解剖学

神経細胞生物学

運動や経験がなぜ、どの様に脳の可塑性を変化させ、情動や記憶に影響を与えるのか
  • 運動が脳の情動や記憶にどの様に影響を及ぼすのか?
  • 恐怖体験に基づく恐怖記憶の形成と心的外傷後ストレス障害(PTSD)
  • イオンチャネル型セロトニン受容体の神経系における多様な機能
  • 感覚器や末梢知覚神経に特異的に発現する遺伝子の機能
  • 情動が感覚機能に及ぼす影響
教授 島田昌一
解剖学講座 神経細胞生物学
当研究室の源流は、解剖学第一講座で、塚口利三郎初代教授から高木耕三教授、清水信夫教授、浜清教授、橋本一成教授、内山安男教授を経て現在に至っています。

運動や経験が脳の形態・情動機能・記憶学習能力に影響を与えるメカニズム

(1) 運動が脳の情動や記憶に及ぼす影響について

運動をすることが、循環器疾患、糖尿病、骨粗鬆症などの予防や改善に大きく役立つことはよく知られていますが、運動は情動・記憶などの多くの脳機能にも影響を与えます。成人になっても脳の海馬では新しい神経細胞が生まれています。この現象は神経新生と呼ばれていて、新しく生まれた神経細胞は抗うつ効果や記憶学習能力の向上に関与しています。運動を行うと神経新生が増えることが知られています。しかし、そのメカニズムはよく分かっていません。私たちは、運動によって脳で放出されるセロトニンが、イオンチャネル型のセロトニン受容体(5-HT3受容体)を活性化し、海馬で神経新生を増やし、抗うつ効果を生じることを遺伝子改変マウスを用いて明らかにしました[1]。さらにその詳細なメカニズムについて研究をしています[2]。

(写真1 海馬における運動による神経新生の増加)

(2) 恐怖記憶と心的外傷後ストレス障害(PTSD)について

事故や災害などで危険な場面に遭遇すると恐怖を感じます。この様な体験は恐怖記憶として長期間保持されます。これは再び同様な状況に遭遇した際に、いち早く危険を察知し回避するための記憶のメカニズムです。しかし、以前に恐怖体験をしたのと同様な状況でも次からは安全であることが分かると恐怖記憶は減弱、消去されます。恐怖記憶は獲得、保持、強化、消去などの一連のプロセスより構成されます。心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症には、この恐怖記憶の消去のメカニズムの異常が深く関与しています。私たちはセロトニン受容体(5-HT3)のノックアウトマウスが恐怖記憶の獲得や保持には全く異常が無く、消去のみが行えないことを見いだしました[3]。このマウスはPTSDの有用なモデル動物であり、この動物を用いてさらに詳細な恐怖記憶の消去メカニズムやPTSDの発症機序について研究しています。

(3) 感覚機能に関与する遺伝子の研究と情動による感覚機能の制御

それぞれの感覚器には特徴的な遺伝子が発現し、その遺伝子の異常は感覚器特有の疾患と深い関わりを持っています。私たちはこれらの遺伝子のノックアウトマウスを用いて、聴覚、平衡覚、膀胱知覚、痛覚、味覚などの感覚機能を研究してきました[4]。また、感覚機能は脳の情動機能とも深い結びつきがあり、情動による感覚機能の制御について研究しています。

(写真2 左:P2X3受容体KOマウスのエコー併用膀胱内圧測定、右:内耳有毛細胞におけるASIC1bの局在)

【文献】

1.Kondo et al. Molecular Psychiatry, 20:1428-37, 2015.
2.Kondo et al. Molecular Psychiatry, in press.
3.Kondo et al. Learning & Memory, 21: 1–4, 2014.
4.Takezawa et al. Scientific Reports, 6: 19585, 2016.