ESPアプローチとコーパス(Corpus)を利用した英語論文指導
Clnical Journal Club 7.Medical Writingは、2008年度に大阪大学で医学系大学院生を対象に行われた英語論文指導の講義内容をまとめたものです。この講義を実際に運営されていた照井雅子先生と野口ジュディー先生は、第49回外国語メディア教育学会(2009年8月6日流通科学大学)において同講義を紹介され、その中でClnical Journal Club 7.Medical Writingの存在にも触れらました。近年注目されているESP (English for Specific Purpose)やコーパス(Corpus)言語学の重要性と必要性を強調するため、お二人に同学会で発表された内容を再編集して頂き、当ページを御寄稿頂きました。教える側(当ページ)と教わる側(Medical Writing)の両者の視点で作成されたページをご覧頂く事で、ESP (English for Specific Purpse)とコーパス(corpus)言語学の重要性をお伝えする事が出来ればと思います。
本ページに関するお問い合わせは、照井雅子先生にお願いします。
本講座の目的
医療関係の分野に携わる方々にとって、ご自身の研究に関する情報を受発信する際の主なツールが論文であることから、英語医学論文執筆について学ぶことへの要望が高まっています。
従来、英語の論文は、辞書を参考にしたり、既出論文の表現を真似たりして書かれ、英語母語話者の「添削」を受け、個別具体的に修正を加えるといったやり方が一般的でした。多くの場合、添削を行う英語母語話者は医学の専門家ではありませんし、時として、添削の内容と研究者が本来伝えたいこととの間に若干の齟齬が見られることもあったのではないでしょうか。
本講座の講師の野口ジュディー先生の母語は英語ですが、高度で複雑な専門的な内容を扱う際に、受講生の負担を軽減するため、本講座は日本語で行われました。受講生の方から「野口先生の母語は、英語・日本語のどちらですか」という質問がありましたが、それほどの高い語学力に加え、医学を含めた理工系の英語学術論文の指導に長年携わってきた学識と経験から、日本で英語を外国語として学んできた専門家の方々がご自身の研究内容を発信する際に、英語表現のレベルをいかに高めるかという点に焦点を当て、研究と実践を続けてきました。
医師や医学研究に携わる専門家集団(discourse community)の中で、コミュニケーションのツールとして用いられている「英語の医学論文」の「形」を体系的に示すこと、そして、論文執筆者が伝えたい情報をいかにわかりやすく、効果的に伝えるかという「表現方法」を自ら見出すための考え方や具体的な手順を示すことが、本講座の目的です。
本講座の概要
受講生
大学院医学系研究科博士後期課程3-4年生 17名(男性13名/女性4名)
専門分野
腎臓内科、皮膚科、小児外科、神経内科、免疫学、癌研究、病理病態学等
開講時期
2008年10月−2009年2月 毎火曜日18時-19時30分(全15回)
講師
英語母語話者(他に日本人助手1名)
使用言語
日本語
本講座の特徴
- CALL(Computer-Assisted Language Learning、コンピュータを使用した外国語学習)授業
- 少人数制のワークショップ形式
- 英語医学論文執筆のルールを段階的に提示
- 受講生の自律的学習に配慮
- 受講生が互いに他の受講生の論文執筆の過程を共有
- Listening、Speakingにも配慮(興味のある医学英語Podcastの暗唱、自身の研究を英語で紹介)
本講座の内容(授業の大まかな流れ)
- ESP (English for Specific Purpose)の概念、OCHA (Observe, Classify, Hypothesis, Apply)、PAIL (Purposes, Audiance, Information, Language features)及び3C(Corpus、Concordance、Collocation)の説明
- 投稿雑誌の既出論文よりCorpus作成
ConcordancerのAntConcにてCorpus分析 - 論文Titleの分析
-> 全員分まとめ、Bankを作成
-> さらに分析
-> 分析結果を自分の論文Titleに反映 - 投稿規程に則ったTitle page作成
- 論文のAbstractの分析
- 論文のIntroductionの分析
- 論文に添えるCover letterのMove(Swales, 1991)分析
- 投稿用論文の最終版の作成
Title, Abstract, Introduction, Cover Letter, Materials, Methods - Acknowledgementの作成
- References, Figure, Table作成
使用教科書
野口ジュディー(編著)、深山晶子、岡本真由美(著)
理系たまごシリーズ 理系英語のライティング (アルク社 2007)
- ESP (English for Specific Purposes)とは、特定の目的のための英語指導と学習、またそのための研究を言います。今回の特定の目的は「医学学術論文執筆」です。
- PAIL (Purposes, Audiance, Information, Language features)とOCHA (Observe, Classify, Hypothesis, Apply):ある文書が伝えようとしているメッセージを理解するためのアプローチの方法。文書の目的(Purposes)、読み手(Audience)、伝えられている情報(Information)、その文書が属すgenre(専門分野や職業などが同じ人々の間で繰り返し使用されている文書あるいは会話に見られるパターン)に特有の言語特徴(Language features)を観察します(Observe)。そして、その文書がどのgenreに属すのか分類し(Classify)、そのgenre特有の言語の使い方を見つけ(Hypothesize)、自分の情報発信に応用する(Apply)ことを繰り返します。それぞれの頭文字をとって、「PAIL(ペイル)をOCHA(オチャ)する」と覚えてください。
- 受講生の作成したコーパスに基づいたBankの例(論文タイトルのコーパスとその分析):専門用語に注目するだけでなく、タイトル全体の構成や、自分がタイトルを決める際の参考になる一般的な表現(Hint words)を受講生自身で選択しています。
Name | Journal | Year | Volume | Page | Title | Hint words | Paper type | Sent No. |
MT | JCI | 2007 | 117 | 1381 | Macrophage and neutrophils are the targets for immune suppression by glucocorticoids in contact allergy | A and B are the targets for C by D in E | phenomenon | 1 |
MT | Lancet | 2008 | 372 | 1107 | Endotyping asthma: new insights into key pathogenic mechanisms in a complex, heterogeneous disease. | A: new insight into key pathogenic mechanisms in C | review | 1 |
Na | Blood | 2008 | 112 | 2101- 2110 |
Absence of donor Th17 leads to augmented Th1 differentiation and exacerbated acute graft-versus-host disease | Absence of lead to |
mechanism | 1 |
KM | Brain | 2007 | 130 | 1194- 1205 |
Pattern-specific loss of aquaporin-4 immunoreactivity distinguishes neuromyelitis optica from multiple sclerosis | loss of X distinguishes A from B | classification | 1 |
De | Cancer Research | 2006 | 66(11) | 5910- 5918 |
Immunologic and clinical responses after vaccinations with peptide-pulsed dendritic cells in metastatic renal cancer patients | immunologic and clinical responses after vaccinations with A in B | phenomenon | 1 |
アンケート結果にみる受講生の意見(主なもの)
- 参加型の授業で非常に満足している。
- 日本では各論文の書き方は各研究室の中の、更に細かく分かれたグループ内で指導されているのが現状で、かなり指導する人の影響を強く受けてしまいます。今回のレクチャーは、acknowledgeやcover letter といった細かいことまで含めて体系的に勉強でき、しかも実際に論文の添削をしているNative の先生から指導をしていただけるという点で、すばらしかったと思います。
- ESP (English for Specific Purpose) という概念が非常に大切だと思いました。
- コーパス(Corpus)言語学という文化に触れられた事は大きな財産です。コンコーダンス (concordance) を用いずに、Medical Writingを漠然と教えるとなると、「昔からそういう表現は使わないことになっている」とか、曖昧な表現でしか教えることが出来ないと思います。
- コーパス (Corpus)は「もっと早く存在を知りたかった」の一言に尽きます。
- 自分のコーパス (Corpus)を作ることで、必要な表現を自ら探すことができるようになりました。数人の友人にも紹介したのですが、皆さん喜んでいました。
まとめ
- 本講座のように、自身の専門に特化したコーパス (Corpus)を作成し、論文内容を分析することにより、論文で使用する英語表現に説得力を持たせることができる。
- 実際に、コーパス (Corpus) により論文に求められる言語特徴を分析し、自分の論文に応用することの重要性を認識したという意見がアンケートで多く見られた。
- CALL教室で、講師と受講生が全員で課題を共有し、実際にその場で確認する作業を重ねる中で、受講生が自ら「目的の違いで言葉は変化する」ことに気づけた。
- 自律的な学習者を育てることを目的とするESP (English for Specific Purpse) の観点からも、非常に重要な気づきと言える。
- 受講生も、ESP (English for Specific Purpose) という概念や、CALL教室を利用することで知識を得たコーパス (Corpus) とコンコーダンス (Concordance) の有用性を高く評価している。
- これらが、英語非母語話者が英語医学論文を執筆する際の有効なアプローチとツールとなり得ることが再確認できた。
- 英語医学論文の指導には、今回の授業のように、体系的に全体を概観しながら個別具体的に学べる内容の、参加型の実践的な授業が強く求められている。
- 受講生の一部が、本授業を詳細に紹介した上で有用性を高く評価したページを、所属する医局のウエブサイトで受講後に公開している。
- 医師という専門家が、英語教員の授業を受け、受講後に自ら進んで英語授業についての情報発信を行っているという点で、非常に貴重な事例。
- 従来も、カリキュラムやシラバス作成において専門家と英語教員間の協力関係はあったが、今回は協力関係がさらに進化した好例と言える。
- 学際的研究や複数の分野にまたがったアプローチの必要性が高まる現代社会において、ウエブサイトの可能性を示す好例とも言える。