ペイングループ 研究概要

1. 膝関節痛モデルマウスを用いた関節痛発症メカニズムの解明

変形性膝関節症(osteoarthritis: OA)は膝軟骨や半月板の減少、筋力の低下が要因となり、膝関節の炎症や、関節の変形が起こり痛みを生じ、痛みのため歩行障害を認めるようになります。国内には1,000万を超える患者がいます。鎮痛薬とリハビリによる保存療法をいますが、痛みでADLが損なわれる場合には人工膝関節置換術をいます。しかし、高齢化社会が進む日本では、薬剤の副作用や耐術能の問題から、十分な疼痛コントロールが得られない患者が多く存在します。OAに伴う疼痛には、軟骨や半月板など局所の病変が影響しますが、疼痛発症メカニズムには、さらなる上流の因子が関与すると考えられます。なぜなら、主病変である軟骨には知覚繊維は無く、軟骨自体が疼痛発生の原因ではないと考えられるからです。滑膜や関節包が痛みの原因部位であると考えられます。しかし、MRI検査などの画像撮影を行うと、60歳以上の高齢者では50%以上に軟骨、半月板などの異常を認めますが、痛みを伴う患者は一部であることから、局所の病変のみが疼痛の原因ではないと考えられます。以上から、OAの疼痛のメカニズムを解明し、メカニズムに沿った治療を考えることは非常に重要であると考えられます。
当研究室ではモノヨード酢酸の関節内注入による関節炎誘導型OAモデルマウスや、内半月板および内側側副靭帯切離による関節不安定型OAモデルマウスを作成し、電気生理学実験による脊髄後角における神経伝達の変化および可塑性変化や、免疫組織学を用いた関節局所および脊髄DRGにおける炎症マーカーの変化などを検証し、脊髄レベルでのOAによる痛みのメカニズムの解明を行っています。

2. 膝関節痛モデルマウスに対する坐骨神経高周波パルス法の有用性とメカニズム解明

高周波パルス法とは、高周波電流を間欠的に通電することで、生体組織を変性させない安全な温度(42℃以下)を保ちながら、発生する電場により神経に影響を与える鎮痛方法です。従って、神経や周囲組織の変性をおこす可能性が極めて低く、知覚障害や筋力低下が生じにくいとされます[Cosman et al. Pain Med. 2005]。当教室では、変形性膝関節症に伴う膝関節痛に対して末梢神経パルス高周波法を施行し、その長期的有効性や安全性について報告してきました[Uematsu H et al. Pain Physician. 2021]。しかしながら、パルス高周波法の鎮痛メカニズムについて詳細は不明です。そこで、膝関節症モデルマウスの坐骨神経にパルス高周波法を施行し、行動実験で鎮痛効果の評価を、また、免疫組織学実験で滑膜炎の評価し、免疫組織学実験で、膝関節滑膜や、脊髄DRGにおけるCOX-2、TNF-α、IL-β、IL-6といった炎症マーカーの発現量の変化を検証し、パルス高周波法の鎮痛メカニズムの解明を行っています。

3. 膝関節痛モデルマウスへの新規抗酸化物質の投与による症状緩和の検証

当教室では前述の膝関節痛モデルマウスに対して、大阪大学で開発された新規抗酸化物質を投与することにより、痛み行動や膝軟骨、滑膜炎への影響を検証しています。新規抗酸化物質は生体に無害であり、経口にて投与すると腸管内のアルカリ下では水素を発生することが知られている。水素は優れた抗酸化作用を持つことが知られ、様々な疾患に対して効果があることが最新の研究で明らかとなっています。しかし関節痛といった慢性痛に対しての効果はわかっていないことが多く、当研究室では大阪大学神経細胞生物学教室の指導のもと協力し研究を行なっています。

4. 術後せん妄モデルマウス作製と、中枢神経における変化の検証

術後せん妄とは手術を契機に発症する精神障害であり、麻酔・手術による最も多い合併症の一つです。全身麻酔を行なった手術の約10%に合併するといわれており、また術後せん妄を発症した患者では院内死亡率が高いだけではなく、遠隔期の全死亡率も上昇することが知られています。しかしその発生機序に関してはほとんど分かっておらず、適切な動物モデルもありません。そこで我々はマウスを用いて全身麻酔下で開腹手術を行い、さらに電気メスを用いて臨床に近い侵襲を加えることにより術後に異常行動を行うマウスの作製に成功しました。さらに異常行動を起こした群とそうでない群との脳組織を、免疫組織学的に評価を行い、どのような変化が起きているかを詳細に検証しています。適切な術後せん妄の動物モデルが作製され、そのモデルを詳しく調べることで術後せん妄のメカニズムがわかれば、社会に大きな貢献ができると考えます。

5. 坐骨神経絞扼モデル(神経障害性疼痛)マウスの脊髄後角における抑制性神経伝達の変化の検証

神経障害性疼痛は難治性の疼痛で、詳細な発症メカニズムは解明されていません。脊髄後角は侵害刺激投射経路として、痛みの伝達に重要な役割を果たしています。脊髄後角における神経伝達は、グルタミン酸(NMDA、AMPA)などによる興奮性神経伝達とグリシンやGABAによる抑制性神経伝達のバランスの上に成り立っています。神経障害性疼痛では、脊髄における神経細胞の興奮性が増加する、あるいは、抑制性が減少することでこのバランスが崩れ、末梢からの刺激入力に対し過剰に反応する状態となり、痛みを引き起こすと考えられています。
GABAをリガンドとするGABAA受容体は、脊髄後角神経細胞の抑制性神経伝達の担い手として非常に重要な役割を果たしています(Yoshimura M, and Nishi S., J Physiol 1995)。GABAA受容体を介するシナプス電流にはphasic電流とtonic電流の2種類がある(Farrant M, Nusse Z., Nat Rew neurosci 2005)。Phasic電流は、シナプス小胞に存在するGABAがシナプス間隙に放出され、シナプス後膜に存在する受容体に結合する事によって発生する一過性の電流で、tonic電流はシナプス外に漏出してきた低濃度のGABAが、シナプス外に存在するGABAに高い親和性を持つGABA受容体に結合し発生する電流ですphasic電流と比較しtonic電流は麻酔薬への感受性が非常に高く(Bai D, et al., Mol Pharmacol 2001)、。近年麻酔メカニズムの研究において非常に注目を集めています。
当研究室では、坐骨神経にポリエチレンカフを巻き神経障害性疼痛を呈するマウスを作成し、脊髄後角でのtonic電流の減少や、GABAA受容体の発現の変化などについての検証結果を発表しています。

6. 痛みと関連する脳活動に関するfunctional MRIを用いた脳機能画像研究

ペインクリニックで行う神経ブロック・インターベンショナル痛み治療は、脊椎疾患などの身体的原因が関与する慢性疼痛に有効な治療です。しかし、慢性疼痛の治療では、患者さんの訴える痛みが身体的原因だけでは説明できず、中枢神経の可塑的変化や脳の機能的変化が重要な役割を果たしている可能性が強く示唆されることが多くあります。当科では、ヒトの痛みにおける脳活動の影響について様々な研究を行ってきました。

7. インターベンショナル痛み治療、集学的慢性疼痛治療に関する臨床研究

当科のペインクリニックでは、エビデンスに基づいた神経ブロック・インターベンショナル痛み治療の実践と教育・普及に力を注いでいます。インターベンショナル痛み治療はプラセボ・sham治療を対象としたランダム化比較試験が困難であるためエビデンスレベルの高い研究が少ない領域ですが、当科ではシステマティックレビューやメタアナリアシス研究を行い、「慢性疼痛治療ガイドライン」「慢性疼痛診療ガイドライン」の作成に貢献しています。慢性腰下肢痛に対する神経ブロック治療、末梢神経高周波熱凝固法・パルス高周波法、ニューロモデュレーション治療、低侵襲手術等の臨床研究、慢性疼痛患者の評価に用いる質問紙の日本語版作成や応用に関する研究等に取り組んでいます。
当科は大阪大学医学部附属病院疼痛医療センター(集学的痛みセンター)の診療で中心的役割を担っており、厚生労働省の慢性の痛み政策研究事業指定研究班の分担研究施設として、全国の痛みセンターと共同で難治性慢性痛患者の特徴や集学的治療の効果に関する多施設研究を行っています。