生理学

脳生理学

体験できる脳科学
  • 目を動かしても世界が動かないのはなぜか
  • 「こころの時間」の脳科学
  • 滑らかで正確な運動学習の仕組み
  • ヒトは何のために瞬くのか
教授 北澤 茂
生理学講座 脳生理学
生理学講座・脳生理学教室は1931年に設置された生理学第一講座を引き継いでいます。柳田敏雄名誉教授(在任1996年から2010年)の後任として、2011年に北澤が着任しました。

「体験」できる問題の解明を通じて脳に「こころ」が宿るメカニズムの解明を目指します

1.目を動かしても世界が動かないのはなぜか

私たちは目を1秒間に3回程度、猛烈なスピードで動かしています。しかし、外部の世界は全く動きません。これはデカルトを始めとする、偉大な先人のこころもとらえた神経科学の深い謎です。私たちは脳が「背景」を基準にする座標系を使って視覚世界を安定化させている、という仮説を提唱して、1)ヒトの行動学的実験、2)ヒトの脳活動計測、3)サルの神経活動計測、4)人工神経回路の構築、の4段階で、問題解明に取り組んでいます。


図1 背景座標系が右の楔前部に位置することを発見しました[1]

2.「こころの時間」の脳科学

私たちのこころには、現在・過去・未来の時間がありありと意識されています。しかし、私たちの体のどこを探しても、「時間」の受容器は見つかりません。網膜には光の受容器が、皮膚には変位の受容器が存在するのに比べると、大変不思議なことです。私たちは、2つの事象の時間順序、に注目して主観的な時間の順序がどのようにして脳の中で構築されるのかを調べて、脳が「動き」の情報と「位置」の情報から「時間」を作り出していることを示そうとしています[2,3]。2013年から科研費の支援で新学術領域「こころの時間学」領域を組織して、30を超える研究グループと共同で学際的な研究を推進しています。

3.滑らかで正確な運動学習の仕組み

手を伸ばす運動は、ありふれていて意識もしませんが、脳は力の変化や手が到達する場所の誤差(分散)が最小になるような運動を選択しています。脳が一瞬にして最適な運動を選び取っているのも本当に不思議なことです。私たちは、最適化に必要な誤差の情報が登上線維経由で小脳に到達していることを発見しました[4]。さらに誤差の信号は運動野を経由していて運動野の電気刺激で「人工学習」を起こせることも示しました[5]。

図2 手を伸ばす運動を最適化する信号は運動野を通る[5]

4.ヒトは何のために瞬くのか(中野准教授の研究テーマ)

人はおよそ3秒に1回の頻度で自発的に瞬きをします。しかし、眼球湿潤のためには20秒に1回程度で十分なことから、何のために頻回にまばたきをしているのか、長年の謎でした。そこで、映像観察時や対面会話時の瞬きのタイミングやその時の脳活動を調べたところ、情報の分節で人々は同時に瞬きをしていること、さらに、その瞬きに伴って、大脳皮質の主要な神経ネットワークの間で一過性に活動交替が生じていることを発見しました[6]。一連の成果は、国内外のメディアでも大きく取り上げられています。2016年から科学技術振興機構のさきがけプロジェクトに選ばれ、瞬きの応用に向けた研究にも取り組んでいます。

【文献】

1.Uchimura et al., Eur J Neurosci 42(1):1651–1659, 2015.
2.Yamamoto and Kitazawa, Nat Neurosci 4 (7): 759-765, 2001.
3.Takahashi and Kitazawa, J Neurosci (in press).
4.Kitazawa et al., Nature 392(6675):494-7, 1998.
5.Inoue et al., Neuron 90(5):1114-26, 2016.
6.Nakano et al., PNAS 110(2):702-6, 2013.