2月18日に大阪大学国際医工情報センター(MEIセンター)主催シンポジウム『日本発・侵襲的BMIの社会実装に向けた挑戦と展望―アカデミアから産業へ―』が開催されました。

1. 開催概要
開催日:2026年2月18日13時から18時
会場:大阪大学吹田キャンパス CoMIT棟 マルチメディアホール
開催形式:ハイブリッド開催
主催:大阪大学国際医工情報センター(MEIセンター)
後援:大阪大学医学系研究科・医学部
大阪大学医学系研究科・医学部付属病院産学連携・クロスイノベーションイニシアティブ
参加者:オンサイト 48名、オンライン47名、懇親会40名
2. プログラム構成
13:00‒13:30 開会挨拶・趣旨説明
日比野 浩 (大阪大学/MEIセンター)
開会にあたり、日比野センター長が挨拶を行った。近年、侵襲的BMI(Brain-Machine Interface)技術の開発と臨床応用が急速に進展している現状に触れ、その革新のスピードを実感していると述べた。あわせて、自身の専門である人工内耳が「最も成功した人
工臓器の一つ」とされながらも、日本が改良や産業化に十分関与できてこなかった歴史的経緯に言及した。その経験を踏まえ、侵襲的BMIでは同様の状況を繰り返すことなく、日本発技術を世界へ発信する必要性を強調した。

Figure 1 日比野センター長による開会挨拶の様子
栁澤 琢史(大阪大学 / 株式会社ivec)
続いて栁澤氏より趣旨説明が行われた。本シンポジウムは、日本発の侵襲的BMIを社会実装へつなぎ、国際展開を見据えたエコシステム構築を議論する場であると位置づけられた。BMIを「入力型・出力型・双方向型」に整理し、侵襲型は信号精度と実用性の向上により、ALS患者等のQOL維持に資する有効性が示されつつある点が紹介された。一方、保険償還や有効性評価、市場規模、倫理・規制など課題は多く、今後は「市場を作る段階」にあるとの認識が示された。あわせて血管内BMIの研究開発として、局所麻酔下で留置可能な低侵襲性、脳の広い領域・深部構造へのアクセス、高振幅信号取得や刺激応用の可能性を提示し、社会実装に向けた取り組みを共有した。
質疑ではスケーラビリティについて議論され、用途・患者背景に応じた複数方式の併存と選択肢の多さが医療上の強みである旨が述べられた。

Figure 2 栁澤氏による趣旨説明の様子
13:30‒14:30 招待講演1「治験から社会実装」
「脳血管内電極の開発と治験、そして将来」
松丸 祐司(筑波大学 / 株式会社Epsilon Medical)
松丸氏は、てんかん診断を主目的とした血管内電極の開発経緯と医師主導治験の進捗について報告した。本デバイスは脳血管内治療用ガイドワイヤと同様の構造を基盤とし、静脈洞内に細径電極を留置して脳波を取得するものである。1990年代にも血管内脳波の報告はあったが、単一電極・短時間留置に限られ臨床的意義を確立できなかった。松丸氏は臨床医としての経験からこの概念を再構築し、国内資金調達・設計・製造体制のもとでベンチャーを設立、非臨床試験を経て2024年より医師主導治験を開始した。血管内脳波は頭皮脳波では検出困難な焦点活動を捉え得ることが示され、安全性も確認された。今後は多極化開発、ICUでの脳機能モニタリング応用を踏まえた海外展開を視野に入れている。
質疑では、製造の実現可能性や電極数拡張の課題、留置後の安静の必要性が問われた。単極構造は比較的製造可能だが多極化には技術的課題があること、現行機はアンカー機構がなく基本的に安静を要する点が説明された。

Figure 3 松丸氏によるご講演の様子
「脳表脳波を用いたワイヤレス植込みBMIの社会実装に向けた取り組み」
平田 雅之(大阪大学 / 株式会社JiMED)
平田氏は、脳表脳波を用いたワイヤレス植込みBMIの社会実装に向けた研究開発と制度整備の歩みを概説した。運動企図により運動野に高周波の活動が生じ、微小な信号を瞬時に高精度で計測できれば、AIで把握動作などを解読しロボットや意思伝達装置、スマートデバイス制御につなげられると説明した。さらに脳信号解読の不確実性は、ロボット側の環境認識や大規模言語モデル等を用いた自律制御で補完でき 、総合性能が高まる点を示した。完全植込みには低発熱・低消費電力の給電/通信と高性能アンプ等が鍵で、スマホ技術の進歩を追い風に小型化・実装性が向上したという。対象は当面ALSの閉じ込め患者とし、まず既存の意思伝達装置を「脳波スイッチ」で置換する治験から開始する方針を述べた。加えて、PMDAとの折衝やガイドライン改定、学会連携、施設基準・レジストリ等、社会実装に必要な枠組みづくりも進めている。最終的には自然発話解読や神経刺激による身体機能再建を見据え、脳卒中後遺症など大規模患者層への展開可能性にも言及した。
質疑では、多チャンネル化に対する見解と、無線通信速度・消費電力の関係が議論された。強みとして、臨床に基づく電極留置部位選定や手術法まで含めた開発を挙げた。

Figure 4 平田氏によるご講演の様子
14:40‒15:30 パネルディスカッション1
テーマ「アカデミア発BMI研究を社会実装へつなぐために」
モデレーター:金井 良太(株式会社アラヤ)
議論は「日本で治験・承認を進めるべきか/米国で進めるべきか」から始まった。日本は国の支援や既存の枠組み(ガイドライン整備、PMDAとの対話)が使える一方、米国は医療費・治験コストが桁違いで、保険償還も公的・民間が混在し州差もあり、実装の難易度が高いと指摘。日本で比較的低コストに治験を進め、実績とコスト構造を整えてから海外展開する戦略が現実的という流れになった。また、BDP(Breakthrough Device Program)取得に関しては、当初から米国仕様で設計したというより、日本での非臨床データとプロトコルをベースに不足点の指摘を受けながら追加対応していく形が共有された。さらに、保険償還に向けては薬事戦略と別に「保険戦略」を早期から走らせる必要があり、原価積み上げだけでなくQOLや患者利益など価値の示し方が重要だが、BMIのような意思伝達・支援機器では価値の定量化が難しい点が課題として浮き彫りになった。加えて、社会実装には技術統合だけでなく、薬事・設計・安全管理、知財、資金調達、人材獲得など実務を担える経験者との出会いが決定的で、スタートアップでは少人数で複数役割を担える人材が必要という現実も語られた。
質疑では、BDPは日本での非臨床データ/プロトコルを基に不足点を追加対応する形で進むこと、価値評価はQOLや介護費削減などで合理的に示す必要があるが、コミュニケーション価値の定量化は難題である点が共有された。

Figure 5 パネルディスカッション1の様子
15:40‒16:55 招待講演2 「開発から治験」
「Why do we work in Japan to develop invasive BMI technology」
髙橋 和貴(Ruten Inc.)
髙橋氏は、嚥下障害を対象としたクローズドループ型BMIデバイスの開発背景と、その実現に向けた戦略について概説した。当初、四肢運動再建を目的とした侵襲BMI研究に従事していたが、パーキンソン病患者との対話を通じ、運動機能よりも嚥下や摂食機能の改善ニーズが高いことを認識し、研究対象を転換した。嚥下は誤嚥性肺炎や死亡に直結する生命維持機能であり、有病率も高く未充足医療ニーズが大きい。霊長類モデルを用いて嚥下関連皮質信号の特徴抽出とデコーディング性能の検証を進め、将来的なFDA申請および臨床応用を見据える。日本の精密製造基盤や霊長類研究環境を活かし、国際連携のもと実装を推進しているとまとめた。
質疑では、日本企業の部材製造能力の具体例や、米国展開時の規制対応上の課題について質問があった。髙橋氏は、電極材料や精密加工技術に日本の強みがあると説明。またFDA申請では事前戦略と指標設定が重要と述べた。さらに嚥下の意識的・無意識的差異の検出可能性については、今後データ蓄積により分類精度向上を図る段階であると回答した。

Figure 6 髙橋氏によるご講演の様子
「クローズドループニューロモデュレーション開発の課題と展望」
杉本 宗優(株式会社INOPASE)
杉本氏は、過活動膀胱を対象とする研究開発事例を通して、クローズドループ型ニューロモジュレーションの現状と今後の課題について概説した。過活動膀胱は尿意切迫感に伴う尿失禁を反復し、外出制限や自尊心低下など生活への影響が大きい。背景には脳-膀胱間の神経伝達の異常があり、現行の治療は保険収載され一定の有効性はあるが、刺激が非個別化・継続刺激であるため、長期では慣れにより効果減弱も起こり得る。そこで同社は、膀胱求心性神経活動をセンシングし、尿意切迫など症状と結びつく信号を抽出して、必要なタイミングで刺激を最適化するクローズドループ化により有効性の底上げを狙う。動物モデルで膀胱内圧との相関を確認し、人では尿意切迫感との相関検証を進め、将来的には埋込み型での臨床有効性・安全性データを段階的に構築しFDA申請や事業化を見据える、とまとめた。
質疑では、FDAとPMDAの要求差やクローズドループのセンシング法が問われた。杉本氏は、先行類似品のピボタル試験を参考にしつつ、日本・豪州データのFDA申請での位置づけを整理すると回答。センシングは既存手技を維持し、尿意関連信号を抽出して適時刺激する方針を示した。

Figure 7 杉本氏によるご講演の様子
「頭蓋内脳波解析のデファクトスタンダードモデル探索:侵襲BMIへの展開」
紺野 大地(東京大学 / 株式会社Neuroad)
紺野氏は、電気生理学的神経活動データ解析における「デファクトスタンダード」モデルの不在を問題意識として提示し、侵襲BMIへの展開を見据えたモデル探索研究を紹介した。AI分野ではCNNやTransformerの登場が研究開発の基盤となり、性能向上と発展性を大きく押し上げた。一方、神経科学(特に電気生理データ解析)は、各研究室が優れた独自手法を提案しているものの、共通基盤となるモデルが確立していないと述べ、その理由として、生体信号特有のノイズ・非定常性、電極配置や脳構造の個体差、良質で大規模なデータセット不足を挙げた。そこで本研究では、従来の神経科学で用いられてきた手法(周波数帯パワー特徴量+GLM/SVM)と、①Transformer系モデル、②深層状態空間モデル(S4)、③脳基盤モデル(自己教師あり学習による事前学習)を比較検証し、次世代の標準となり得るモデルの探索を目的とした。現時点の結果は、GLM/SVM、Jamba、S4いずれも精度がチャンスレベルをわずかに上回る程度で、モデル間の有意差は認められていない。要因としてデータ量不足と感情課題の難易度の高さを挙げ、今後はデータ増加と脳基盤モデル解析の進展により、侵襲BMIを含む神経科学全体の基盤モデル確立に貢献したいとまとめた。
質問では、脳基盤モデルの事前学習に「侵襲データだけでよいか/非侵襲・動物データも含めるべきか」が議論された。また、感情課題では「信号がそもそも十分含まれるか」「電極留置部位の制約」が重要であり、活動の存在確認とデコード設計を段階的に詰める必要がある点が指摘された。

Figure 8 紺野氏によるご講演の様子
17:00‒17:50 パネルディスカッション2
テーマ「侵襲ニューロテックの社会実装における課題」
モデレーター:栁澤 琢史
本セッションでは、侵襲ニューロテック/侵襲BMIの社会実装に向け、日本で開発する意義(勝ち筋・強み)と課題が議論された。冒頭、会場への挙手で「日本は侵襲BMI開発に向いている」とする意見は少数で、むしろ課題が多い印象が示された。課題としては規制よりも、人材と資金調達が強く挙げられた。特に、医療機器・埋め込みデバイス領域では、臨床・開発・事業化を跨ぐ経験人材が少なく、教育や支援体制が鍵とされた。また資金面では、海外(特に米国)に比べ投資規模・スピードが見劣りし、世界最先端で戦う覚悟とそれを支える投資家側の意思が問われるとの指摘があった。その他の論点として、日本には植え込み医療機器やBMIを牽引し得る大企業が少なく、標準化の局面で米国の企業・学会主導に巻き込まれるリスクが提示された。これに対し、スタートアップが乱立する黎明期から、規格・互換性・組み合わせ可能性をオールジャパンで考える必要性が提起された。国際標準化は中国が積極的に進めているとの見方も共有され、日本は実績と影響力を伴わないとルールメイキングで不利になり得るという現実的な見立ても示された。
一方で日本の強みとして、①実験地としての実行力、②コンポーネント/材料、③初期フェーズのグラント等の資金アクセスの良さ、④経済安全保障・脳データ主権が挙げられた。エコシステム面では、成功事例の蓄積、経験者が次世代へ投資・助言する循環、そして日本の弱点とされるチームプレー/コラボレーションを促す環境設計が重要とまとめられた。

Figure 9 パネルディスカッション2の様子
3. 総括
本シンポジウムでは、侵襲BMIを中心とするニューロテックの研究開発から治験、社会実装、標準化、エコシステム形成に至るまで、多角的な議論が展開された。技術的可能性は着実に広がる一方、人材・資金・標準化・長期責任といった構造的課題も明確となった。しかし、日本には材料技術や臨床力、初期支援制度といった強みも存在する。今後は成功事例の創出と連携強化を通じ、オールジャパンで持続可能な社会実装モデルを構築していくことが期待される。