中枢神経回路は脳虚血、外傷、脊髄損傷などにより深刻な打撃を受ける。傷害のために多くの神経細胞は死滅し、神経細胞死を免れることができたとしても、軸索の損傷により神経ネットワークは破壊される。これらの病態により神経回路網の機能は失われ、運動機能や感覚機能の脱落症状があらわれ、生涯にわたって後遺症が残る。脊髄の完全損傷の場合、損傷部で感覚経路と運動経路の軸索が離断され、損傷レベル以下の感覚と運動機能は失われる。また不完全損傷の場合は、部分的に神経機能は保たれるが、それらは不完全で、慢性疼痛などの合併症を伴うこともある。中枢神経疾患による神経脱落症状を緩和する有効な治療法はなく、新たな治療法の開発が待ち望まれている。そのためには、なぜ中枢神経回路が再生しにくいのかという問題を解決しなければならない。
中枢神経回路の再形成という課題に取り組むにあたって、脊髄損傷動物モデルがよく使われる。脊髄の完全損傷の場合、軸索は全て離断される。したがって神経機能を取り戻すためには、損傷した軸索が損傷部を超えて、長い距離にわたって伸展し、2次ニューロンにシナプスを形成しなければならない。しかしヒトなどのほ乳類では損傷された中枢神経の軸索は極めて再生しにくい。原因としては中枢神経細胞を取り巻く環境が再生に適していないこと、そして中枢神経自体の再生力が弱い事があげられる。これまで特に前者が注目され、中枢神経系には軸索の再生を抑制する蛋白質が複数存在することが明らかになってきた(図1)。ここ数年で、それらの再生阻害因子がどのように神経細胞に働きかけ軸索再生が阻害されるのかという分子メカニズムが明らかになり(図2)、治療的な展望も開けてきた。いまだ研究は途上であるが、おそらく複数の分子ターゲットに対する治療法を時間的空間的に組み合わせることで、機能的な中枢神経機能の再生を導くことが将来的に可能になるのではないかと期待される。
一方、脊髄損傷の7割を占める不完全損傷の場合には、ある程度の運動機能の回復が長い期間のうちに自然にもたらされることがある。これは損傷を免れた軸索が新たな神経回路を形成した結果ではないかと考えられる。実際に、脊髄損傷の後に大脳皮質、中脳、脊髄など様々なレベルで神経回路の再形成が起こり、成体でも中枢神経損傷後の回路の再形成が活発に起こっていることが動物実験でわかってきた。したがって、たとえ損傷した軸索が再生しなくとも、残存した軸索が新たな神経回路を構築することができれば、機能回復につながるのではないかと考えられる。これら中枢神経回路の可塑性ともいえる現象がなぜ起こるのかについては、ほとんど解明されていない。この可塑性ともいうべき現象を制御するメカニズムの解明が進めば、リハビリテーションの概念および再生治療法の開発的研究に新たな視点が与えられるであろう。すなわち神経回路の効果的な再構築をもたらす手法は、有効な再生治療法となりうる。
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