2026年

梶谷 憲司、坂田 泰史 ≪循環器内科学≫ \血液1滴から赤血球の柔軟性を測定する/
末梢循環障害の解明に向けた新技術

2026年6月10日

掲載誌 Small

図1. マイクロ流路デバイスの全体像(上)と内部構造(下)
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研究成果のポイント

  • 微細加工技術を用いて毛細血管を再現したマイクロ流路を作成し、赤血球の柔軟性を測定する新しい理論と技術を確立した。
  • 赤血球の柔軟性は毛細血管での血流維持に重要だが、測定技術は確立していなかった。今回、作成したマイクロ流路装置を用いてコンピュータシミュレーションと流体力学により、赤血球の通過速度が赤血球圧縮率と柔軟性によって規定されることを解明した。
  • 末梢循環障害や肺高血圧症の原因解明への活用が期待される。

概要

 大阪大学大学院医学系研究科の梶谷憲司特任助教(常勤)、坂田泰史教授と、同大学院基礎工学研究科の和田成生教授らの研究グループは、微細加工技術を用いて作成したマイクロ流路に、指先から採取した血液1滴を流すことで赤血球の柔軟性を数値化する手法を確立しました。

 赤血球は高い柔軟性を持つため、自身の直径よりも細い毛細血管を通る際に変形を繰り返しながら全身を巡ります。赤血球の柔軟性は、血液の血管通過性に直結するため、血液循環にとって重要な物理的パラメータです。しかし、これまで赤血球の柔軟性を適切に定量評価する方法は確立されていませんでした。

 研究グループは、半導体製造などにも用いられるナノテクノロジー技術を応用し、毛細血管モデルとなる装置を作製しました。コンピュータシミュレーション・流体力学的計算に基づき、同モデルを通過する赤血球の速度から柔軟性を定量化する理論を構築し、健常者赤血球を用いた検証により評価法として確立しました。

 さらに、血液疾患患者の赤血球を解析した結果、疾患ごとに柔軟性の差異が明らかとなり、本手法の臨床応用可能性が示されました。今後、本技術は末梢循環障害や肺高血圧症など、血液循環異常を伴う疾患の病態解明への応用が期待されます。

 本研究成果は、国際科学誌「Small」に、2026年4月22日にオンライン公開されました。

研究の背景

 赤血球は直径約8 µmの細胞で高い柔軟性を持ち、血液循環の中で幅2〜5 µmの毛細血管を通過する際には形を変えながら通過します。柔軟性が低下すると通過性が悪くなるため、赤血球の柔軟性には医学的に重要な意味があります。一方、物理学では、赤血球はソフトマター粒子の力学的特性を評価するモデル系として広く用いられ、柔軟性に関して多くの考察やシミュレーションがあります。

 このように、赤血球の柔軟性は医学と物理学の両方にとって重要な因子であるにも関わらず、ミクロの領域で物性を正確に評価することは容易ではなく、適切な測定系は確立されていませんでした。この課題を解決するために、研究グループは、医学と工学のアプローチを組み合わせつつ、赤血球の柔軟性を数値化する装置の開発を行いました。

研究の内容

 本研究では、半導体作成などで使用される微細加工技術(ソフトリソグラフィー)を応用して、マイクロスケールの流路をもつ装置を作成しました。流路内部には幅3-5 µmの毛細血管モデルが設けられており、約5 µLの血液を流路に流すことで、毛細血管モデルを通過する赤血球を顕微鏡で観察することができます。今回、コンピュータシミュレーションと流体力学に基づく計算式から、赤血球の通過速度が赤血球圧縮率と柔軟性によって規定されることが分かりました(図2)。

図2. 流体力学シミュレーションで明らかとなった圧力分布(左)と流速分布(右)
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 また、個々の赤血球の通過速度と圧縮率を測定し、グラフ上で可視化しました。被検者ごとに特定の圧縮率に対応する通過速度を求めることにより、被検者間で赤血球の柔軟性が比較できるようになりました(図3上)。次に、血液疾患患者(サラセミア、鉄欠乏性貧血、遺伝性球状赤血球症)の赤血球を本装置で測定したところ、柔軟性は疾患ごとに異なる傾向を示しました(図3下)。さらに、これらの違いは定量的に評価可能であり、一部の疾患では重症度とも関連することが示唆されました。

図3. 赤血球の通過速度と圧縮率の測定(上)と柔軟性の判定(下)
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本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

 本装置により、わずか1滴の血液から赤血球の柔軟性を測定することが可能となりました。これは細胞の新しい物性パラメータであり、生物物理学分野での応用が期待されます。また、血液疾患患者血液を用いた検証により、本装置は疾患の鑑別のみならず、重症度評価や治療効果の判定といった臨床応用にも展開できる可能性が示されました。医学的な実用性が示されており、今後は血液疾患のみならず循環器疾患をはじめとする幅広い病態への応用が見込まれます。

研究者のコメント

<坂田泰史教授、和田成生教授のコメント>
本研究は、大阪大学国際医工情報センター(MEI)の仕組みを活かして、長期的な取り組みを経て臨床応用可能な装置開発に成功したものです。医師自身が工学的手法を用いて、また工学士が医療への理解をもって取り組むことによって、装置開発から流体解析、患者検体を用いた検証を一貫して行うことができました。

特記事項

本研究成果は、2026年4月22日に国際科学誌「Small」にオンライン掲載されました。

【タイトル】

“On-Chip Evaluation of Red Blood Cell Deformability Through Transit Velocity Index in Hematological Diseases”

【著者名】

Kenji Kajitani, Chia-Hung Dylan Tsai, Tomohito Ohtani, Shigeo Wada, Ivan Cimrák, Misato Chimura, Tatsunori Taniguchi, Yasutaka Ueda, Jun-ichi Nishimura, Yasushi Sakata.

DOI: https://doi.org/10.1002/smll.202514520

【参考URL】

坂田泰史 教授 (循環器内科学)
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/6798535393e44d5a.html