野瀬 陽平、西塔 拓郎≪臨床腫瘍免疫学・消化器外科学≫
土岐 祐一郎 ≪消化器外科学≫ 消化器癌における免疫治療のメカニズムを解明
~抗PD-1抗体はリンパ節中の疲弊前駆T細胞に働きかける!~
2026年5月19日
掲載誌 Nature Communications
図1. 本研究の概略図
抗PD-1抗体は腫瘍のみならずリンパ節内の疲弊前駆T細胞を増やし、腫瘍に動員される。
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研究成果のポイント
- 消化器癌患者において、免疫チェックポイント阻害薬※1(ICI)を投与すると、リンパ節内の疲弊前駆T細胞※2が増殖し、抗腫瘍免疫が活性化することを解明した。
- これまで、ICI治療が効果を発揮するには、腫瘍局所の疲弊T細胞※3の再活性化が重要だと考えられていたが、ICI治療後に抗PD-1治療抗体が直接結合するT細胞を単細胞レベルで解析し、腫瘍だけでなくリンパ節内の免疫細胞が治療効果に重要であることを見いだした。
- リンパ節が温存されている術前段階でICI治療を行うことの有効性が示唆されたことから、今後はリンパ節内の疲弊前駆T細胞を標的とした免疫治療の開発など、消化器癌に対する新たな治療戦略の構築が期待される。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の野瀬陽平 招へい教員、西塔拓郎 特任准教授(常勤)(臨床腫瘍免疫学・消化器外科学)、土岐祐一郎 特任教授(消化器外科学)らの研究グループは、免疫チェックポイント阻害薬(ICI: Immune Checkpoint Inhibitor)治療において、消化器癌の所属リンパ節内に存在する疲弊前駆T細胞が重要な役割を果たすことを、世界で初めて明らかにしました。
これまで、ICI治療の一種である抗PD-1抗体治療は、腫瘍局所に存在する疲弊したPD-1陽性T細胞を再活性化することで抗腫瘍効果を発揮すると考えられてきました。しかし近年、実験動物を用いた研究から、これらICI治療は実際にはリンパ節内の免疫細胞に作用している可能性が報告されてきました(図1)。
今回、研究グループは、抗PD-1抗体治療後に手術を受けた消化器癌患者において、腫瘍、リンパ節、末梢血に存在する抗PD-1治療抗体が直接結合するT細胞を単一細胞レベルで解析しました。その結果、リンパ節内の疲弊前駆T細胞がICI治療によって増殖・クローン拡大し、その後腫瘍において疲弊化T細胞へと分化し、抗腫瘍効果を発揮することが明らかとなりました。これにより、抗PD-1抗体が治療効果を発揮するためには、腫瘍局所のみならずリンパ節が重要な器官であることが示されました。
本研究成果は、消化器癌においてリンパ節が温存されている術前段階でICI治療を行うことの有効性を示唆するものであり、今後の消化器癌治療戦略の発展につながることが期待されます。
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、2026年4月8日(日本時間)に公開されました。
研究の背景
近年、切除不能進行胃癌や食道癌において、ICI治療の一種である抗PD-1抗体治療は中心的な治療法となっています。腫瘍細胞がPD-L1を発現すると、T細胞に発現するPD-1と結合し、T細胞が抑制されます。一般的に抗PD-1抗体は、腫瘍局所におけるPD-L1とPD-1の結合を阻害し、抑制されていたT細胞を再活性化することで、T細胞が腫瘍細胞を攻撃できるようにすると考えられてきました(図1)。
一方、近年の実験動物を用いた研究では、ICIが腫瘍局所のみならずリンパ節においてもT細胞に作用することが報告されており、ICI治療が腫瘍局所以外のリンパ節や末梢血などの他組織においてどのように免疫細胞へ影響を及ぼすかについては、十分に解明されていませんでした。本研究では、ICI治療後に手術を施行した患者検体を用いて、ICI治療が全身の免疫細胞に及ぼす影響を明らかにすることを目的としました。
研究の内容
抗PD-1抗体はPD-1を発現するT細胞に作用するとされています。そこでまず、ICI未治療の胃癌患者55例の腫瘍組織、転移リンパ節、非転移リンパ節(pLN: 近位リンパ節、dLN: 遠位リンパ節)におけるT細胞サブセットをフローサイトメトリーで解析しました。具体的には、疲弊前駆T細胞(Tpex: TCF1+PD-1+CD8+ T細胞)、疲弊化T細胞(Tex: TCF1–PD-1+CD8+ T細胞)、PD-1–CD8+ T細胞の割合を評価しました。
図2. 各組織のTpex/Tex/PD-1–CD8の割合
胃癌患者の各組織におけるTpex, Tex,PD-1–CD8+ T細胞の割合をグラフで表す。
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図3. 非転移リンパ節のTpex/Tex比と予後
胃癌患者の非転移リンパ節のTpex/Tex比を高値群と低値群に分けて無再発生存期間(RFS)をカプランマイヤー曲線で示す。
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その結果、Tpexは非転移のpLNに多く存在し、Texは腫瘍に多く認められました(図2)。さらに、非転移リンパ節におけるTpex/Tex比が高い症例は予後が良好(図3)なことから、非転移リンパ節におけるTpexの存在が臨床予後に重要な役割を果たす可能性が示唆されました。
次に、ICI治療後にこれらのT細胞集団がどのように変化するのかに注目しました。抗PD-1抗体はPD-1を発現するT細胞に結合して作用するため、PD-1陽性T細胞には治療抗体が直接結合していると考えられます。本研究では、抗PD-1抗体がIgG4であることに着目し、抗IgG4抗体を用いることで、治療抗体が結合したT細胞を同定する手法を確立しました(図4)。この手法を用いて、ICI治療後に手術を受けた患者検体を解析し、腫瘍、転移リンパ節、非転移リンパ節における各T細胞サブセットの増殖能(Ki-67発現)を評価しました。その結果、ICI治療後には、特に非転移リンパ節におけるTpexの増殖能が顕著に亢進していることが明らかとなりました(図5)。
図4. PD-1陽性細胞の検出法
ICI投与前は抗PD-1蛍光抗体でPD-1+ T細胞を同定し、ICI投与後は抗IgG4抗体で抗PD-1治療抗体結合T細胞を同定する。
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図5. ICI治療前後の各細胞集団の増殖能
ICI非投与/投与症例の各組織のTpex, Tex, PD-1–CD8+ T細胞のKi-67発現割合を示す。
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さらに、シングルセルRNA解析※4とCITE解析※5、TCRレパトア解析※6を統合することで、ICI治療後に各組織において、治療抗体が結合したT細胞を単一細胞レベルで解析しました(図6)。ICI治療後患者の組織サンプルからT細胞をクラスタリング解析し、「リンパ節内のTpex」に相当する細胞集団を同定しました(クラスター5)。この細胞集団は、抗PD-1治療抗体に直接結合した状態でクローン性増殖することが示されました。さらに、TCRの相同性を検討すると、リンパ節内のICI結合Tpex細胞は、腫瘍内のTex(クラスター4,6)と高いTCRクローンの共有を示しました。これらの結果から、リンパ節内のTpex細胞がICI治療後に増殖し、その後、腫瘍でTexに分化する可能性が示唆されました。
図6. ICI治療後サンプルを用いたシングルセルRNA/CITE/TCR解析
(a) ICI治療後に手術した胃癌2症例の組織(腫瘍/肝転移巣/リンパ節/末梢血)をサンプリングし、T細胞をクラスタリングした。 (b) 組織別の分布を示す。 (c) クローン拡大の度合いを示す。 (d) 各クラスター間のTCR相同性をネットワーク図で示す。
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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、ICI治療が効果を発揮する詳細なメカニズムが明らかとなり、その治療標的としてリンパ節が重要な器官であることが示されました。これらの知見は、消化器癌の治療戦略において、リンパ節が温存されている術前段階でICI治療を行うことの有効性を支持するとともに、ICI治療の最適な導入時期の再考を促すものと考えられます。
研究者のコメント
<西塔特任准教授(常勤)のコメント>
抗PD-1抗体治療が保険認可されてより約10年が経ちましたが、その詳細な作用機序は十分に解明されていませんでした。本研究では、実際に抗PD-1抗体で治療した消化器癌患者において、これら治療薬がリンパ節の疲弊前駆T細胞に作用し、抗腫瘍免疫が増強することを明らかにしました。周術期免疫療法を含む新たな集学的治療戦略の開発につながる重要な知見であり、さらに他癌種への展開も期待しています。
用語説明
※1 免疫チェックポイント阻害薬
T細胞の免疫応答を抑制する分子(PD-1やCTLA-4など)を阻害し、がんに対する免疫反応を回復させる抗体医薬である。これにより抑制されていたT細胞が再活性化され、腫瘍細胞を攻撃する抗腫瘍免疫が強化される。
※2 疲弊前駆T細胞
慢性的な抗原刺激下で生じる疲弊化T細胞の中でも、自己増殖能と分化能を保持したT細胞集団。
※3 疲弊T細胞
慢性的な抗原刺激により機能が低下したT細胞で、PD-1などの抑制分子を高発現し、増殖能やサイトカイン産生能が低下している。
※4 シングルセルRNA解析
1個1個の細胞ごとに「どの遺伝子がどれだけ発現しているか(mRNA)」を解析し、細胞集団の多様性や
状態を可視化する解析手法。
※5 CITE解析
抗体バーコードを用いて細胞表面タンパク質も同時に測定することで、RNA発現とタンパク発現を1細胞レベルで統合解析する解析手法。
※6 TCRレパトア解析
T細胞受容体(TCR)の配列、主に CDR3領域 を解析して、T細胞クローンの多様性・拡大・さらに同じ特徴を持つT細胞が異なる組織間で共通して見られるかなどを評価する解析手法。
特記事項
本研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」に、2026年4月8日(日本時間)に公開されました。
【タイトル】
“PD-1 antibody–bound progenitor-exhausted CD8+ T cells in lymph nodes
boost PD-1–blockade anti-tumor immunity in gastrointestinal cancer”
【著者名】
Yohei Nose, Yoshiaki Yasumizu, Takuro Saito, Yamami Nakamura, Koichi
Jinushi, Kaoru Fujikawa, Kota Momose, Kotaro Yamashita, Koji Tanaka,
Kazuyoshi Yamamoto, Tomoki Makino, Tsuyoshi Takahashi, Azumi Ueyama,
Yukinori Kurokawa, Eichi Sato, Naganari Ohkura, Shimon Sakaguchi,
Hisashi Wada, Hidetoshi Eguchi, and Yuichiro Doki
DOI:10.1038/s41467-026-70751-2.
【参考URL】
西塔拓郎 特任准教授(常勤)
研究者総覧URL https://researchmap.jp/tsaito19
