニングを積むことが習得に効果的とされています。
将来のリーダとなる臨床医にも研究者にも、そのような知識と技術の素養を身につけて頂き、世界をリードできる逸材の育成と輩出していくことが、本講座が望むところの1つでもあります。このような出口としては近い将来に適確医療(精密医療,Precision Medicine)に貢献できればと考えています。

研究内容:

  • ① 画期的な新しい生物診断バイオマーカー
    ヒトの病態は多方面から診断していくことが重要です。また、新しい技術の発見は、従前の延長線上にない斬新な発想とそれを検証するアカデミアの目の両方が必要です。その点で、私たちは線虫を用いた新しいバイオマーカー診断法に関して、アカデミアとして興味と持って研究を進めています。令和2年4月からはHIROTSUバイオサイエンス社と共同研究を開始しました。
  • ② 先端計測による新しいシークエンス技術
    現在では次世代シークエンサーの技術が汎用化せれています。そこで、その次世代シークエンサーのさらにその先を行く技術として、私たちは質量分析法と量子シークエンサーによる親展開に取り組んでいます。前者は、いであ株式会社と共同研究で、また後者は大阪大学産業科学研究所の谷口正輝教授と協働した研究で推進しています。
  • ③ 先端技術の医療の社会実装
    消化器外科をはじめとした臨床講座と密に連携を組みながら、先端科学を理解し、この進歩の早い時代でリーダシップを発揮できる逸材の育成に取り組んでいます。医療法人錦秀会、医療法人協和会で社会ニーズを踏まえながらアカデミアとして展開しています。
  • ④ 先端モデル動物
    ヒトに対する前臨床試験として、モデル動物を用いた動物実験を進めています。希少疾患、難病、特に遺伝性疾患ではiPS技術による疾患研究とともに、先端動物モデルでの研究が重要です。ユニーテック株式会社と共同研究を実施して迅速かつ的確なこの課題の解決に取り組んでいます。
  • ⑤ 膵がんの超早期診断を可能にするバイオマーカーの開発
    消化器外科との協働した研究で進めています。臨床的には、膵がんでは、ジェムザール(ゲムシタビン)やS1が治療薬として用いられています。膵癌の予後は全がんの中でも極めて悪く、発見時には進行がんであることがしばしばあります。またその後の進行も早く、遠隔臓器への転移や治療後の再発を引き起こします。当然のことながら、膵がんでの早期診断は極めて重要であるとされ、その早期診断のバイオマーカーの開発は内外の研究者がしのぎを削っている課題です。私たちは、文部科学省基盤研究Sで、早期膵がんのバイオマーカーの開発研究を分担させていただいています。
  • ⑥ ワンカーボン代謝
    がん細胞には複数の異常が発生しているが、私達を含む内外の研究の成果により、 ワンカーボン(one carbon)代謝の重要性は1940年代から指摘されてきました。がん創薬として、葉酸拮抗(1949年)、5FU(1957年)、Gemcitabine(1984年)、Ap3A加水酵素(1994年)が歴史的に試みられ、最近ではTAS-102(2014年)が実用化されていますが、これらはいずれもTetrahydrofolate(THF)とS-Adenosyl Methionine(SAM)が媒介するメチル基の脱着反応を基軸としたワンカーボン代謝と称されるネットワークとして把握されているものとして、診断治療学として大きくはGlycineとSerine代謝の一部に位置する反応生成物を標的としています。このワンカーボン代謝で、歴史的に重要な分子の1つAp3A加水酵素は、米国で森正樹(現九州大学教授)・石井らがクローニングと解析をしてきました。その後この研究から、当時ポスドクであったGeorge A Calin博士(現MD Anderson Cancer Center教授)による世界で初めてがんでマイクロRNAの発見に繋がりました。Calin博士のもとには阪大から複数名の消化器外科医が留学し、さらに非コードRNAの研究に貢献しました。このようながんに於けるC1代謝が関わるメカニズムは、葉酸代謝、メチオニン代謝、硫酸基転移反応の3者の交差点として、葉酸は核酸合成、硫化は活性酸素制御、メチオニンはポリアミン(オルニチン脱炭酸酵素[ODC])からリジン脱メチル化酵素[KDM]のメチル化反応でそれぞれ重要な役割を担います。残存がんではODC下流のSAMが増加し、KDMの量と活性が増加しています。消化器残存がんの予後解析から、ワンカーボン(Serine)代謝のミトコンドリア酵素が患者予後と有意に相関していることから、将来的な標的として重要性が示唆されます。がん細胞で特異的にワンカーボン代謝を阻害する阻害剤は、正常細胞の細胞質酵素には影響を与えないので、創薬の標的として期待されています。
  • ⑦ がん幹細胞の代謝
    近未来の医療を目指した病態の解析や画期的な診断・治療の創出のために、がん幹細胞を標的とした開発研究に大きな期待がかけられています。がん幹細胞では、正常の体性幹細胞とは異なった生物学的な特徴を有することが明らかにされつつあり、その重要な特徴の1つががん幹細胞の代謝特性です。上述のワンカーボン代謝は、その要としての鍵を握るものです。私達は、最新の技術を活用して、がん幹細胞の解明を進めています。これまでに様々な抗がん剤等ががん幹細胞に及ぼす影響を研究して明らかにしてきました。
  • ⑧ 核酸診断技術と医薬品の社会実装
    核酸を応用した診断と治療に大きな期待が掛かっています。核酸の代謝と修飾においても、ワンカーボン代謝は重要な役割を担っています。例えば、メチル化はワンカーボン代謝のSAMが直接関わっています。私達は、ミトコンドリアの酸化的リン酸化がSAMの制御を通じて、がん細胞の生物学的悪性度の決定に重要な役割を果たしていることを明らかにしてきました。核酸を用いた開発研究は、機能性核酸を用いた治療や、画期的なバイオマーカーによる診断においてきわめて有用であると期待されます。大阪大学未来医療センターで支援されています。
  • ⑨ 新しい核酸修飾の発見
    次世代シークエンス技術で、DNAのA,T,G,C配列は高速に読めるようになってきました。このシークエンサーの技術革新には眼を見張るものがあり、ここから得られてくる大容量のゲノム情報は疾患のデータサイエンスの基本をなすものです。しかし同時に、従来法のA,T,G,C配列の決定からは解読できない(見えなかった)核酸の修飾があることが知られています。このような修飾には大きく分けてDNAとRNAの修飾があります。それぞれ計測法がありますが、できるだけ網羅性と解像度を両立させたかたちでプロファイリングすることを進めています。次世代シークエンサーとともに、質量分析法が力を発揮しています。得られたデータは独自の手法でデータマイニングを進めます。このような核酸の修飾は、癌の早期病変で重要なものがあり、開発研究を進めています。一方で、ゲノム編集は、CRISPER-CASなどの登場で、比較的容易に研究室レベルで行えるようになってきました。私たちも日常的に使用しています。また開発中で詳細は記せませんがin vivoのゲノム編集も研究を進めています。このような研究は、特に核酸アナログの研究にも大いに役立つ技術として重宝されいます。
  • ⑩ 画期的なエピゲノム創薬
    核酸やヒストンの後天的修飾においても、ワンカーボン代謝は重要な役割を担っています。私達は最新の技術を活用して、臨床応用を目指したエピゲノム創薬をシステム的に展開しています。競合的資金を得て、アカデミアにおける創薬と育薬を進め、産学連携から社会貢献を目指しています。大阪大学未来医療センターで支援されています。
  • ⑪ 未来型医療の具現化プロジェクト
    私達の研究環境を活かした人材育成で未来に挑戦し、社会還元を目指します。これらは、上記の研究の成果の1つです。
  • 1) インシリコ創薬支援
    構造化学にもとづくシステム創薬を進めています(小関ら)。構造計算による耐性の予測と克服法の開発、そのサブグループ医療への応、さらにはC1代謝として核酸アナログの研究に力を発揮しています。従来の他の方法に比較して、高い精度の結果がより短時間で得られています。
  • 2) 標的発見
    治療応答、予後、サブグループ解析等の基礎的臨床的のデータ解析から得られたDruggable Targetsに対して、エピゲノム創薬を進めています(西田ら)。さらに構造化学に基づく創薬、合成展開や既存化合物の再評価(Structure-based Drug Repositioning)も進めています。これらは消化器外科と恊働したアカデミア創薬として展開します。
  • 3)型破り研究
    DNAの情報が重要であることにはかわりありませんが、疾患の表現型(フェノタイプ)を規定するのは、エピゲノムの効果も大きいと考えられています。しかし、その内容には未知の部分が残されており、その中にはセントラルドグマの意義や適応範囲に迫るものもあります。例えば、ゲノムの情報がmRNAとなりそれが翻訳される前に 書き換えられていたらどうでしょうか。近年の研究でその可能性が少しずつ明らかになってきました。上で述べた核酸のmodification とeditingは分けて考える必要があります。今野らは、A-to-I editingやC-to-U editingとヒト疾患の関連性をnon-coding editingを中心にしてデータサイエンスしています。これらは、癌の診断だけでなく、神経疾患などの難治疾患の解明でも新展開が期待されます。核酸アナログであるTAS102などの効果も解析を進めています。
  • 4) データ駆動型社会の人材育成
    現代社会のデータ化は、猛スピードで進んでいます。その影響は、生命科学や医学の分野でも例外ではありません。技術革新は新しい産業革命の原動力となり、産業構造、労働体制、さらには社会そのものが現在の状態から大きく様変わりする可能性が指摘されています。その影響は、目に見える物の世界だけとは限らず、人々の考え方や内なる判断にまで浸透するとされ、それを技術的な特異点(Singularity)と提唱し2045年頃に大局的な変化が生じるであろうと予測されています。政府や文部科学省もこの動向を注視しています。私たちは他のアカデミア研究室と恊働して、新技術を理解し人工知能(AI)やスパコンに違和感を持たない次世代を担う若手人材を育成することに力を注いでいます(今野・浅井・小関ら)。このビジョンは、人間と何なのか、医療人として本質的かつ根本的な理解に繋がる姿勢として、次世代を切り拓く人間力を育むと期待されます。

Projects

Project for developing innovative advanced chemotherapy of gastrointestinal cancer by combining state of art medical technologies (Cancer Frontier Science Program)

We developed integrated therapeutics that are unparalleled in the world for diseases with high unmet needs. For the treatment of highly intractable gastrointestinal cancer, which is not expected to be completely cured by conventional treatment, we actively challenged the concept of developing therapeutics, which has not been adopted by companies because of reasons such as high development risk. We applied strategic borderless combinations of immune, regeneration, and tumor systems to promote and expand innovative drug discovery and development through rapid clinical application by exploiting novel medical seeds that are appropriate for the next generation. Our strategic goal is to analyze abundant clinical information including super responders in detail for innovative seed discoveries and drug development. We aim to comprehensively contribute to the development of Japan as a science- and technology-oriented nation by facilitating the promotion of people’s health through the industry-academia collaboration.