ゲノム生物学

がんゲノム情報学

ゲノムの進化でがんを理解し、がんに挑む
  • 難治がんや希少がんの網羅的ゲノム解析
  • がんの不均一性(Hetrogeneity)とがんゲノムの進化
  • 難治がん(特に膵がん)の早期診断法の開発
  • がんゲノム医療の社会実装
  • 腸内微生物叢と宿主、そしてがんとのクロストーク
教授 谷内田真一
ゲノム生物学講座 がんゲノム情報学
当教室は、2017年5月に生まれた新しい研究室です。がんとの戦いに勝つには、まず相手(がん)を知ること(本態解明)が必要です。次世代シークエンス技術等、最新の分子遺伝学的アプローチでがんとの戦いに挑みます。膨大なゲノム情報を扱い、情報武装して戦う必要があり、教室名は「がんゲノム情報学」としました。

ゲノムからがんの本態解明を行い、そして臨床に応用する

がんはゲノムの病気です。私たちは膵臓がんの解剖症例を用いて、「がんの不均一性(Heterogeneity)とがんゲノムの進化」というがん研究における新境地を開拓してきました[1]。がんは、腫瘍発生から転移までの過程でがんクローンが遺伝子異常を蓄積しながら「ダーウィン的進化」を遂げ、長い年月をかけて転移能を獲得することを証明してきました。さらにがんは、分子標的薬剤、抗がん剤、さらに免疫療法においても薬剤耐性を獲得し、そのメカニズム(薬剤耐性遺伝子の分子機構など)も明らかになりつつあります。「がんの不均一性とがんゲノムの進化」が、がんが依然として難治である理由の一つと考えています。したがって、がんを克服するためには、がんを俯瞰的に理解し、このがんゲノム進化を利用した治療戦略が必要です。

次世代シークエンサーなどの網羅的解析技術の革新的な進歩により、がん研究は大きく変容しつつあります。Wet実験(細胞株や動物を使った実験など)だけではなく、Dry解析(遺伝子の情報科学的解析や数理モデル、シミュレーションなど)も重要となってきました。膨大なゲノム情報や様々な臨床情報を扱うためには、バイオインフォマティクスの専門家の存在は欠かせません。今後の実地臨床においては、これらの「情報」を扱うバイオインフォマティクスの専門家が、患者さんの治療方針に大きく関与する時代が来つつあると感じています。私たちの研究室では、医学系研究科以外の他のライフサイエンス学部の教員や学生との連携を行い、バイオインフォマティシャンの育成を目指します。

がんゲノム研究において、人種や生活習慣等の差異は発がん因子として大きな影響を及ぼしますので、私たちは国外の研究者と協働して国際共同研究を推進しています。特に、国際連携により希少がんの本態解明に注力しています。最近では、十二指腸乳頭部がんの網羅的ゲノム解析に挑みました[2]。日米多施設共同研究で172例の凍結試料を収集し、網羅的ゲノム解析を行いました。その結果、十二指腸乳頭部がんに特徴的な、新規のがん抑制遺伝子、ELF3を同定しました(図1)。さらに、私たちがライフワークとしている「がんゲノム進化」に関する検討を行うべく、十二指腸乳頭部がんの組織切片を対象試料にして、新たな組織分取機器を用いて、がんゲノム進化地図を作成し、がんクローン進化を実証しました(図2)。

図1 十二指腸乳頭部がんのゲノム異常

図2 十二指腸乳頭部がん(腸型)の全エクソーム・シークエンス解析によるクローン進化とゲノム進化地図

また、患者さんに負担の少ない血液中の遊離DNAを用いたLiquid Clinical Sequencingの研究を行っています。この手法は低侵襲かつ、がんのHeterogeneityを克服する次世代のがん診断法として、臨床医や患者さんからの期待が高い検査法で、社会実装に向け早くから企業と連携して研究を行っています。

本邦が世界から後塵を拝していた腸内微生物叢のメタゲノム解析とメタボローム解析を、国立がん研究センターや東京工業大学、慶應義塾大学と進めています[3]。これらの解析結果から、がんゲノム研究はがん組織の遺伝子異常だけではなく、マイクロバイオームのゲノム情報も重要であると考えています。

私たちは実地臨床における疑問に対し、従来は不可能であったアプローチを応用し、様々な職種の共同研究者と議論し研究を進めてきました。ご協力頂いた患者さんのご期待に応えることを常に忘れず、そして常に患者に向き合うゲノム世代の医師や研究者を育成することを、当研究室において大きな目標としています。

【文献】

1. Nature 467, 1114–1117 (2010).
2. Cancer Cell 29(2), 229-40 (2016).
3. Gut 65(9), 1574-5 (2016).