ゲノム生物学

神経遺伝子学

深掘りしたRNA生物学の研究成果から神経変性疾患の病態解明に挑む
  • 筋萎縮性側索硬化症 (ALS)や脊髄小脳変性症などの発症機構の解明と治療法の開発
  • RNAラベリング法を駆使した選択的神経細胞死機構の解明
  • RNA編集やメチル化などRNA修飾の生理的意義の解明
  • マイクロRNAなどの非コードRNAの機能同定とバイオマーカー等への応用
  • 先端情報科学に基づいたRNA二次構造予測プログラムやRNA修飾部位の網羅的同定法の開発
教授 河原行郎
ゲノム生物学講座 神経遺伝子学
神経遺伝子学教室は、RNA生物学をテーマにした遺伝子機能制御学教室と、神経細胞医科学教室が融合し、2014年4月に発足しました。2016年4月には情報解析室も整備し、専任スタッフも着任したことで、RNA研究、疾患病態研究をシームレスに行う体制が構築され、現在に至っています。

最新の分子生物学的テクノロジーと情報科学を融合させたRNAの基礎研究と、RNA生物学に立脚した神経変性疾患解明への独自のアプローチ

近年、ヒトにはRNA結合タンパク質が従来の予測を遙かに超える最大1,500個程度あることが明らかとなりました。その半数以上は標的や機能が未知です。また、1割に相当する150個超のRNA結合タンパク質遺伝子にヒト遺伝病の原因変異が同定されており、神経・筋疾患がその過半数を占めています。このデータからは、神経や筋肉はRNA代謝の異常に極めて脆弱な組織であることが示唆されます。

RNA結合タンパク質遺伝子変異によって生じる代表的な疾患として、筋萎縮性側索硬化症 (ALS)、前頭側頭葉変性症 (FTLD)、脊髄小脳変性症などがあげられます。こういった神経変性疾患では、特定の神経が変性・脱落する細胞選択性が認められます。しかし、幅広い組織に発現するRNA結合タンパク質を介した代謝異常に特定の神経細胞が脆弱である理由は解明されていません。また、一部のALSやFTLDでは、C9orf72遺伝子のイントロン中にあるGGGGCCリピート配列の異常伸長がその原因となりますが、こういったRNA中の繰り返し配列の異常伸張に特定の神経細胞が脆弱である原因も不明です (図1)。当研究室では、これらの難問を解明することから神経変性疾患の発症メカニズムを明らかにし、治療法の確立へと繋げていくことを目指しています。これには、RNAの基礎的知見を深掘りする必要性があると考えており、私たちはRNA生物学の基礎研究にも力を入れています。

現在、当研究室では、神経変性疾患の研究に加え、マイクロRNAや長鎖非コードRNAの機能とその生理学的重要性を明らかにし、疾患バイオマーカーとして活用する研究を進めています。また、RNA編集やRNAのメチル化といったRNAに生じる様々な修飾の生物学的意義も解析しており (図2)、これに必要な網羅的解析手法や定量法の開発も行っています。RNAの網羅的解析には、高度な分子生物学の知識と技術だけでなく、情報解析も必要不可欠です。当研究室には、情報解析室が設置されており、専任スタッフによるRNAバイオインフォマティクス解析を実施しています。このため、サンプル調整から情報解析までを一貫して研究室内で完遂できる体制を構築しており、この強みを生かした最先端のRNA生物学の研究成果を世界に向けて発信しています。このように、当研究室は、RNA生物学を深掘りしながら、その知識と技術を応用して神経変性疾患の病態解明に取り組む世界でも類を見ないユニークな研究室です。