上田 豊 ≪産科学婦人科学≫ HPVワクチンの積極的勧奨再開後の課題と対応策を提言~勧奨差し控えによる子宮頸がんリスク上昇の軽減とワクチンの再普及にむけて~
掲載誌 Lancet Oncology
研究成果のポイント
- HPVワクチンの積極的勧奨が再開された後に直面する課題への対応策を提言した。
- 本提言はHPVワクチンの積極的勧奨一時差し控えによる子宮頸がん罹患リスクの上昇の軽減、積極的勧奨が再開された場合のHPVワクチンの再普及につながる。
- これらの対策を行うことにより、日本における女性の子宮頸がん発症率の減少が期待される。
概要
大阪大学大学院医学系研究科の上田豊 講師(産科学婦人科学)らの研究グループは、今後HPV(Human papillomavirus:ヒトパピローマウイルス)ワクチン※1の積極的勧奨※2が再開された場合に直面する課題への対応策を提言としてまとめ、発表しました。
2013年6月以降、HPVワクチンは厚生労働省(以下、厚労省)による積極的勧奨の一時差し控えによって停止状態です(図)。これにより、接種を見送った女子の将来のHPV感染リスクが高くなること、それに伴い子宮頸がん発症のリスクが高くなることが、上田講師らの研究グル–プの過去の研究結果から示されています。HPV感染リスクと子宮頸がん発症リスクを減らすためにはHPVワクチンの接種が重要ですが、厚労省によるHPVワクチンの積極的勧奨が再開された場合に起こりうる課題とその対応策について報告した例は、これまでありませんでした。
そこで本研究グループは、厚労省の積極的勧奨が再開された場合に、1) HPVワクチンの積極的勧奨一時差し控えによる子宮頸がん罹患リスク上昇の軽減、2)積極的勧奨が再開された場合のHPVワクチン再普及、が課題となることを示し、これらを解決するための提言をまとめました。厚労省が積極的勧奨を再開する際にこれらの対策をとることで、子宮頸がん発症率の減少と、日本の女性の健康が守られることが期待されます。
本研究成果は、12月6日に、英国科学誌「Lancet Oncology」2018年19巻に掲載されました。
研究の背景
子宮頸がんは女性特有のがんであり、若い女性に多く発症します。毎年約9000人が新たに子宮頸がんと診断され、約2000~3000人が子宮頸がんで亡くなっています。この子宮頸がんの主な発症要因としてHPVの感染が挙げられ、HPVは主に性交渉により感染します。HPV感染を防ぐためには、HPVワクチンが有効であることがわかっています。現在日本で接種可能であるのは、HPV-16型・18型の感染を予防できる2価ワクチンと、HPV-6型・11型・16型・18型の感染を予防できる4価ワクチンであり、高リスク型のHPV-16型・18型の感染を予防することで子宮頸がんの約6割の減少が期待されています。海外、特にオーストラリアでは、HPVワクチンの接種が積極的に行われており、その結果、子宮頸がん患者が77%減少すると予測されています(「がんカウンシルオーストラリア」より)。日本では、HPVワクチン接種は2010年度から公費助成にてはじまりましたが、2013年6月以降、厚労省による積極的勧奨の一時差し控えが継続しています。これにより我が国でのHPVワクチン接種は停止状態であり、接種を見送った女子の将来のHPV感染のリスクが高くなること、それに伴い子宮頸がん発症のリスクが高くなることが研究結果から示されています(Tanaka et al., Lancet oncology, 2016; Yagi et al., Human Vaccines & Immunotherapeutics, 2017)。
HPVワクチンの安全性については、厚労省の祖父江班の調査にて、ワクチンを接種していない女子においても、接種者に見られる症状と同様の多様な症状が認められることが示され(厚生科学審議会資料)、また、名古屋市の調査では、ワクチン接種との関連が懸念された24種類の多様な症状が、接種者と非接種者で頻度に有意な差が認められなかったことが報告されています(Suzuki et al. Papillomavirus Res., 2018)。HPV感染のリスクと子宮頸がん発症のリスクを減らすためにはHPVワクチンの接種が重要であり、厚労省の積極的勧奨が再開された場合に1) HPVワクチンの積極的勧奨一時差し控えによる子宮頸がん罹患リスク上昇の軽減、2)積極的勧奨が再開された場合のHPVワクチン再普及、が課題となりますが、この対応策について報告した例はこれまでありませんでした。
本研究の成果
研究グループでは、厚労省の積極的勧奨が再開された場合の課題と対応策について検討し、以下について提言しました。
A. ワクチン接種を見送って対象年齢を超えた女子へ接種を行うこと
B. 子宮頸がんの8-9割が予防できると考えられている9価ワクチン※3を導入すること
C. HPVワクチンを見送った女子と同年代の男子へ接種を行うこと
D. 子宮頸がん検診の受診勧奨等による、積極的勧奨一時差し控えによる健康被害を軽減すること
E. 行動経済学的手法を駆使した接種勧奨にてワクチンの再普及を図ること
F. メディアに正確な情報を提供すること
A)-C)については、ワクチン接種についての提言です。HPVワクチンはHPV感染前に接種することで予防効果が得られるのですが、感染した状態であったとしても、HPVには100種類以上の型があるため、ワクチン接種を行うことで、感染したウイルス型以外のHPVの予防効果が期待されます。また、現在日本で接種可能な2価ワクチンと4価ワクチンに加えて、HPV-31型、33型、45型、52型、58型も加えた計9つの型を予防できる9価のワクチンが開発されており、海外では認可され始めている状況です。これを用いることで子宮頸がんの8~9割の予防が可能と考えられているため、この9価のワクチンを日本で導入することを提言しました。さらに、HPVワクチンを見送った女子と同年代の男子へも接種を行うことによって、HPVのリスクを減らすことが可能となります。
D)-F)については、情報・意識についての提言です。厚労省のHPVワクチンの積極的勧奨が再開されると同時に、子宮頸がん検診の受診を勧奨することによって、子宮頸がんの早期発見につながることが期待されます。そして、ただワクチンを打つこと、子宮頸がん検診の受診を勧めることだけでなく、ワクチンを打つことによって得られるメリットを、行動経済学的手法を駆使して、科学的に、かつ効果的に発信することを挙げました。最後に、これらの情報を、正確にメディアに発信することが重要であると提言しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今後、厚労省が積極的勧奨を再開する際には、これらの対策をとることで、日本における女性の子宮頸がん発症率の減少、さらには女性の健康が守られることが期待されます。
研究者のコメント
<上田講師>
HPVワクチンはいわゆる副反応報道と積極的勧奨一時差し控え継続により、接種はほぼ停止状態であり、ワクチンを接種せずに対象年齢を越えて性交渉を持ち始める女子が次々に出現しています。今後、厚労省によって積極的勧奨が再開されるだけでは不十分と言わざるを得ません。少しでも積極的勧奨一時差し控えの負の影響を軽減する必要があります。
用語説明
※1 HPVワクチン(子宮頸がん予防ワクチン)
現在、日本で接種可能であるのは、HPV-16型・18型の感染を予防できる2価ワクチンと、HPV-6型・11型・16型・18型の感染を予防できる4価ワクチンである。いずれも、高リスク型のHPV-16型・18型の感染を予防することで子宮頸がんの約6割の減少効果が期待されている。
※2 ワクチンの積極的勧奨
ワクチン接種を積極的に勧めること。
※3 9価ワクチン
HPV-6型・11型・16型・18型に31型, 33型, 45型, 52型, 58型も加えた計9つの型を予防できるワクチンが開発されており、海外では認可され始めている。子宮頸がんの8~9割の予防が可能と考えられている。
特記事項
本研究成果は、12月6日(木)、英国科学誌「Lancet Oncology」2018年19巻に掲載されました。
【タイトル】 Beyond Resumption of Japan’s Governmental Recommendation of the HPV Vaccine
【著者名】 Yutaka Ueda1*, Asami Yagi1, Sayaka Ikeda3,Takayuki Enomoto2, and Tadashi Kimura1(*責任著者)
【所属】1. 大阪大学大学院医学系研究科 産科学婦人科学
2. 新潟大学大学院医歯学総合研究科 産科婦人科学
3. 多摩北部医療センター 婦人科
本研究は、厚生労働科学研究費補助金(がん対策推進総合研究事業)「生まれ年度による罹患リスクに基づいた実効性のある子宮頸癌予防法の確立に向けた研究」の一環として行われました。