診療

診療内容のご紹介(医療従事者向け)

高血圧

当科の高血圧診療について

当科の看板の一つである高血圧内科では古くから高血圧診療のエビデンスの確立に取り組んできており、これまでの高血圧診療ガイドラインは先代教授の荻原と現教授の楽木が中心となって作成いたしました。高血圧診療ガイドライン2019(JSH2019)において、当教室は、歴史的に高血圧診療の発展に精力的に取り組んできたこと、そして老年内科という高齢者診療の専門性を発揮し、特に高齢者高血圧に関するガイドライン作成に大きく関わりました。
高血圧診療チームではこれまで蓄積された経験を生かし1. 二次性高血圧の診断と治療、2. 難治性高血圧の治療、3. 高血圧患者の総合的評価や教育 等に取り組んでおります。

こちらでは、超高齢化社会における高血圧診療を概説し、特に高齢者高血圧に対する当科の診療を紹介いたします。

高血圧診療のエッセンス

高血圧は、喫煙とともに脳心血管病の最大のリスク因子であり、高血圧治療の最大の目標は適切な降圧治療によりリスク低減することです。(図1)
食塩摂取量の多いわが国では、疾患別の高血圧罹患人口は最大で、高齢化や肥満とメタボリックシンドロームの増加に伴い高血圧罹患率は依然高率です。(図2)
さらに診断を受けていながら適切な治療を受けられていないケースが数多く存在します(クリニカル・イナーシャ)。(図2)
高血圧診断基準は米国では130/80mmHgと引き下げられましたが、我が国では診察室血圧140/90mmHgと据え置かれています。一方、エビデンスの蓄積により疾患や病態によっては降圧目標が引き下げられました。(表1、3)
高血圧の管理および治療に関する基本的な流れは、① 高血圧の診断、② 高血圧の評価(二次性高血圧の鑑別、危険因子の評価、臓器合併症の評価、脳心血管疾患発症リスクの層別化)、③ 治療(生活習慣修正の指導、リスクに応じた薬物治療)、④ 治療効果判定と治療方針の再考です。(表2、図3)
主要降圧薬(Ca拮抗薬、ARB、ACE阻害薬、利尿薬、β遮断薬)は、血圧値以外の脳心血管病のリスクとなりうる合併症や併存症、禁忌もしくは慎重投与となる病態に応じて、適切に選択します。(表4、5)
高齢者高血圧の治療に関するエビデンス集積は不十分です。年齢に起因するリスクと、高齢者の病態(加齢性の病態生理変化や併存疾患の多様性、社会経済的背景)を十分理解し、個別に治療方針を決定する必要があります。(図4、5)

高血圧について

高血圧は、喫煙とともに脳心血管病の最大の危険因子であり、高血圧治療の最大の目標は適切な降圧治療によりリスク低減することです。血圧が120/80mmHgを超えると、血圧レベルに比例して脳心血管病や慢性腎臓病の罹患リスクは高まります。食塩摂取量の多いわが国では、疾患別の高血圧罹患人口は最大で、高齢化や肥満とメタボリックシンドロームの増加に伴い高血圧罹患率は依然高率です。

2016年の厚生労働省による国民健康・栄養調査によりますと、高血圧の患者数は4300万人にのぼりますが、実際に治療を受けている患者が57 %(2450万人)と少なく、さらに治療を受けている患者のうちわずか50 %程度(1200万人)しか血圧が140/90 mmHg未満にコントロールされていません。高血圧、脂質異常症、糖尿病などの疾患に対し、医療提供者が治療目標を達成できていないにもかかわらず、原因を検索しない、あるいは治療を強化せずにそのままに様子をみている状態をクリニカル・イナーシャといい、以下のような問題があります。

医療者の問題:高血圧の病態を把握していない、二次性高血圧等の診断が適切になされていない、降圧目標が多少未達成であることを許容している
患者の問題:病識の欠如、アドヒアランス不良、副作用等のため治療の強化が困難、経済的理由

医療者は、高血圧の病態と脳心血管病リスクを十分理解し、診療に取り組まなければなりません。また、治療を継続できない患者側背景にも十分配慮する必要があります。

高血圧の診断

これまで厳格な降圧治療の有用性を検討する多くの臨床試験において、130/80mmHg未満への厳格な降圧治療が、有害事象を増加させることなく脳卒中や心血管イベントのリスクを有意に低下させることが示されました。SPRINT試験(N Engl J Med 2017;377:733)は、高血圧診断基準の決定に最も影響力を及ぼした試験の一つで、50歳以上で糖尿病外の複数の心血管系疾患危険因子を持つ高血圧患者約9,000例を対象に、収縮期血圧120mmHg未満を目標にした強化治療群では、140mmHg未満の標準治療群に比し全死亡が27%、心血管系疾患死亡43%、心不全発症が38%少なくなったと報告され、米国では、2017年 ACC/AHA高血圧治療ガイドラインの改定に合わせ、高血圧の診断基準が130/80mmHgに引き下げられました。我が国でのエビデンスは不十分であること、多くの患者の血圧コントロールが不十分な状況での基準値引き下げの社会的影響や医療経済への影響を考慮し、高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)では、高血圧基準は140/90mmHgと据え置かれました。基準値引き下げによる社会的影響や、国内の降圧目標達成率が低い現状を考慮すると妥当であると考えられますが、国民が、血圧上昇に対し、より早い段階から血圧の以上に対する認識を持ち迅速に介入・治療を受けることは重要です。

家庭血圧は診察室血圧よりも信頼性や再現性が高く、脳心血管合併症予後予測精度に優れていることから降圧治療において家庭血圧が重視されました。そこでJSH2019では、家庭血圧における降圧目標が設定され、家庭血圧を指標とした降圧治療の実施が強く推奨されました。JSH2014までの至適血圧(<120/80mmHg)、正常血圧(<130/85mmHg)を廃止、正常血圧の基準を改めさらに、正常高値血圧、高値血圧が定義されました。

血圧値とともに、脳心血管病発症リスクを評価し、「初診時の血圧レベル別の高血圧管理計画」として、①高血圧の診断、②高血圧の評価(二次性高血圧の鑑別、危険因子の評価、臓器合併症の評価、脳心血管疾患発症リスクの層別化)、③治療(生活習慣修正の指導、リスクに応じた薬物治療)、④治療効果判定と治療方針の再考のプロセスが示されました。高血圧と脳血管疾患予防には医師のみならず、看護師、保健師、薬剤師、理学療法士、管理栄養士、検査技師等多職種の関わりが重要ですが全ての多職種スタッフがこのプロセスを理解し、お互いに共有することが望まれます。

降圧目標の設定と適切な降圧薬

JSH2019では、個々の背景やリスクに応じて降圧目標が修正されました。
エビデンスの集積に合わせ、具体的には75歳未満の成人、冠動脈疾患患者、両側頸動脈狭窄や脳主幹動脈閉塞ない場合の脳血管障害患者の降圧目標値がそれぞれ130/80mmHg未満へと引き下げられました。JSH2014では後期高齢者の降圧目標値は150/90mmHg未満(忍容性がある場合は、140/90mmHg未満)でしたが、JSH2019では75歳以上の高齢者の降圧目標値が140/90mmHg未満とより厳格な値と変更されたうえで、併存疾患などがあり高リスクの場合、忍容性があればさらに低いレベルの130/80mmHg未満を目指すとされました。

主要降圧薬としては、Ca拮抗薬、ARB、ACE阻害薬、利尿薬(サイアザイド系利尿薬、ループ利尿薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)、β遮断薬があり、α遮断薬、中枢性交感神経抑制薬も病態により選択します。

血圧値以外の脳心血管病のリスクとなりうる合併症や併存症、禁忌もしくは慎重投与となる病態に応じて、適切に選択します。積極的適応となる病態がなければ、Ca拮抗薬、ARB/ACE阻害薬、サイアザイド系利尿薬の3つのカテゴリーから選択し、降圧目標に達しない場合は3つのカテゴリーを順次併用します。

高齢者高血圧

高齢者の高血圧有病率は非常に高く、また高齢そのものがリスクであることから高齢者高血圧が脳心血管病発症に及ぼす影響は大きいです。年齢(75歳以上)はすでに中等リスク以上であり、さらに臓器合併症(脳心血管疾患、蛋白尿を伴うCKD)や危険因子(糖尿病、非弁膜症性心房細動)が一つでもあれば高リスクとなります。一方、高齢者は身体的、精神的、社会的背景が多様です。また、高齢者では若年・中年者と異なり、高血圧の特有の病態(病態に個人差が大きく非典型的、血圧動揺性、多数の併存疾患や臓器障害など)があることから降圧療法の恩恵がすべての高齢者に同様にもたらされるわけではありません。

このため、高齢者高血圧においては、個々の患者が有する多くの背景因子を総合的に判断して降圧療法の適応や降圧目標を設定する必要があります。JSH2019では超高齢化社会における高齢者高血圧に関して、自力で外来通院可能な健康状態にある患者には高齢者特有の病態に留意しながら、非高齢高血圧患者に準じた降圧治療を行いつつも、自力での外来通院が困難なフレイル、認知症、要介護状態、エンドオブライフにある高齢者に関しては、一律の降圧目標は設けず、降圧剤の中止を含めた個別判断が提案されました。

当科では、上記の通り、最新のエビデンスに基づき標準的な高血圧診療を実践すると同時に、治療抵抗性高血圧の病態精査(二次性高血圧のスクリーニングやABPM等による血圧変動パターンの評価、高血圧性臓器障害の評価など)や診断治療(食事・運動指導や適切な投薬内容の見直し)に取り組んでいます。また超高齢化社会において、ガイドラインに当てはまらない高血圧患者さんには、高齢者高血圧の特徴や病態を個別に精査し、医学的観点のみならず社会的背景や心理的背景にも配慮した個別の診療をしております。

高血圧でお困りの患者さんがいらっしゃいましたら、遠慮なくご相談下さい。患者様の病態をフィードバックさせていただき、引き続き外来診療にお役に立てるようお手伝いさせていただきます。

(文責:大阪大学大学院医学系研究科 老年・総合内科学 野里陽一)

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